第六話:裾を摘まむ聖女様と、初めてのコンビニ
第六話:裾を摘まむ聖女様と、初めてのコンビニ
「トオル様っ……。私っ、甘い物が食べたいわっ!」
「けっこん」の二文字に赤面してフリーズしていた僕の前に、ローズさんがぐいっと顔を近づけてきた。その青い瞳は、まるで夜空の星を閉じ込めたみたいにキラキラと輝いている。
「昨日、あの『こんびに』という名のガラスの神殿で、目の前にたくさんの『ぷりん』や『しゅーくりーむ』がありましたのに……。お金がなくて、店員さんに冷たく追い返されてしまったのが、悔しくて、虚しくて……うぅ、思い出すだけで涙が出そうですわ……」
ローズさんは大袈裟に胸元を押さえ、悲劇のヒロインのようにおねだりを再開した。
けれど、その必死な様子がなんだか可笑しくて、僕の緊張もすっかり解けてしまった。
考えてみれば、彼女を大人しくさせるための最重要アイテム『飴玉』も切らしている。買い出しに行くには丁度いいタイミングだ。
「はいはいっ……じゃぁ! 一緒に行って買ってこようよ。僕のお小遣いの範囲でなら、何個か買ってあげられるから」
「本当ですか!? やったぁ! トオル様、大好きですわ!」
ローズさんは子供のように飛び跳ねて喜んだ。僕のぶかぶかのTシャツがひらひらと揺れる。
僕たちは身支度を整え(といってもローズさんは僕の部屋着のままだが)、近くのコンビニに向けて歩き出した。
真昼の住宅街。太陽の光が少し眩しい。
ふと、右側の脇腹あたりに、わずかな重みを感じた。
「……あ、あの、ローズさん?」
見下ろすと、ローズさんが僕の一歩後ろを歩きながら、小さな指先で僕のシャツの裾をちょこんと摘まんでいた。
「あ、あの……ごめんなさい。現代の街は、馬車はいませんが、鉄の塊(車)が物凄い速さで走っていて……少し、怖くて。こうしてトオル様に掴まっていれば、迷子にならないかと思いまして……」
ローズさんは少し頬を染めながら、上目遣いで僕を見た。
金色の髪が風に揺れ、僕のTシャツの袖から伸びる白い腕が、やけに眩しく見える。
「う、うん。危ないから、離さないでね……」
僕は前を向いたまま、牛乳瓶の底のような眼鏡のフレームを慌てて押し上げた。顔がカッと熱くなるのが自分でも分かる。
ただの買い出しのはずなのに、これじゃまるで、手を繋ぐのが恥ずかしい初々しいカップルのデートみたいじゃないか。
「見てくださいトオル様! あの自動で開く魔法の扉ですわ!」
「あ、あれは自動ドアって言ってね、魔力じゃなくてセンサーで動いてるんだよ……」
そんな僕の内心のドタバタなど露知らず、ローズさんはコンビニの入り口が見えただけで「おぉ〜!」と声を上げて感動している。
ついに辿り着いた、ローズさんにとっての約束の地。
そこで待つ『ぷりん』との感動の対面、そして――この平和なお買い物に、少しずつ忍び寄る「現代の裏側」の影。
僕たちの奇妙な日常は、ここからさらに加速していく。
(第六話・了)




