2−4: クローの意見
休会の時間が過ぎ、また人々は会議場へと戻っていった。
全員がグラスを前に出し、デバイスの用意ができたころだった。
「クローからの資料の提出を求めます」
マーシパルは静かに言った。
各々のグラスには資料を示すアイコンが現われ、また、各々がその閲覧を始めた。
だが、バンスマンはスタッフから受け取ったリーガルパッドの黄色い紙を眺めていた。
十五分ほど経ったころだった。マーシパルが言った。
「ニーア・ホーマー、先のクローによる、メキシコによる両軍の対峙とキューバ危機は関係がないという主張について意見を求めます」
「はい。デバイスの援助のもとでですが、関係がないという主張を認めてもかまわないかと思います」
女性の声が答えた。
クランスは左手のいくつか離れた席を見た。
バンスマンは、まだリーガルパッドを眺めていた。
「ただし、そのためには、キューバ危機以前からの南北の対立を問題に含める必要があるかと思います。そのような前提においてであれば、キューバ危機と今回の事件とは、海面に頭を出した二つの島のように、別個のものと考えることができるでしょう。しかし、その反面、それらは共通の海台や平頂海山に上に存在する島でもあります」
「つまり、キューバ危機との関係を検討するなら、それに留めてもかまわないが、関係を無視するということであれば、より広い歴史を検討する必要があるということでしょうか?」
「はい。そのとおりです」
その返事を聞きながらバンスマンはリーガルパッドに、左右に十cmほど離して二つの点を描いた。
「メキシコ、キューバ危機。いや、そうじゃないが」
そう言いながら、二つの点を線で結んだ。
「あくまで、ノード、個人だ」
「クローから意見を求めます」
マーシパルが言った。
しばらく、南北のクローはざわついていた。
バンスマンはすでに描いた線の上下に、一つずつ点を描き、それらを線で結んだ。
「クラスタは……」
バンスマンは隣り合う点を線で結び、四角形を描き、また対角線となった二本の線が交わるところにも点を描いた。
「三角形がクラスタとして……」
バンスマンは描いた四角形を眺めながら呟いた。
「キューバ危機とメキシコでの発砲に関係があるということを認めます」
「同じく認めます」
南北のクローが返答した。
「それでは、それ以前からの軍事的、および文化的な衝突はあるものの、ここでは一先ず、キューバ危機以降、衝突は主にメキシコに集約されていたとして議論を進めたいと思いますがよろしいですか?」
「その意見を認めます」
「同じく認めます」
南北のクローはやはりそう答えた。
「違うな。これじゃぁなにかが見えてこない」
バンスマンはそう呟くと、描いた四角形を何本もの斜線で消した。クランスはバンスマンの呟きと、斜線を描く音に釣られて、リーガルパッドに目を落としたが、すぐにグラスの表示とデバイスからの音声に注意を戻した。
「よろしい。キューバ危機において、南北間での大規模戦争が懸念されましたが、両者の努力によりそれは回避され、メキシコにおける局所的な衝突にまで、事態はある意味では改善されていたと考えることとしましょう」
マーシパルは穏やかに言った。
「しかし、緊張は依然として存在し、結果として南部連邦による発砲に至った。それでよろしいですか?」
「その意見を認めます」
「同じく認めます」
南北のクローはまたそう答えた。
「では、両軍内、あるいは両連邦内でのこの事件への対応はそれぞれにまかせるとし、この会議の目的である、両連邦間の大規模戦争への懸念に話を移しましょう」
マーシパルは一旦間を取った。
「ニーア・ホーマー、現在の懸念について説明をお願いします」
「はい。現在の懸念は、まだ動きがあるのかどうかはわからないものの、キューバ危機の再来であり、そこから一歩進んだ南北両大陸間での戦争です。もちろん、そこにおいては依然として核の使用が最大の懸念です。私たちニーに限らず、ハイディ、フローともにそれを懸念しているものと思います」
「ハイディ・サマール、どうでしょうか。懸念はそこでしょうか?」
「えぇ。そこが最大の懸念ですね」
「フロー・フォイラ、どうですか?」
「同じく、そこが最大の懸念です」
「一つ、よろしいかな?」
南のクローの一人が言った。
「皆さんが、それを懸念しているのはわかる。私たちもできればそういう事態は避けたい。だが、それとともに科学技術の発展へのクローの寄与も忘れないでもらいたい。さて、その点に立つなら、皆さんの懸念は科学技術にもとづく、そうたとえばこのデバイスなどの供給や、これ以後の科学技術の発展にあるようにも思える。今、ハイディが会議を進行し、ニーが核戦争への懸念を謳った。それはクローに対する利他的な意見のようにも思えるが、実のところ科学技術にもとづくものの供給などについての、つまりは利己的な意見ではないのかな?」
その声は穏やかではあったものの、挑発とも嘲笑とも受取れる含みを持っていた。
「クラスタ…… 霊長類での最小のクラスタは……」
バンスマンはリーガルパッドを眺めながら、そう呟いた。




