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種の衝突  作者: 宮沢弘
第三章: 三角形
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3−1: バツ印

 バンスマンとクランスは連れ立って、会議場があるビルの食堂へと向かった。ホテルのレストランとは様子が違い、食堂と呼ぶのが相応わしい場所だった。

 二人はトレイを取ると、レーンに並んだ。サラダ、トウモロコシのパン、ミンチ肉に香草を混ぜ、やはりトウモロコシで作った皮で包んだすこしばかりの肉料理、フルーツ、そしてデザートを取った。テーブルに向かう途中では、お茶をカップに受け、トレイに乗せた。

 テーブルに着くと、二人はトレイを下し、バンスマンは脇に抱えていたリーガルパッドもテーブルに置いた。

「それは荒っぽい理屈か?」

 クランスはちぎったパンを持った手て指差した。

「あぁ」

 バンスマンはそう答え、お茶を飲んだ。

「なんだ、これは?」

 ともかく飲み込んでから、クランスを睨んだ。

「マテ茶だな」

 バンスマンの顔を、笑みを浮かべながら見て答えた。

「南のお茶だよ」

「マテ茶なら、大陸でも売ってたし、飲んだこともあるが」

「あれは薄いな。こっちだとこんなもんだ」

 バンスマンはカップを覗き込んだ。

「色合いに騙されたな。だが、この状況でも南のお茶が流通しているのか」

「この食堂の在庫かもしれないし、北大陸の、しかも人類連合ビルで南のお茶を出すことになにか効果があるのかもな」

「これが本場の味と違うようなら、むしろ怒らせるんじゃないか?」

「そこは大丈夫だろう」

 クランスは左手の親指で厨房を指差した。

「ここには南のクローもいるはずだ。ニーもいるようだしな」

 バンスマンは、もう一口お茶を飲み、クランスは肉料理を口に入れた。

「だとしても、あてにはならないかもしれないが」

 その表情を見て、バンスマンも肉料理を口に運んだ。

「たしかにな」

「それで、その三角形はなんだ?」

 フルーツをゆっくり噛んでからクランスはリーガルパッドを指差した。

「もう一個重ねて六芒星にするわけでもないんだろ?」

「六芒星か」

 そう言うと、バンスマンはフォークを置き、ペンを胸ポケットから取り、もう一つ三角形を重ね、六芒星を描いた。

「いや、違うな。これじゃぁ、複雑すぎる」

「クローの秘教の検討ですか?」

 ふいに後ろからかけられた声にバンスマンは振り向いた。

「いや、そういうわけじゃないんだ」

 バンスマンはリーガルパッドから一枚を剥ぎ取り、次のページにまた大きく三角形を描いた。

「君たちが打ち合わせていたのは、キューバ危機についてか? それとももっと長い歴史的視野なのか?」

 クランスは席についたフォイラを指差して訊ねた。

「どちらかと言うなら、もっと長い歴史的視野でしょうか」

 フォイラはお茶を飲み、答えた。

「あぁ、懐しい味だ。変な言いかたかもしれませんが」

「フローにとっては日常の味か」

「えぇ。そこを悪くいうヒトもいますが。慣れた味ですね」

「フローは実際、どうするつもりなんだ? その…… 領土回復についてだが。実際のところ、ほとんどの島がまだクローの領土だろ?」

 クランスはパンを飲み込むと訊ねた。

「私たちは、急ぐつもりはないのですが」

 フォイラもパンを飲み込み、答えた。

「そうは言ってもこの状況じゃないか」

「キューバ危機の時も、『この状況』だったでしょうね。千年かけて回復していけばいいかなというのが、私の考えです」

 フォイラはフルーツを食べた。

「それより、もう一枚くらい剥ぎ取ってありますよね?」

 バンスマンのリーガルパッドを指差した。

「まだ持っていたら、見せてくれませんか?」

「いや、これは本当に秘教などとは関係ないんだが」

「まぁまぁ、ついでです」

 フォイラに促されポケットに入れたままになっていた二枚を取り出し、会議場で描いたほうの一枚を、フォイラの側に広げた。

 フォイラは肉料理を飲み込んでいた。

「一番下のですけど、クローの遺跡ではバツ印に似た文様がよく見つかっていますよね」

 一番下の絵を眺めてそう言い、空中に指でバツを描いた。

「あぁ、クローがユーラシアの南岸、そして東岸を移動したことの証拠の一つにもなっている」

「南大陸でも、遺跡にありますよ。石と干乾し煉瓦の階段ピラミッドの中で見つかっています」

「あぁ。そうだったな」

「それらは、太陽を示すシンボルと言われていると思いますが。何万年もそのシンボルを持ち続けるものなんでしょうか?」

 フォイラはお茶を飲み、バンスマンはフルーツを食べ、お茶を飲んだ。

「さてなぁ。ただ、何万年も持ち続けたのだろうということだけは言えるが」

「なんとなく思ったことなんですが、」フォイラはフルーツをフォークで突き刺して言った。「太陽というか、太陽が登る方向、つまり東へ行けとか、もっと東じゃないとだめだとか、そういうことはないでしょうか?」

「うん。何回もバツ印が掘られているのだろうとは言われている。同じ場所のバツ印をね。複数の集団が、そこを通るたびに削り続けたのかもしれないとね」

 バンスマンはパンを千切り、口に運んだ。

「やはり、ニーとの衝突かなぁ?」

「そこはわかりませんが。衝突の痕跡は見つかっていないのでしょう?」

「あぁ。はっきりとした傷が残っているような骨は、どっちにしろ出ていない」

「それなら、なぜその文様を持ち続けたかだけで、とりあえずはいいんじゃないでしょうか? ともかく東を目指すように、後続の集団に遺したメッセージだというのも、面白いと思いますが」

「それは、さっき描いていたやつだろう?」

 クランスが割り込んで来た。

 バンスマンはクランスにうなずいた。

「六芒星は置いておくにしても。それじゃぁ、なんて言うのかな、社会を示すためには、再帰性みたいなものが足りないんじゃないか?」

「再帰性?」

「四角形の中にあるのは三角形だ。じゃぁ、そこから内側にせよ外側にせよ、どう発展させる?」

「再帰性か……」

 バンスマンは折り癖のついた紙の一番下に描かれた四角形を眺めながら応えた。


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