三章6
ミッションクリア――と表示されると、総合ダメージなどが表示され、それによってプラスアルファーのポイントが貰える。それらを受け取ると、ここの限定アイテムである茂原生命のマスコットキャラクターであるビーバーのビバ蔵のカンダタバージョンの青の服を着たマスコット人形を取得した。正直、僕は要らないが、燐が嬉しそうにしていたのでよしとした――ついでに、このミッションをクリアした人の特典として、保険が一年間無料で加入できる云々という広告が眼前に表示されたが、さらっと見てすぐに消した。
中央茅渟駅に向かって二人で歩く。
駅に着くと、それぞれが帰路に着くために、ターミナルに向かう。
「ではでは、明日から改めてよろしくお願い致します」
「こちらこそ、明日からパートナーとしてよろしく頼むよ」
そう言うと、燐が嬉しそうに顔をくしゃっとして笑んで頷く。
「はいっ!」
燐がターミナルに入りログアウトするのを見送っていると、電脳に着信――着信相手は『おやっさん』とあったので、燐に手を振りながら着信に出る。
『もしもし、おやっさん? どうしたんです?』
『おう、旭人。今晩、メシでもどうだ?』
燐がログアウトするのを見届け、僕もターミナルの方へ向かう。
『メシねえ……、あいつから何か訊いたんですか?』と、ターミナルの列に並びながら、そう尋ねてみる。あいつとはもちろん妹のことだ。『僕は順風満帆なので大丈夫ですよ?』
『まあまあ、そう言うなって。とにかく、付き合えや』
場所は自宅の最寄り駅付近にある居酒屋で、午後六時に待ち合わせとのこと。
それだけを確認すると、おやっさんは『ちゃんと来いよ』と念押しして通信を切った――やれやれ、急だなぁ。と思いつつも、心配されているのは分かったので、邪険にはできない。
あの事件以来、僕らの父親代わりをしてくれている。
経済的に困窮したときも何度も経済的な支援までしてくれているのだ――感謝しても仕切れないぐらいおやっさんには世話になっている。この年になっても心配してくれる大人がいると言うのは、有難いことだろう――電戯士にも成ったし、たまには感謝の言葉のひとつやふたつ、気恥ずかしいが今日ぐらいは言えるだろうか?
頑張ってみるか。
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そんなことを思いつつ、僕はターミナルに入り――茅渟市からログアウトした。
駅前の居酒屋〈萬月〉――時刻は午後五時五〇分。
ちょい早く着いたので割と空いている店内で席取りをしておく。店員に二名だと伝え、窓辺の座敷に入り、小さい鞄を脇に置き落ち着く――やることがない。
店員が水を僕の分を置いていったので、一口飲む。
冷えた氷水で暑かった外からの熱気を落としていく――暇なので先に注文しておく。生ハムたっぷりサラダに手羽先の照り焼き、カンパチの刺身を頼んでおき、ドリンクは最初なのでアップルサワーとビールにしておく――まだおやっさんは来ていないので、携帯端末でディルズを開くと午後五時までのメンテナンスは終わっていたので、早速、UR補助券が七枚と八月協力戦のUR確定ガチャ券と交換する。ちゃりーんという効果音とともに苦労して手に入れたUR補助券がUR確定ガチャ券へと交換される。
では、早速!
ガチャのところをタップし、限定レアの中をどれが良いか吟味する。吟味する。吟味する。吟味しまくった――その中にあったノーマルの奴ではなく、復刻の方にすることにした。ノーマルの方だと、全キャラから一つ狙いになるが、復刻だと五人に絞られている。その五人の中に僕のパートナーキャラクターの舞花のディスクがあったので、それを狙う。
確率は――五分の一!
震える指で――タップッ!!
ガチャを引くモーション――マスコットキャラがガチャボックスにアタック。すると、今までに見たことがない虹色の光に包まれ、ガチャの中身が出てくる。
URディスク!
キャラは――瑞原舞花[《奥義》流星の舞い]だった!
僕は小さく声には出さないようにしつつも、「よし」と拳を握り勝利に酔った――すると、後ろから「なんだ、何か良いことでもあったのか?」と声が掛かり、心臓がひっくり返りそうになった。それを悟られないように平静を保ちつつ振り返る。
そこには、おやっさんが立っていた。
おやっさんと呼ばれるのが刑事としてのひとつの目標だったというおやっさんこと、二年前に僕らを助けてくれた中年警察官の西場時哉さん――今や壮年の方が近いような風貌だ。
「いやはや、URディスクが手に入りましてね」
「URディスク?」と、一瞬で検索したのか、なるほどという顔をしていう。「アプリのギャルゲーか。確率が〇・一七パーセントが当たったのか?」
「一瞬でそこまで検索するなんて、さすがおやっさん。変態的検索能力ですね」
「お前も出来るだろうが。自分を棚上げしておれだけ変態に仕立て上げるな」
まあ、確かにね。
先程注文したアップルサワーとビール、注文した品が次々に運ばれてくる。
「おっと、用意がいいな。しっかし、他の部下と行っても、ここまでちゃんと考えて前もって注文してくれる奴なんて、まあ、いないんだよなぁ。まったく――おお、そうだ。どうだ、今からでもおれの部下にならないか?」
「丁重にお断りします」
カンパチの刺身を食べながら、そう言っておく。
ついでに、右掌を開いてそこから現れる電戯士徽章を無言で見せておく。
「おう、合格したんだってな。おめでとさん――今日は合格を存分に祝ってやろう」
「いや、てきとーでいいよ、てきとーで」
そんな風に飲みながら喋っていると、いい感じに酔いが回ってきた。
すると、それを待っていたかのように、おやっさんが今日呼び出した理由を切り出した。
「――ところで、彼女と別れたんだって?」
その言葉に、鼻で笑って訂正する。
「フラれたんですよ。そこ、重要」
「まあ、いいんじゃねえか? 女なんて腐るほどいるぞ」
「腐っている女は要らないですよ。おっと、目減りした。大変だ」
「やれやれ――つい最近のこととはいえ、拗らしているな」
「拗らしてませんよ。全然。あんな女こっちから願い下げ……」
僕は言葉を失ってしまった。
そのとき、実加子との思い出がフラッシュバックして、次々に思い起こされたのだ。
初めて手を繋いだこと、初めてキスしたこと、初めて抱き合ったこと――初めて――そう、初めてばかりだったのだ。初カノだったし、これ以上の幸せは感じたことがない。それぐらい充実した日々を彼女のお蔭で過ごせたのだ。
二年前のあの事件が起こるまでは。
復讐の業火が――愛まで焼き尽くしてしまった、ということか。
「…………別に。なんでも、ありませんよ」
「まったく。いつもおれが言っているだろう。『自分の痛みに鈍感になるな』ってよ」
その言葉は初めておやっさんに会ったときにも言われたことだった。
自分の痛みに鈍感になるな。
その言葉が僕の中で響き、目頭がじわっと熱くなり下を向く。
「……おやっさんは、何も見てない、ってことで」
「ああ、おれは目の前の手羽先に夢中だ」
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そして僕は――実加子にフラれて初めて、涙を流した。
これが失恋の痛みなのだと、ようやく、自分の中で感じながら。
[三章・了]




