一章5
「見事、三級電戯士資格試験に合格した五名――ポイントの高い順に、富澤燐さん、吉良旭人さん、上條陸雄さん、三國順子さん、皐月剛生さんには、電戯士の証である電戯士徽章を授与致します。この徽章は戯魔を斃すごとに、その討伐記録が経験値として加算されていきます。またレベルが上がれば二級、一級と受験資格が得られますので、今後とも頑張ってください」
最終実技試験第一会場の受験生二五〇名中、合格者は僕を含めて五人だった。
僕らの右腕に、環が構築される。
「おめでとうございます――では、試験はこれにて終了となります」
お疲れ様でした、と言って試験官はログアウトした。
その試験官のログアウト後、ログアウトまであと一分と表示された――僕たちはお互いに見遣って、「これも何かの縁だ。おれは上條陸雄だ、よろしく」と言って陸雄が通信番号などを記したマイカードを僕らに一斉送信してきた。それを受けて、他の元情報軍の二人も、「私は三國順子と申します」と、「自分は皐月剛生です。よろしくお願いします」と、それぞれのマイカードを受け取りつつ、僕らも「吉良旭人です。よろしくお願いします」と続いて、「富澤燐です。よろしくお願い致します」と、それぞれマイカードを交換していった。
ログアウトまで――あと二〇秒。
「それじゃあ、また縁があったらな」
「今度会うときはライバルかもね。負けないよ」
「自分は最下位でしたが、次までには皆さんに負けないように精進致しますよ」
陸雄と順子、剛生がそれぞれ言ってくる。
僕らも負けるわけにはいかない。
「またご縁がありましたらお会い致しましょう。それから――」
「次も負けませんよ。絶対にっ」
燐がにこっと僕が言おうとしていた台詞を先に言ってしまった。
全員が同じ戦場を乗り越えた戦友として、不可視の絆のようなものを感じた。
ログアウトまで――あと五秒。
「旭人さん」
「ん?」
すると、燐が僕の耳元で僕にだけ聞こえる声で言う。
「また逢いましょうねっ」
燐がウインクをした瞬間、全員がログアウトとなった。
+
ログアウト</logout>
+
物理現実に戻ると、自然と頬が緩んでいるのが分かった。
「ようっ!」と、そんな微睡みのような甘い意識の中にいた僕を、横から掛けられた健一の声によって現実に引き戻された。「試験時間が過ぎてもログインしたままだったってことは――もしかして、まさかの合格したんか?」
「おう、ほら――」
右掌を翳すと、セキュリティープログラムの象徴的な形である正六角形の中に、この世に本来はいないものの象徴として竜が描かれ、その前を剣と刀が交差していた。
電戯士の証である電戯士徽章そのものだった。
「マジかよ、すげーな、おい! おめでとさん!」
「その言い方だと、お前はダメだったのか」
すると、健一が肩を竦めていう。
「緋吠竜の止めを刺すのに揉めて仲間割れ」
「あー、ね」
「んで、前衛だったおれは、後ろからずどんっと撃たれましたとさ」
「プレイヤーキルありだったのかよ……」
「あーあ、ちくしょう。また次受けるわ――つか、緋吠竜どうやったんよ?」
「手を組んだ子がいてさ。その子と一緒に、同時に攻撃して斃した」
「同時か……、ポイントは?」
「当然――早い者勝ちで、全部相手の子が総取り」
「うわぁ――仲間割れにならんだんか?」
「うんや、その後に『ヴァーサス・ファイター』の隆治と紅花の止めを刺させてもらって、60000ポイント稼げて、順位は二位で合格したぜ」
「マジか? なんだよその子、天使かよ?」
「ある意味、天使だったぜ。めっちゃ助かった」
「くっそ、マジかよ。出会いたかったぜ」
ぐぉおーッと、健一が呻った。
「さて――」
僕は掌に握り締めていた合格祈願のお守りを見る――最初は電戯士になると言ったときは、猛反対だったけれど、最後の最後にこのお守りをくれるってことは、分かってくれたんだよな。
実加子に真っ先に報告したい――そう思いながら、お守りを握り締める。
すると、健一は「いってらー」と手を振っていた。
「おう、報告してくる!」
僕はいそいそと実加子への電話をコールしながら、体育館の外へと出ていく。
冷房が効いた体育館から出ると、むわっとする焼けるような熱気が体を包み込む――夏の終わりである八月三一日――この日、僕は最初の第一歩を踏み出したのだ。その事を誰よりも早く彼女に知らせたくて、コールする数秒すらもかなり長く感じられた。
『はい、もしもし。旭人君、どうだったの?』
「実加子、合格だよ。合格したよ――三級電戯士資格を得たんだ!」
そう言うと彼女は喜んでくれるものだと思っていた。
だけど、彼女の声は暗く沈み――どこか悲しそうな声色になっていく。
『そう……。これから、危険なお仕事に就くんだよね?』
「あ、ああ。うん。おそらく、そうなる、と思う……」
『前に言ったよね、私。違う道はないのって?』
「え? あ、ああ、前に言っていた、けど……?」
最初は猛反対だった。
だけど、今は……。
『私――いつ死ぬかも知れない人と、一緒には……いられない』
その言葉に、何か嫌なことが起こってしまうと分かる。
頭の中でその言葉を聞かないようにするために、違う話題を用意しようとする。けど、それが上手く言葉にできない――そうしている間に、決定打を言われてしまった。
+
『私たち――別れましょう』
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「え、あ……?」
舌が縺れて、言葉が出ない。
『ずっと、ずっと言わなきゃって思っていたんだけど、言い出せなかったの。今日にしたのは、旭人君が合格したから。落ちていたら、まだ話し合えると思っていた、のに……』
「で、でも、お守り……、くれたじゃ、ないか……」
合格祈願、の……。
『中を開けてみて――我ながらどうかと思ったけれど、お守りの中身をバツ印で切って逆さに入れると、効果は逆さになるって聞いたから――』
慌てて握っていたお守りの中身を見た。
すると、彼女の言う通り、バツ印を刻まれ逆さに入っていた。
『ごめんなさい。これ以上は――。私、旭人君に嫌われたくてしたんじゃなかったの。それだけは信じてほしい。でも、もうダメ、だよね――お互い、嫌いになる前に別れましょう』
その念押しの言葉に、僕は言葉を失ったままだ。
携帯端末を握り締めて、僕は――僕は――。
『愛していたわ、誰よりも。……さようなら』
ブツ――っと。
通信が途切れた。
ツー、ツー、ツーという音を聞きながら、僕の頭は真っ白になっていた。
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呆気ない幕切れだった。
ただ、それだけ――でも、最後の声が涙で滲んでいたのが耳に残った。