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3日戦争 エピソード 報復戦力「通常型戦略潜水艦」 序章

「艦長、見つけました。補給艦です!」

潜望鏡で周囲を探していた副長が艦長に報告する。

艦長も副長に代わり潜望鏡を覗き込み確認した。

「よし、低周波ピンを打て!補給艦から返信があり次第浮上する。」

「はっ!」

艦長の命令を受け俄かに艦内が騒がしくなる。

ソナー員が補給艦に向け、低出力の低周波を発信すると、ぼわ~んというなんとも間の抜けた音が艦内を抜けて行った。

数秒おいてもう一度発信。規定時間内に2度発信するのが補給艦との取り決めだった。

数分後、補給艦が徐々に速度を落とし始める。そして右に旋回を始めた。これが補給艦が信号を受け取ったという合図だ。

この海域は公海だが、どこに敵の目があるかわからない。不用意な信号は送らないのが生き残るための鉄則だった。


海上に浮上し補給艦から燃料と食料を受け取る。波は穏やかだが月明かりだけの夜間作業は気を抜けない。しかし、既に何回も繰り返されているルーチンである。作業は滞ることなく進められていった。

「本国より入電です!」

「読め!」

「はっ、超大国との交渉は難航。貴艦は別途指示のあるまで潜伏せよ。以上です。」

「補給艦からは何か言って来てるか?」

「いえ、通常の交信だけです。」

「よし、擬装艦が近くにいるはずだ。補給艦に連絡を取らせろ。そして補給後、会合ポイントで落ち合うよう指示だ。暗号コードは33番だ。」

「はっ!」

擬装艦とは艦長が指揮する『通常型戦略潜水艦-人民の栄光-』の護衛として常に本艦に追随している戦術潜水艦のことだ。

但し、その性能は2世代前のもので、且つ交換部品の不足から常に遅れを取っている。今回も一緒に補給をするはずだったが出力機関の不調で遅れていた。

そのような艦では逆に足手まといになる気がしようが、擬装艦には秘密兵器が搭載されている。その兵器によって戦略潜水艦の安全は数倍に跳ね上がるのだ。


艦長は当初の予定の半分で補給作業を中止し、艦を潜航させた。補給が済んだ物資は10日分程度だが現状を鑑みるにその程度で十分と踏んだのだ。


-指示のあるまで潜伏せよ-


これは事実上の攻撃命令に等しい。

姿を隠した潜水艦は敵から見たら非常に脅威だ。だから平時ですら潜水艦は他国の領海には気まぐれでは近づかない。もしも見つかれば、例えそこが領海外だろうと執拗な追跡を受け追い払われる。GPS等で海岸からの距離が正確に測れるようになった現在でも潜航している潜水艦だけは領海の倍の距離でも追い払うべし!とは世界中の海軍の暗黙の了解だった。


-これは、1週間以内に戦争になるな。-

艦長は自分たちが置かれた状況に戦慄する。本国唯一の戦略潜水艦である本艦は6発の中距離核ミサイルを搭載していた。その有効射程は500キロメートル程度だが、海岸付近で発射すれば敵国の主要都市に1発づつ核弾頭を落とすことができる。

但し、こちらから先制攻撃をすることは厳重に止められていた。あくまで本国が攻撃された場合の報復兵器なのだ。

もっとも隣国相手ならともかく、超大国相手に6発の核ミサイルで先制攻撃をしても意味がない。超大国は広すぎるのだ。たった6発では残った兵力で反撃され3日も経たずに国が滅ぶだろう。

それでは報復しても意味がないように思えるが、この戦略潜水艦は抑止力ではなかった。弱き者の無念を晴らす報復の剣なのだ。強者が勝利の宴を催している席に撃ち込む地獄の業火。強者の慢心を正す我々にとっての正義の裁きである。


2日後、海底付近で身を隠していた戦略潜水艦の上を聞きなれたスクリュー音が通過していく。擬装艦である。

「艦長、擬装艦が通過していきます。他には音源はありません。」

副長が艦長に報告する。

艦長が擬装艦に通達した会合ポイントはここより2キロほど離れている。

しかし、艦長は敢えてその位置を外した所で僚艦を待った。敵の追跡を恐れたのだ。擬装艦の索敵能力は低い。敵の追尾に気付かず猟犬を連れてくるかもしれない。僚艦を犠牲にしてでも戦略潜水艦を守るのが艦長の役目であった。勿論、擬装艦の艦長もそのことは十分承知している。艦が違えどどちらも自分に課せられた役割を全うしているのである。


艦長の心労に反し乗組員たちは上機嫌だった。何故ならこの2日間は通常の2倍の食事が提供されたからだ。甘味や果物も缶詰ではなく新鮮な生ものが配られる。常にぎりぎりの生活を強いられていた乗組員にとっては1年の祝い事がまとめてやって来たようなものであろう。しかし、全員がその意味を肌で感じていた。


決戦が近い!


翌日、会合ポイントで落ち合った擬装艦を従え、『通常型戦略潜水艦-人民の栄光-』は通信深度まで浮上した。そして通信ブイを浮上させ本国からの連絡を待つ。

その時、超大国のラジオ電波を傍受していた通信兵の目が見開かれる。そして手にしたペンがわなわなと震えだした。不審に思った同僚が声を掛けるが返事はない。同僚は通信兵のヘッドホンを奪い敵国のラジオ通信を聞く。

3分ほど聞いていただろうか。通信兵は書きなぐったメモを手に司令室に駆け込んだ。

「艦長!敵国のラジオ放送が我が国との開戦を報じています!」

艦長は静かに目を閉じると一瞬だけ動きを止めた。

「本国からの通信は?」

「ありません。」

本国からの通信は中継地を経由して送られてくる。しかし、戦争が始まったとなると妨害を受けるかもしれない。その為、戦略潜水艦には特別な情報伝達方式が用意されていた。それは超低音波を利用した海中音波通信である。この音波通信の利点は世界中、海中ならどこでも受けられることである。途中に大陸があってもその端を回り込んで伝わるのだ。

但しここは本国から見たら地球の裏側である。如何に水中を伝わる音波の速度が空気中より速くてもここまで届くのには10時間はかかるだろう。そして超低音波は時間当たりの情報量が少ない為、解読には時間がかかる。


本国からの指令を全て受信できるのは明日か・・。

艦長はこの宙ぶらりんな状況に唇を噛んだ。

「引き続き、敵の通信を傍受しろ。変化があったらすぐに知らせろ。」

「はっ!」

通信兵は艦長に敬礼をし持ち場に帰っていった。

「開戦の報を敵から聞くとはいささか間抜けだな。」

艦長が自嘲気味に副長に言った。

「使えるものは何でも使えが、先の戦いの戦訓です。というか気付いたら終わっていたなんて間抜けになるよりよっぽどマシですよ。」

副長が混ぜ返す。戦争が始まったことは確認したが、それは敵方の情報である。疑う余地はないが行動は起こせない。あくまで本国からの指令のみが、この艦の行動を左右できるのだ。

艦長たちは重苦しい空気の中、本国からの指令を静かに待った。


翌日、ようやく本国からの指令を傍受した。

「艦長、超低周波を感知し始めました。深度と進路の固定をお願いいたします。」

「時間は?」

「Bクラス指令なら30分。Aだと1時間は必要です。」

「よろしい。ソナー、敵への警戒範囲を最大に、操舵兵は進路、深度を固定。」

「はっ!」


1時間後、艦長は解読の済んだ指令文を見つめていた。


-超大国より攻撃あり。報復せよ。プランは48号。攻撃後の行動は自由。国家最高責任者より-


プラン48。これは軍施設ではなく敵国都市への攻撃だ。予め攻撃対象は指示されているが状況に応じ艦長の裁量で変更も許可されている。


-攻撃後の行動は自由-

これは初めて読むな。

艦長は、本国司令部の意図を推し量る。そして副長に指令文を渡し意見を聞いた。

「自沈しろと言ってこないところが嫌らしいですね。もしくは同盟国に逃げ込めと言っているのか・・。」

『通常型戦略潜水艦-人民の栄光-』の動力はディーゼルである。途中で補給を得ねば一番近い同盟国にすら届くことはない。

「攻撃に成功すれば10万、いや100万人からの民間人を殺すことになるんだ。逃げ切れるわけがない。」

「擬装艦への連絡はしますか?」

僚艦はこの指令を受け取っていない。その使命はただただ『通常型戦略潜水艦-人民の栄光-』を守るだけだった。

「いや、彼らは彼らの使命を全うするだけだ。どうせ我々が動けば察するさ。」


その時、通信兵が司令室に飛び込んできた。

「敵国のラジオ通信が、わが国の超長距離無誘導ミサイル『必殺』による攻撃の報復として本国への核攻撃を報じています。」

本国は『必殺』を使ったのか・・。事態はそこまで一気に加速しているのか。これは、戻っても国は滅んでいるな。

艦長はそのことに戦慄をおぼえる。

超長距離無誘導ミサイル『必殺』の弾頭は核だ。これを使用したという事は、そこまで追い詰められていたのだろう。

本国からプラン48を通達された時点で予想はしていたが、こうして目の前に情報を突き付けられると改めてもう後戻りは出来ないと悟った。

「いやはや、潜水艦乗りというのは本当に現世と切り離されていますよね。これじゃまるでネット社会の情報難民だ。」

副長が、艦長を気遣い軽口をたたく。

そして艦長は決断する。

「ミサイルのロックを第一段階まで解除。攻撃対象はプラン48。進路を南にとれ。」

「はっ!」

『通常型戦略潜水艦-人民の栄光-』は僚艦を従えて、その巨体を攻撃予定地点へ向け回頭を始めた。

しかし、そのことを静かに探る潜水艦がいることを艦長はまだ知らなかった。


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