5. 双黒:Demise
--どれだけ時間が経ったのだろうか。
天夜はまた、あの夢を見る。
自分に瓜二つなあの男の夢を。
男はいかなる理由か、襲いかかってくる者たちを軍刀で容易く斬り伏せ、潰し、殺戮する。
だがやはり、不可解。
その男は、復讐の瞳をしている。にも関わらず、まるで計画通りとでも言わんばかりに冷淡で退屈な殺戮。
夢が長引けば、時折、男は更に不可解な行動に出る。今回はその長引く夢だ。
男が殺し尽くせば、次に起こるのは馬鹿馬鹿しい光景。男は死体におもむろに触れると、死体は再び立ち上がる、という滑稽な夢だ。
その光景を視るたびに、まるで低予算で作られたB級ゾンビ映画だ、と天夜はシニカルに吐き捨てる。
男は死体を率いる司令官となり、闇夜に溶けて消える。
そこで、いつも通り夢は終わった。
--こんなオママゴトの主人公の姿が俺だと? 笑わせるな。
そんな感想しか浮かばない。
だがこの夢を見れば、何か嫌な予感がする。誰かが、全てを操っているような、誰かが、何かを企んでいるような。そんな感覚が。
それとは裏腹に、不思議と懐かしさも感じる。自己の鏡写しのようであり、まるで自己を産んだ両親のような。
--そんなはずがない、ふざけるな。
そう冷ややかに否定すると、天夜はひとときの悪夢から目覚めた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「や…………ん……や……てん………」
「つっ……!」
「天夜!」
目を覚ますと、そこには憎たらしい相棒の顔がすぐ間近にあった。
珍しく焦った顔をしていたので、何事かと思ったが、倒れた天夜の身を案じて呼びかけてくれていたのだろう。
焦る様子がレアで、その必死さと間抜けさに思わず笑みがこぼれる。
「ギリウス、顔、近い」
「良かった……何が起きたかは後で聞きますが……その、身体は一体……? 大丈夫なのですか?」
突然相棒が黒いツギハギまみれのフランケンシュタインのような姿になっていれば誰だって驚くだろう。
一度死んだ、なんて言えばもっと驚くはずだ。水圧でズタズタに引き裂かれた肉体を無理やりフィーネの夜で繋ぎ合わせ、無理やり魂を定着させたのが今の天夜だ。
「あぁ、平気さ。ちょっとばかしイケメンに傷が付いちまったくらいだ。お前こそ、ちゃんと刀条に勝ってここまで来たんだろうな?」
「当たり前じゃないですか……私が負けるところを見たことがありますか?」
「ハ、こいつぁ愚問だったな」
天夜は自分を抱き抱えるギリウスの腕を払いのけて立ち上がり、辺りを見渡す。
真っ黒に染まった床や壁。神門の一部は欠け落ち、その上には白亜が血を流しながら仰向けに倒れていた。
天夜は興味無さげな面持ちで白亜の元へと歩き出す。
「誰が死のうが、誰が生きようが、俺にはどうでもいい。けどな、俺の目の前でやりたい放題やる奴ってのは気に喰わねえ。その結果に誰かが死ぬってのも気に喰わねえ」
天夜は白亜を抱えると、神門の上から飛び降りる。
白亜の腹部には瓦礫が突き刺さっており、複数の臓器が破損している。息も絶え絶えといった容体だ。
彼女の持つ“鍵”というモノは、恐らくは神門を起動する為の特異点のような代物なのだろうが、なぜ彼女が持っていたのかなど、天夜には分からない。
しかし此処で、彼女を失う訳にはいかない気がしてならなかった。
そんな根拠のない直感すらも魔神の寵愛を受けた影響なのだろうか、などと天夜は思ってみる。
ギリウスも駆け寄り、その容体を診る。
「これは……酷い傷ですね。失血も多い。早く手術でも行わければ確実に……」
「そんな暇は無い。いいか、白亜。お前が生きたいか死にたいかは知らねぇ。けど、生きろ。お前にはまだ、やるべきことがあるはずだ」
刺さった瓦礫を力任せに引き抜き、そこにフィーネの夜と共に己の血液を注ぐ。それらは、天夜の意志を元に自律して蠢く。黒い素材が止血し、臓器の至るところを自動的に縫い合わせて行く。
傷口だけでなく、臓器までもフィーネの夜で代用してみせるという、医学的にはありえないであろう方法で処置を済ませた。
「これでもう大丈夫なのでしょうか?」
「多分な。フィーネの夜を完全な臓器の代替品として作り上げ移植した。あとはこいつの生命力次第だ。けど後で俺の能力がバレるわけにもいかないから、公の病院で診てもらうことはできない。となると、まず闇医者に替えの臓器を移植してもらわなくちゃならんが、術後経過は……姉貴がうるさいかもしれんが、しばらくはウチで面倒見ることになりそうだな」
そう言うと天夜はふと、ある者に視線を向けた。
視線の先にはつい先刻、死力を尽くしてぶつかり合った悪魔シグルの死体と思しきモノ。
彼の全身の至る所は黒い闇に覆われており、もはや人の形を留めていない。
それはシグルの光が天夜の闇に敗北したことをありありと証明していた。
同等かと思われた相反する力は、互いを打ち消し合うかに見えたが、最終的に天夜の力が上回った。ただそれだけのことである。
「彼は、死んだのですか?」
「さぁな。中身ごとブッ壊すつもりでやっただけさ。ただ俺は悪魔祓いの方法なんて知らねぇからな。存在ごと消す以外に分からんよ。憑依されてた須田冬真という人間に罪は無いかもしれない。けど、そんなことは俺にはどうでもいいことだ」
「……そういえば先ほど千夜さんから連絡がありましたが、地球規模の壊理現象は想定していたより遥かに早く収まったとのことでした。それでも死傷者の数は計り知れませんがね……」
「そいつぁ銀牙が死ぬ気でやってくれたお陰だ、感謝しなきゃあな」
天夜は、銀牙の遺体を見つめる。たった数日の短い間ではあったが、心を通わせることの出来た男。
理性の征乱者でありながら、怒れば誰よりも激しく、執念深く、しかし確かな優しさを持ち合わせた男。
その力への飽くなき欲求を、男は最後まで隠し通しながら戦った。天夜はその欲望と衝動に気付けはしなかったが、自分と似た何かを、確かに感じていた。
「なぁギリウス……俺らは確かに人智を超越する力を得た。でも、いくら力があっても、人が一人で守れるもんなんてちっぽけなもんだとは思わねぇか? 所詮俺らは神にはなりきれない、偽物の神だ」
「えぇ、確かに……。ですが、守ろうとするその意思に、間違いがなければいいのです」
「間違いがなければ、ね。ま、そういうことにしとくか。とりあえず今から、こいつの死体からアニムスを引きずり出して審問を行い、死体は海にでも放り込んで隠蔽するしかない。そうしなきゃ報告書をでっち上げられねぇからな。お前はどうする?」
「そうですね……そのアニムスがロクでもない輩なら、我々二人で叩き潰す、なんてのはどうでしょうか?」
「おいおい勘弁してくれよ、もう疲れたんだ。俺はお前みたいに戦闘狂じゃないんだぜ」
そんな冗談にもならない冗談に、やれやれと天夜は嘆息する。
九道邸の地下に響く話し声は、束の間の平穏を思わせる。
戦いの果てにあるものなど、何があるか二人には分からない。それでも彼らは、己の信ずるものに従って戦う。それ以外に己を証明するものなど知らないからだ。
摂理を守れ、という神の啓示のもと調律者は生まれる。だがその力をどう使うかは、個人の自由だ。
何かを渇望し、神より力を与えられ征乱者は生まれる。その者が正義となるか、悪となるかもまた、誰にも分からない。
そして、二つの相反する力を持つ矛盾者である天夜も、どのような運命を辿るかは、誰にも予想などできまい。
だが二人は確かに世界の歪みをひとつ、正したはず。そう信じることしか、今の彼らには出来ない。
いずれにせよ、かくして世界の終焉は免れた。
彼らの功績は瞬く間に世界中へと知れ渡った。後に、二人の黒い外套と燕尾服になぞらえて、人々は彼らをこう呼ぶ。
“双黒の調律者”と----。




