六章1
「閉廷します」
そう裁判官が静かに告げると、検察官や弁護人などが次々に法廷からログアウトしていく。最後に裁判官がログアウトした時点で、傍聴できる裁判ログが終わりを告げ、僕はこの裁判のログの再生を終える――初めて裁判を傍聴したけど、何だか嘘みたいに粛々と終わった。
再生が終わり、ヘッドセットを外す。
先程まで傍聴席にいた景色が、いつもの見慣れた自室へと戻る。
僕は頭を抱えた――信じたくはなかったのだ。あの日、両親が目の前で瀕死になっている中、僕と妹を助けてくれた彼らの一人、仙波優眞さんが、違法に戯魔愛護団体を自称する電賊どもに、その仇である特殊害獣の戯魔〈ブラックドラゴン〉を売り捌いていたなんて――いつかお礼が言いたくて探していたのに、見つけたのは違法電戯士逮捕のニュース映像の中だった。
信じたくはなかった。
だけど、これが現実だ――受け入れる他ない。
この裁判を機に、電賊どもは一斉検挙された――だが、僕は電賊になど興味はない。戯魔が新たな生命体だとかほざく連中よりも、今回の裁判で司法取引としてこの供述をすることにより減刑された恩人の彼よりも――僕が意識すべきは他にある。
そう――仇のブラックドラゴンが、今も実存しているのだ。
それは僕にとってある種の希望に見えた――そう、僕は彼が生け捕りにし、その電賊どもに売り捌いてくれたことにより、仇を討つ機会を得たのだ。一斉検挙後、警察は未だに電賊どもが所有しているという、戯魔保護施設『戯魔園』を発見できていないという。
これは好機だ。
警察より早くその戯魔園を見つけ出し――仇の戯魔を討つ。
今の僕なら、そいつをぶち殺すことができる。
たとえ斃したとしても、何も変わらないのは知っている――だけど、そいつを斃さないかぎり、僕に本当の意味で明日に一歩踏み出すことはできないのだ。
/
明日へのために、僕は――復讐する。
二年前――僕の両親は、怪獣級戯魔の被害に遭った。
僕もプレイヤーとして好きな作品、アクションRPG『ファイナルドラグーン』シリーズの魔王級モンスター〈ブラックドラゴン〉が茅渟市に現出、辺りは怪獣映画さながらの騒ぎとなり、情報軍の空中戦艦数隻と、日本のスーパーヒーローであり光の戦士であるアルティメットマンとの激しい戦闘となり、市内の晄雫区は壊滅状態となった。
僕はその事件が起こるまで、電警を目指していた。
でも――ブラックドラゴンとともに出現した戯魔から、僕と妹を守ってくれたのは電警ではなく、通りすがりの電戯士たちだった。マスメディアなどは「賞金稼ぎ」と罵るが、現に助けてくれたのは彼らだったのだ。そして電警の初動の遅さにより、僕は父を失い母は寝たきりに。あとからおやっさんに聞いた話だと、電警の初動が遅いのは、電戯士に先に片づけさせるためだとか――薄給で命を懸けるより、自分たちより腕の立つ奴らに片づけさせる方が被害が少ない。そういう理窟は理解できる。理解できたからこそ、僕は進路変更をするに至った。
実加子は猛反対した。
曰く、『いつ命を落とすか分からないから。旭人くんに死んでほしくないから』――と。
それでも僕は、この道に突き進んだ――実加子との会話が徐々に噛み合わなくなり、徐々に疎遠状態になっていっていたのは分かっていた。けど、あのとき、何もできなかった僕自身を僕が許せないのだ――今の僕なら、あの時の両親を救える――そう言い切れるぐらいに努力をした。だからこそ、僕は悔やんでいるのだ。なぜ、最初からこの道を選ばなかったのかと。
/
「旭人、何をぼーっとしているの?」
「へ? あ、ああ――別に。何でもないよ」
此花市市民病院電脳内科の第二号棟特別療養施設、その五階にある五〇八号室に母は入院している――もう治る見込みのない状態だが、外部補助電脳装置によって生を繋いでいる。そして、電脳的にはどこへでもアクセスできるから、こんな状態になっても僕らの負担にならないように、自分で自分の医療費を稼ぐために、事件前と変わらずに会社勤めをしている。
「旭人、あんた――無理しているでしょ」
「そんなことはないよ。動画見ただろう? 楽しくやってる」
寝たきりの母の横に座っている僕の横に、ホログラムの母が座っている――母は顔を曇らせながら、「実加子ちゃんと別れたでしょう」その言葉に、僕は溜息をつく。
「僕が悪いさ。二人で描いていた未来を、僕が自ら放棄したんだから」
「……それをさせたのは、私たちね」
「んなことないって。大丈夫――それより母さん、これからは僕が稼いでくるから、母さんはゆっくり療養してなって。毎日毎日働き過ぎなんだよ」
「ここにいるだけだと、息が詰まるのよ」
そういって母は、寝たきりになっている自分の生身を見た。
僕は――そんな母の言葉に、何も言えなかった。
「忙しい方が、いろいろと忘れることができるもんよ」
そういって父とのエンゲージコードが刻まれた左手薬指を眺めていた。
僕は何も言えない――何もいう資格なんてない。
「あんたが変に責任を感じているから、私は心配なのよ」
「責任って――そんなこと……」母が真っ直ぐにこちらを見てきて、僕は思わず目線を逸らしてしまった。母親には嘘や誤魔化しは無理だな。「少なくとも、今なら――」
言葉が詰まった。
「そこが心配なのよ」
そういって、僕の傍に寄って――そっと抱きしめてくれた。
「抱きしめられている感覚はある?」
「うん、ちゃんと電脳で受信しているよ」
「擬似電気信号だけで、ごめんね」
/
「あんたは悪くない。あの事件は、いい加減忘れなさい」
その言葉にも――やっぱり、返す言葉が見つからなかった。




