五章4
物理現実に戻ってくると、妹からメッセージが入っていた――『めしー、めしめしめしめしめし、めぇ~しぃ~(髑髏)』と、死にかけているようだ。今日は僕が当番だったっけ? そう思考が巡ると、電脳が先回りして家事当番の予定表が眼前に表示。
妹じゃんか。
ぴろんっ――と、新たなメッセージが入った。
『晩飯作ったでー。帰ったんなら降りてこーい』というものだった。僕はそれに『ありがたや~』とだけ送って、ヘッドセットを外して大きく伸びをしてから、自室を出て階段を欠伸をしながら降りていく――すると、下から芳ばしい匂いが。
あいつ、また換気扇回すの忘れたな。
階段の窓を開けて網戸にし、匂いが籠もらないようにする。
リビングの戸を開くと、妹が「あ、おかえりんっ」と迎えてくれたので、「おー、ただいまー」といって食卓に座る。そこにはソーセージに目玉焼きに、インスタントのカップ味噌汁。
「おお、見事なまでの朝食メニューですね」
「うっせ、食え」
「だが、僕好みにソーセージはカリカリだし、目玉焼きは半熟と堅焼きの間ととても愛情を感じます。さすがさすが」というと、「黙って食え、あほ」といわれた。うむ、黙って食べるとしよう――両手を合わせて合掌。「いただきまーす」
二人でもっちゃもっちゃ食べている、と。
パッパパッパパッパパパパラパッパパッパパッパパパパラー――という突撃喇叭の効果音が流れ出し、画面がひゅっという抜けた音とともに『母が帰宅しました』と現れると同時に、母が入院先の病院からホログラムで、自宅にログインして食卓の椅子に現れた――「あら、今日はなーちゃんが作ったの?」と、常時自宅をリアルタイムスキャンしているので、母のホログラムの『目』にも、食卓のメニューが『見える』。
「メニューで判断したなっ」
「だってー、ねー?」と、僕に同意を求める母に「そりゃ、僕が作った方が、な」というと、妹がふて腐れた顔をしたので、母が「まあ、これからよこれから」とフォローに入っていた。
母は病院のフリーパケットを、この時間の家族団欒に使っている――両親は二年前に戯魔に襲われ、父は電脳不全に陥り亡くなった。奇跡的に母は命を取り留めたが、電脳の半分が損壊し、今も病院の外部電脳補助装置を介していないと命を落としてしまう生身は植物状態だ。
一昔前なら会話すらできずに、死ぬのを待つ状態だっただろう。
医学の進歩に感謝しつつ――僕らはこのフリーパケット(病院側が通信料金を持ってくれるパケット)を団欒に費やす。「仕事は?」に「順調。今、動画上げてるよ」とか、「じゃあ、後でチェックするわね」に「はずいからやめて」とかとか、そんなことを話していると、「そろそろ、消灯の時間ね」と、「あ、明日朝にでもそっち行くから要る物あったらメッセージ送っておいてー」というと母が「了解ー。じゃあ、二人ともおやすみー」とログアウトしていった――母が病院に戻ったあと、しばらくして「――で?」と妹がどーでもよさそうに訊いてくる。
「どうなん?」
「あん?」
「大丈夫なんって? ほら、心の傷的なあれ」
「あー……、未だに連絡ないかと待っていたりする自分がいないでもないけれども」元カノとの恋愛では、妹には色々アドバイスを貰ったものだ。だから、事後報告は最低限すべきことだろうと思う。それにおやっさんに連絡したのも妹なんだし、それなりに感謝を示しておく必要があるかな。なので、報告はしておく。「案外、他のことに夢中なら気にならないかも。それに段々と吹っ切れてきたかもって感じかな?」
「ふ~ん」
だが、妹の反応は薄かった。
「それなら、それでいいじゃんか。でさ、新しい彼女はどうよ?」
「まだ彼女じゃねえよ」
「へー、『まだ』ねー。へー」
そういって自分でも自分がいった言葉にびっくりした。
あれ、僕って燐のことをそんな風に思っていたのか、な?
「これ以上は突っ込まないでおいてあげるよ、まだ、ね」
「あーはいはい。ありがとうよ」最後の一口にケチャップのついたソーセージをパリッと食いながら応えつつ、妹のことを今度は聞き出す。「で、お前は最近どうなんよ?」
「へ? 何か心配されるようなことしましたっけ?」
「お前さ、ブス専な上に落ち込むと激しいから心配なんだよ」
「ブス専なんてひどいですわ。兄ちゃんに似ている人を探しているだけなのにぃ~」
「マジ黙れ」
「じゃあ、甥か姪の存在を?」
「その段階まで進んでいるのなら、もう何も言わないぞ」
「あはは、冗談冗談。あたしだってちゃんと考えて付き合うって」現在進行形じゃないところを見ると、今は彼氏はいないようだ。「それはそうと、お仕事はどんな感じ?」
「あん? あー、新人研修が大変な感じ」
「ダンジョン破壊したしね」
「視聴者だった!」
「ちなみに『ガチすぎワロタwwwww』とかを、最初に打ち込んだのはあたしだよ~」
「めっちゃコメントしてくれてる! ありがとうございますッ!」
「これからも盛り上げていくので、よろしくねっ」
「感謝千万!」
そんな風に兄妹団欒をしていると、突然、電脳通信が入った。
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『旭人さん、大変です! すぐに来てください!』
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その言葉と同時に送られてきた文章や画像、映像情報を瞬時に処理する――僕はすぐさま二階に駆け上がる。妹には「問題が起きた」とだけ最低限伝え、自室に入るとすぐにヘッドセットを装着し――ログイン</login>――瞬くと、そこは『エリア9』。
燐と僕、そしてすぐに鈴見姉弟が同時に現れた。
そして僕らは目撃する――問題の現象を。
崩落したショッピングモールの下から出てきたのは、このミッションでのボスクラスのエネミーだった――〈グルドパス〉――今や戯魔と成り果て、その頭上には拡張世界〈弐地〉を管理運営する国家機関/弐地国土通産省に対し、今まで戯魔として横断してきた地区から地区への未払い通信料とその利子が、戯魔へウイルスとしてプログラムが憑き、現在、戯魔〈グルドパス〉には、銀色の数字が六桁ついており、下二桁が高速で加算されていっている。
それなりの賞金首だ。
こいつを狩れば、その未払い通信量とその利子であるあの六桁の数字と同じ額の賞金が出る――だが、六桁クラスとなれば強い危険が伴うものだ。
「ゾンビ化したタコかよ、パネェな」
「まったく、どうしてモールの下が水族館なのよ」
「旭人さん、どうしますか。戦いましょう!」
「燐、それって訊いてないよな、絶対」
そんなことを言いながら、全員がフル武装していた。
いきなりの実戦――戯魔に攻撃を食らうと、さすがに電戯士同士の攻撃とは違い(悪意がある攻撃は同じ)、電脳にDoS攻撃を食らうことになり、電脳が過負荷に陥り、最悪の場合、電脳が焼けきり、それと同時に電脳と密接にある実脳も焼けることとなり、脳死から心臓死へと陥る可能性が高い――つまり、勝てる見込みのない相手とは、戦ってはいけないのだ。
だが――。
僕たちは視覚情報をネットにライブ中継し始める。
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「さぁて――始めましょうか、僕らの初陣を」




