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ニセガミ ー双黒の調律者ー  作者: ぽみしま れい
最終幕:超越せし者
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Epilogue

 事件が収束して数時間。

 九道邸の上空には複数のヘリが飛んでいた。どれもこれも、日本の政府直属の調律者機関である匡冥獄所属のヘリだ。

 原因の究明と負傷者の救護のために送り込まれたのだろう。九道邸の庭には、事件の生存者たちが狼煙(のろし)を上げてヘリを手招いていた。


 そんなヘリのうちの一機には、不敵な笑みを浮かべる男がいた。


「これで、よろしかったのですか?」


 秘書と思しき女は、男へと問う。


「あぁ、計画通りだとも。あの顔を見れば分かる。俺の思惑通り、天夜は“次元上昇(アセンション)”を果たした。わざわざ元DCDの刀条華煉に情報を売り、本来この地へ赴くことの無かった“鍵”……白亜を送り込んでまでお膳立てしてやったのだ。須田冬真--いや、シグル。奴はよくやってくれた」


「ですが、黒霧天夜が次元上昇(アセンション)を果たさなければ、地球は終わっていたのですよ? その場合はどうなさるおつもりなのでしたか?」


「愚問だな。複製品(クローン)とは言え、我が兄弟が負けるはずもない。次元上昇(アセンション)とは死を以って行われるものだ。神と邂逅し、征乱者としての真の力を引き出すためには死が必要だ。皮肉にもシグルはその次元上昇(アセンション)を求めていながら、天夜に先を越され敗北した……賭けではあったが、奴をその状況へと追い込むには強い動機と強い手駒をぶつける必要があった。にしても矛盾者(パラドクサー)の悪魔憑きか……それも惑星の性質を操る能力など、探してもそうはおらん」


「そんな者をどこで見つけてきたのですか?」


「何度も説明しただろう? お前は物忘れが激しいな。それゆえ他者に口を割らんから秘書に置いてやっているのだが……まあいい。

 俺に力を授けた神は、人間、天使、悪魔、神であろうとあらゆる死した者を管理している。そうすれば数えきれぬほどの死者を伝って何処からともなく情報を仕入れてくることができる。それだけのことだ。

 そして見つけたのがあの悪魔だ。奴は元々、遠い昔に禁書に封印されていてな。その禁書を、オーサライズ・チューナーどもに面の割れていない調律者の家……すなわち匡冥獄には所属していない調律者である須田冬真の家に仕込んだ。次に禁書に触れた者が、封印を解くように細工しておいてな。そしてそれに触れた奴は、シグルという悪魔に憑依され、人格ごと支配され、ひねくれジャックと成り果てた。須田冬真は抵抗したのだろうが、無駄だったろうな。シグルは周囲を欺くために冬真の人格を表へと出していたようだが、冬真は全て操られていた。いわば二重人格のようなものだ。冬真としての意識はあの悪魔に吹き込まれた嘘を信じ込み、九道銀牙がひねくれジャックだと勘違いしたまま九道邸へと踏み入った。冬真本人の自然な演技であれば、天夜どもも被害者として受け入れるしかなかったということだ」


「その禁書に封印された悪魔が征乱者としての能力を持っていることも知っていた、と?」


「無論当然だ。奴は五百年も前に神界へと悪魔の軍勢を率いて攻め込んだ。その際、“神の至宝”とやらに直接触れてな。それは征乱者としての能力を与える神具だったそうだが、起動はされていなかった。だが今より百十四年前の1906年。戦乱の最中で突如として征乱者が現れ始めた。つまり、“神の至宝”が起動されたのはその頃だ。奴は至宝に触れアニムスを宿したが、力は発現せず、神の軍勢に敗れて人界へと堕ちた。そうして人に憑依してやり過ごしたらしいが、何処ぞの祓魔師(ふつまし)の手によって禁書に封印された。禁書から目覚めてようやく、奴は征乱者の力を手にしたのだ。そこから白亜閃が“鍵”の継承者であること、神門が九道邸の地下に存在することを吹き込んだのも、無論この俺だ。

 ……細かい経緯は、シグルと須田冬真が死んだ今分かったことだがな。刀条華煉を介してたびたび助言や情報をくれてやったのも、わざわざ白亜の後を追うように天夜たちを崩月へ向かわせ、シグルと引き合わせたのも、全てこの俺だ。まさしく奴は俺の手の平の上で踊る道化(ピエロ)だった」


 女は、男の味方ながらゾッとした。そこまでして彼は、黒霧天夜の次元上昇(アセンション)のためだけに、多くの人間の人生を駒のようにして操ったのかと。


「ま、今のことは天夜からの報告書で全て語られるだろうよ。奴が矛盾者(パラドクサー)である情報は全て誤魔化された、虚偽の報告書だろうがな……。適当な理由でも付けてシグルの遺体すらも出てこんだろう。それにしても楽しみだな……天夜は次元上昇(アセンション)をあと二段階残している。奴があの能力を完成させれば、俺の復讐もまた完成する。お前は最後まで俺についてくるな?」


「よく分かりませんし色々めんどくさくて忘れましたが、もちろんです。夜廻(ヨミ)様」


「阿呆、ここではその呼び方はやめろと言ったはずだ。せめて総統と呼べ」


 対話は此処で途切れた。総統を名乗る者の顔は、まさしく黒霧天夜と瓜二つ。まるで双子の兄弟であった。

 だがその顔はすぐに初老の男性の顔へとグニャリと変貌する。それはまるで、ちょうどカメレオンが擬態する様にも似ていた。

 そして匡冥獄の長とその秘書を乗せたヘリだけが先んじて帰って行く。

 彼らの思惑を知る者は、まだ誰もいない。

 



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 三ヶ月後--。



「てーんーやー。朝よ〜、起きなさーい」


 何かを企んだ艶かしい声が、天夜の寝室に響く。

 天夜の姉、千夜はスケベ心丸出しの手つきでその布団を引っぺがす。


「げっ!」


 素っ頓狂な声をあげる千夜。

 するとそこにはヨダレを垂らして熟睡する天夜……と、寄り添うようにしてベッドを共にする白亜閃がいた。それも全裸で。


「な……な……何してんのよ白亜ちゃん!」


「んぅ……あと五分……」


「あと五分じゃないわよ! この女狐! 天夜は私のものよー! はーなーれーなーさーいー!」


 千夜は必死に天夜から白亜を引き剥がそうとするが、まるでびくともしない。


「うるせぇな、クソ姉貴。いつの間に家に戻ってたんだ。まだ8時だぞ。休日くらいもう少し寝かせろ……って。閃、また俺のベッドに?」


「またって何よ⁈ しかもいつの間に下の名前で呼ぶように⁈ 私が特務に出てる間に進展しすぎじゃない⁈」


「あ? 別に呼び方なんかどうでもいいだろ。つか、俺はそんなつもり無いんだが……最近こいつ俺にベッタリでよ。ツンケンしてる態度のわりに、ずっとこんな感じだ。いいかげん鬱陶しいことこの上ない」


「ほら! 天夜もこう言ってるんだから離れなさい!」


「はぁ……騒々しい目覚ましね。千夜さん、私の傷が完治するまでここに住まわせてもらってるのは感謝してますけど、いいかげんあなたの行き過ぎたブラコンはどうにかならないの?」


「神様が兄弟は愛し合っちゃダメなんて決めたとしても、私はクソ喰らえよ! ねー、天夜ー?」


「残念だがそれはクソ神様の方が正しいと思う」


「ハァァァ⁈」


「ほらね。それに私はあなたと違って天夜に愛してもらうことを強制したりしないわ。彼は私の命を救ってくれた。ただその恩赦を感じているから、私が一方的に愛するだけだもの」


「俺は誰のもんにもならねぇ、もうどっちもうるせぇから出て行け。着替えたいんだよ」


 天夜は鬱陶しげに言い、二人を猫のように襟首をつかんで廊下へと放り出した。

 この三ヶ月、白亜は共同生活をするうちに天夜へと惹かれていた。もちろん恋愛感情として。

 彼女は相変わらずクールな態度を一貫して崩さないが、その気持ちは恋する乙女そのものだ。

 天夜自身はそれを自分にとっては無駄なものとしか捉えていないようだが。

 白亜は千夜と女同士気が合う面もあるようだが、しばしば天夜の取り合いもする、まるで長年連れ添った女友達のような間柄になっている。


「おや、お二人ともおはようございます。千夜さん、戻っておいででしたか。それと……そんな二人揃ってふくれっ面でどうしたのです?」


 黒霧家にはもう一人、住人がいる。

 一級品の燕尾服に袖を通した執事然とした男、ギリウス。

 彼は自室から現れるなり、涼しげに二人に問いかける。


「どうもこうもないわよ! この女狐が私の天夜を!」


「あなたの物じゃないと天夜がさっき言ったばかりなのにもうお忘れ?」


「ふふふ、朝からにぎやかなのは結構ですが、そろそろ朝食の準備をしようと思っていたところです。お二人とも手伝ってくれますね?」


 子どもの喧嘩を諌めるようにして言うと、ギリウスは階段を小気味よく降りていく。


「あ、白亜さんはせめて服を着てから降りてきてくださいね。風邪を引きますよ」


 忠告された白亜は自分の格好が裸体のままなのを思い出して赤面する。


「先に言いなさいよバカっ!」




 すったもんだの末、三人が分担して朝食を用意し終えるタイミングでちょうど天夜も降りてくる。


「あー、腹減った。ギリウス、コーヒー入れてくれ」


「いい加減カフェイン中毒になりますよ? 九道邸から戻って以来、ずっと飲み物はコーヒーばかりじゃないですか」


「なんか知らんが苦い物が無性に好きになっちまったんだ。これも次元上昇(アセンション)とやらの影響かもな」


 軽口を叩きながらギリウスからコーヒーカップを受け取り、天夜は席に着く。


「ねぇ、天夜。その次元上昇(アセンション)ってので気になったんだけど、あれから天力は使ってるの?」


 白亜からずっと気になっていたことを聞かれる。


「ほとんど使ってない。あれ以来、天力を一度解放したら収めるまでが大変でな。どうやら、体内の天力と覇力のバランスが変わっちまったみたいで、前みたいに隠すのも一筋縄じゃいかない。覇力を練り上げる方を最大限にしておかないと、天力がこぼれ出ちまう」


「じゃあ匡冥獄の本部に行く時は隠すのが大変そうね」


「まぁな。お前の方こそ、臓器を普通の物に替えなくてよかったのか? 闇医者にでも相談すればどうにかなる話だが……」


「良いの。これはあなたがくれた、新しい命だから」


「そうか。そう言うなら好きにしろ」


「ちょっとそこ! 勝手にイチャイチャしない!」


「してねーよクソ姉貴」


 朝食は騒々しくも穏やかに始まる。

 この平穏が、永遠であればいいのにと思う者もいれば、退屈だと感じる者もいるかもしれない。

 世界はそんな様々な“者”たちによって今日も廻っている。


 ふと、千夜がおもむろにテレビを付ける。


「あ、またニュースでやってるわよ、【世界を救った“双黒の調律者”特集】だってさ。あんたたちすっかり人気者ね。なんでテレビの出演依頼とかぜんぶ断ったの? もったいない」


「テレビなんか出てみろ。クソ鬱陶しい質問責めに合うだけだ。俺ら調律者は有名人になる必要なんかねぇのさ」


「私も同じく。俗世の見世物になるのは面白くありませんからね」


「そのくせ匡冥獄からの報賞金と勲章はたっぷり貰っちゃったんでしょ? 天夜もギリウスも今じゃ私より階級上じゃない」


 羨ましげな物言いで千夜はベーコンエッグを頬張る。


「金はいくらあっても困らないけどよ、勲章や階級なんざどうでもいい。鬱陶しい人付き合いが増える。総統から直々に会って食事でもしたいなんてくだらねぇメールまで来てたくらいだぜ」


「え⁈ あの滅多に人前には出ない匡冥獄の総統が⁈」


「あぁ、あの総統サマだ。平安の貴族気取って人前に出ないなんて傲慢な野郎と食事なんざメシが不味くなる」


「あんたね……社会不適合者にも程があるわよ……」


「知るか。何が悲しくてジジイとメシを共にしなきゃならねえんだ」


 天夜はうざったそうにテレビのチャンネルを切り替える。すると画面には、とある事件現場の生中継が映し出された。

 リポーターは剣呑な雰囲気を醸しながら必死に状況を伝える。


『現在、こちらのビルには犯人たちが人質を取って立て籠もっており、現場には緊迫した空気が立ち込めています。捜査当局は犯行グループの身元を、武装した征乱者犯罪集団と特定しました。……新しい情報です。犯行グループはつい先ほど新たな犯行声明を出し、“双黒の調律者との対話”を要求しました。彼らは先日、双黒の調律者が確保した征乱者の仲間であるとのことで、確保された者たちの釈放の交渉を望んでおり--』


「ハッ、俺たちと対話だってよ。笑わせるぜ。のこのこと手ぶらで行きゃ問答無用で殺す気のくせによ。こちとら朝メシが食いてえんだ。他の調律者かDCDあたりにでも任せて欲しいところだな」


 天夜は犯人の要求を冷たく突っぱねると、知らん顔でコーヒーを啜る。

 だが、そんな彼の元には一通のメール通知がけたたましく響く。

 嫌な予感がしつつも、携帯端末を確認する。

 予感はビンゴ。そこには匡冥獄からの特務出動要請の文面が映し出されていた。

 すると、他の三人の携帯端末も矢継ぎ早に次々と鳴る。

 各々が携帯端末を確認すると、そこには全く同じく文面が載っていた。


 顔を見合わせると、察したように急いで四人は支度に取りかかる。


「今日はこの四人だけで楽しくパーティー会場へシャレこもうってか? そりゃいい! イカれてるね!」


「不本意ながら、こんな不快な招待状を叩きつけられたなら行くしかないようですからね」


「天夜、背中は任せて。あなたの邪魔をする奴は一人残らず私の愛銃たちが消してくれるから」


「今日は一日中天夜とイチャイチャできると思ったのに……犯人は全員串刺し決定ね」




 四人は現場へと到着すると、真っ先に天夜が警察の拡声器をぶんどってパトカーの上によじ登る。


『あーあー、聞こえてるか? お前らお待ちかね、VIPの到着だぜ。震えて待ってろよクソビッチども、丁重にもてなせ』


 拡声器を放り投げ、パトカーから飛び降りる天夜。その顔は少し楽しげでもある。


「天夜、作戦は?」


「正面から入って殴る」


「はぁ……相変わらずバカですね」


「お前はそういうの一番得意だろギリウス」


「それは暗に私をバカだと?」


「いいや、俺のバカ騒ぎに付き合ってくれるのはいつもお前ってことだぜ相棒。それに……」


「それに?」


「まだ俺は人間でいられるかもしれないなんて、そう思わせられる」


 顔色ひとつ変えず、天夜は独り言のようにぼやく。以前のように皮肉な笑みは、もう無い。

 だが無味乾燥とした表情とは裏腹に、その言葉には確かな信頼が感じられた。

 天夜は人ならざる者になることを受け入れ、次元上昇(アセンション)を果たした。しかし、彼の中ではまだ人間としての残滓が強く輝いている。

 神へと近づき力を手にするには、人間性とは不純物かもしれない。だが天夜にとってはかけがえのないものであることがギリウスにもハッキリと分かる。


「急に気色の悪い……変な物でも拾い食いしましたか?」


「ま、ちょっとばかし呪いの一欠片をな」


「ほら、バカなこと言ってないでさっさと行くわよ」


 白亜は二人を軽く窘めると、二丁拳銃をホルスターから抜く。

 それに続いて千夜は凶悪な大きさのランスを構え、ギリウスもレイピアを抜刀する。

 天夜は相変わらず無謀にも徒手空拳。本人はこれが一番自分に合ってると言い張る。

 天力を使うわけにもいかないため、これで良いと言えばいいのだろう。


「さぁて、イカれたパーティーの始まりだ。主催者をブチ殺したら飲もうぜ。今夜は俺の奢りだ」



 この宴がどのような催しだったかは誰にでも想像がつく。

 きっと、主催者一同が勘弁してくれと泣きを入れるまでは続いたことだろう。


 宴はいずれ終わりを迎える。

 しかし闘争は、連綿と、滞りなく、際限なく続くものだ。

 そこに火種がある限り、彼らは戦いを余儀なくされる。

 これよりまた、その火種を燃え上がらせ、巨大な篝火へと成長させようとする者と天夜たちは向き合うこととなるだろう。

 それは宿命であり、悲劇であり、呪いであり、死への近道だ。

 もはや、天夜が戻る道は何処にもない。

 九道邸での戦いはほんの序章に過ぎず、未だ喜劇と呼べるほどの生ぬるい代物である。

 ここからの彼の運命は、悲劇への一方通行である。

 悲劇の物語は、天夜を主人公などではなく、呪いに縛られ、翻弄され、引き裂かれる舞台装置へと成り果てさせるだろう。

 これはそんな彼の、束の間のささやかな一日であった。それだけのことだ。




ニセガミ -双黒の調律者-


ようやく完結です。

ここまでお付き合いくださりありがとうございました。

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