七章4
すべての後処理が済む前に――僕は倒れた。
後ろから見守ってくれていたらしい燐により、僕は緊急避難用ゲートに連れて行かれ――ログアウト</logout>――した。そのあと、自宅に救急車が呼ばれ、僕は近くの電脳医がいる此花市市民病院に搬送され、緊急入院となった。
目を覚ますと、そこには妹の姿があった。
ちょうど、花瓶の花の水を替えてきたとこなのか、花瓶を置いているところだった。
「兄ちゃん……」
「おう、奈々実。ただいま」
絶対に鉄拳が飛んでくると思っていた。
けれど、妹は涙をぽろぽろと流しながら、僕に抱きついてきたのだった。「心配掛けるなよ、ばか。ばかばかばかばか!」と胸元で泣かれると、「ごめん」と謝ることしかできなかった。
妹は散々泣いたあと、母を呼んだ。
ホログラムで現れた母に説教でもくらうかと思ったけれど、ただひと言「お疲れさま」と優しく微笑まれると、自然と涙がじわっと溢れてくるのを押さえきれなかった。
そんなちょっと感傷的になった日の午後。
おやっさんこと西場時哉さんが、「よう」とふらりと現れて椅子に座った。
もう母も妹も帰っている夕暮れ時である。
「こんな時間にどうしたんですか? 面会時間は終わってますよ?」
「警察にそんなことは関係ないのさ」そういうおやっさんの表情は、いつものおやっさんの表情ではなく、警察官としての引き締まったものだった。「さて、どこから話そうかな?」
そう少し思案してから、すぐに思いついたのか話し出した。
「事件は解決したよ。電賊〈ホワイトパラディンズ〉を裏で支援し、好き勝手テロをしていた政治家の志場學は国家内乱罪で逮捕された――と、まあ、こんなのはニュースでばんばんやっているわな。ここからが内情だ。お前たちが最初に暴れたエリア9は、本当は電賊どもの戯魔育成施設だったんだよ。あの地下にたくさんの戯魔と戯魔をプログラム的に掛け合わせる実験をしていたんだよ。その施設を破壊してくれたのは大きかったよ。助かった」
「え? 何ですかその口振りは? まるで――」
「その通りだ。おれが最初の情報提供者〈中野〉だよ。まあ、正確にはおれの指示で動いた誰かってやつだが――まあ、その裏事情をこれから話そうと思ってな。聞いてくれや」
僕はいまとんでもない曝露話を聞いている。
そんなある種の危機感をいだきつつも、先を聞きたい興味が勝った。
「そうだなぁ、時系列的に話すか。まず、お前を二年前に助けた仙波優眞だが、あいつはおれの部下で潜入捜査官だった。本当の横流ししていた主犯の山城貞治と仲良くなり、泳がせ、さらにはその仕事を手伝いつつ、電賊の信頼を得て情報源の確保をしていたんだ。それがだ。CIAの息の掛かった警察グループに優眞が逮捕されちまった。本来なら、このままずっと泳がせつつ、テロは未然に防ぐということをしばらく繰り返すつもりだったのによ。アメリカさんの先手必勝先制攻撃主義には困ったもんだよ、まったく。そういうわけで作戦変更し、ホワイトパラディンズを一斉検挙の流れとなってしまった」
「え、あ? てことは、僕を助けたときって?」
「ああ、現場到着が早かったのは、他の警察グループの邪魔が入らないようにってやつだ。あのときはどちらの陣営が勝つかは微妙でな。結局、うちらが負けたんだが――とにかく、あの場にいて、お前たちを助けられたのは偶然じゃあない」
裏側を曝露され、僕はどう反応したものか悩む。
「情報提供者〈中野〉をしたのは、自分たちが動きやすくするため?」
「その通り。ちなみに、情報屋〈豹騎〉に戯魔園の場所を流したのもおれだ。民間人にあそこで暴れてもらう必要があったのだ。まあ、桃井電戯士事務所という軍の出先機関も、前回の失態の収拾という貸しからよく動いてくれたから、お前も復讐に専念しやすかっただろう。いろいろ動いたんだぜ、おれも。利用したことは悪かったよ。だが、仇は討てただろう」
「その点に関しては感謝するべきなのかな?」
「そうしてくれると、今後も良好な関係を築けると思うぞ」
僕は「はっ」と笑い飛ばした――利用されたことに苛立つことより、おやっさんの正体をまったく分からなかった自分への笑いだった。
「でだ――敵国の息が掛かった電賊を使ってテロを誘発していた政治家は逮捕できた。まったく、それがこの国の次期総理大臣候補だったんだから、末恐ろしい話だよな。まあ、寝ていたから知っているかしらんが、衆議院選挙の小選挙区ではであえなく落選したよ。比例で復活当選したがね。革新党は大きく議席を減らし、その規模を大きく縮めた。代表は責任を取って辞任。そして代わりに保守党が大幅議席を獲得し、総理大臣はそこから出ることとなった。まあ、その人物は少なくとも我々から見て危険人物ではない」
「敵国って、どこですか?」
「それは言えない。ここからは機密の世界だ」
僕が落胆し「あっそう」というと、おやっさんがにやりとした。
「興味があるなら、おれの部下になるか?」
「部下?」
「旭人、お前はいろいろ知りすぎた。部外者でいるには、いささかね」
「たとえば、言葉振りから未だ逮捕されていない山城貞治の存在とか?」
「その通りだ――監視役がいない。つまり、お前にその任を引き継いでもらいたい」
「こう言うことをするやつは、また同じようなパイプを得て同じようなことをする――だから、そのときに芋蔓式に情報を得られるように、張りついておけ、と」
「その通りだ」
「逮捕はしないんですね?」
「しない。我々は警察と言っても、本質的にはスパイだ。情報機関としては逮捕して吐かせるよりも、抱き込んで情報源とする方が効率がよいのだ。頭のよいお前なら分かるだろう?」
「理屈は」
「理屈だけか?」
「いいえ。理にかなっています、異論はありません――が、僕に事務所をスパイしろと?」
「忠義立てするほどの義理がまだ残っているのか?」
「いいえ」
「報酬は弾むぞ」
「受けましょう」
「よし」
おやっさんがにやりと笑い、「公安にようこそ。だが、名誉もクソもない仕事だが構わないのか?」と言った。確かに、前任の仙波優眞さんは不名誉な状態で、しかも仲間を裏切ったやつとして記憶されるだろう――だが、そんなものよりも大切なものがある。
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「構いませんよ。正義の味方はそんなものは求めない」
その言葉におやっさんは、満足そうに頷いていた。




