第七話:ガラスの神殿と、路地裏の視線
「これですわ! これが私の夢にまで見た『ぷりん』と『しゅーくりーむ』!」
コンビニのスイーツコーナーの前で、ローズさんは狂喜乱舞していた。
僕のぶかぶかなTシャツの裾を片手で摘まんだまま、もう片方の腕で、棚にあるカスタードプリンや生クリームてんこ盛りのシュークリームを次々と抱え込んでいく。
「あの、ローズさん、そんなに一気には食べきれないから……」
「大丈夫ですわ! 聖女の胃袋を侮っては困ります!」
結局、両手いっぱいにスイーツを抱えたローズさんに押し切られ、僕たちはレジへと向かった。
財布から千円札を取り出す僕を見て、レジの店員のお姉さんがクスッと微笑む。
「んっ? コスプレイヤーのお姉さん……。彼氏とお買い物でしたか?」
「へっ!? あ、いやっ、ぼ、僕は彼氏じゃぁ……っ!」
僕は文字通り飛び上がって否定した。顔から火が出るどころか、全身が沸騰しそうだ。
けれど、隣を見ると、ローズさんは「かれし? ほう、これが現代の……」と、特に嫌がる風でもなく不思議そうに首を傾げている。
(彼氏、か……。あはは、僕なんかじゃ釣り合わないけど……なんだか、悪い気はしないな……)
内気な僕の心臓が、さっきからトクトクと甘い音を立てている。
「お客様、あちらにイートインがありますので、店内で食べられますよ。ごゆっくりどうぞ!」
店員さんの親切な案内に従い、僕たちは窓際の席へ。
スプーンを渡すと、ローズさんは目を輝かせてプリンを口に運んだ。
「んんん〜〜〜っ!! なんという滑らかさ、なんという濃厚な甘み! 現代のパティシエは天才の集まりですか!?」
幸せそうに頬を落とすローズさんを見て、僕の財布の軽さなんてどうでもよくなった。学校をサボって、こうして彼女の笑顔を守れたんだ。それだけで、今日の決断には意味があったと思えた。
しかし――幸せな時間は、長くは続かなかった。
「ふぅ、満足ですわ。トオル様、私、このセカイに骨を埋める覚悟ができましたわ」
「大袈裟だなぁ。じゃあ、帰ろっか。咲たちが放課後に来ちゃう前に」
ゴミを片付け、コンビニの自動ドアを出る。
太陽が少し傾き始めた帰り道、住宅街の細い路地へと差し掛かった、その時だった。
ゾクッ。
背筋に、氷を突きつけられたような鋭い寒気が走った。
「……っ!?」
僕は思わず足を止める。眼鏡の奥の視界を凝らし、周囲を見回した。
いつも通る、何の変哲もない静かな住宅街。けれど、明らかに『誰か』の視線を感じる。それも、昨日のナンパ男たちのような俗っぽいものではない。もっと冷酷で、値踏みするような、刺すような視線。
「トオル様……?」
僕のシャツの裾を掴むローズさんの指先に、ギュッと力がこもった。
彼女の青い瞳が、怯えたように細まっている。
「……感じますわ。この禍々しい気配。まさか、本国の……?」
路地の角、電柱の影。
一瞬だけ、現代の衣服とは明らかに異なる、深いフードを被った不審な影が揺らめき、そして掻き消えるように去っていった。
(ただの不審者じゃない……。あいつ、ローズさんを狙ってる……!?)
現代の平穏な日常のすぐ裏側で、何かが確実に動き始めている。
僕の牛乳瓶の底のような眼鏡が、冷たい汗で少し曇った。
(第七話・了)




