よりよい未来を目指して
姐御の誘いを受け、開拓者の町に滞在することになって10日が過ぎた。
オレは今、ただひとり薄暗い森の中を歩いている。
風が起こした木々のざわめきが、そこに忍ぶ魔物たちの息遣いにも聞こえる中、転生の祭壇へとオレは戻って来た。
「降りてこいオラア!!」
大樹の太い幹を全力で蹴り飛ばすと、この前と同じように、毒々しい色をした電車サイズの芋虫が数匹、空から落ちて来る。
「よう、悪いがスキルを覚えるためだ。実験台になってくれ」
臭角を出して威嚇する芋虫に近づくと、右手を強く握りしめて腰を落とした――。
*
「スキルを覚えたいんか? サトミ、どこか怪我でもしたんか?」
病院や回復スキルの話をしていたためか、姐御が心配そうに聞いて来たのを、小さく首を振って答える。
「違うんか? ほいじゃあ英語なんか? ここの連中は日本語は聞き取れるゆうても、話せるに越したことはないけぇな」
「いえ、オレが覚えたいのは『手加減』です」
「『手加減』……? そんなもん勝手にしろ……と、言いたいところじゃけど、なるほどな。この世界じゃ攻撃の意思を乗せたらステータスがそのまま反映されるけぇな。昔なんとなく苦労した覚えがあるわ。わっちですらそれなんじゃけぇ、肉団子のおっさんならなおさらじゃろうて」
ひとりで納得する姐御に、もう一度小さく首を振って答えると、今日あったことを説明する。
「違うんです。今日もサトミちゃんと一緒に、テーブルマウンテンとは反対に位置する森の調査のクエストを受けたんです」
「おお、早速手伝ってくれとるんか。助かるわ。正直、おっさんらじゃ余裕じゃったじゃろ?」
「はい……余裕でした。余裕過ぎたんです……」
「?」
明らかに頭の上に「?」を出してるのが見て取れる姐御の表情に、何とか説明しようと言葉をまとめる。
「朝一番から森に入り、日が沈むまでずっと調査をしました。地形や素材の位置は順調に把握できたんですが、魔物と出会うことはありませんでした」
「それはラッキーじゃったな。まあ、生息しとる魔物とか、そこから採れる素材が把握できりゃあ十分ええんじゃけど、採集箇所をゆっくり確認できたんなら収穫じゃ。だいぶ調査が進んだんじゃないか?」
「それじゃダメだったんですよ! サトミちゃんの一番の目的はポケクリのゲット。つまり魔物と強制契約か友情契約をこなすこと。だから魔物と出会えなかったことでご機嫌斜めで」
これで街に来てから3日連続だった。初めのうちは森の中を歩くだけでもご機嫌だったサトミちゃん。それでもずっと期待を裏切り続けられた主人は、ついにひとつの決断を下した。
「ポケクリが出てこないのは――オレが怖いからだと。だからもう、オレは町に残ってろと」
「なるほど」
「なるほどって何ですか姐御!? オレにとっては死活問題ですし、サトミちゃんにとってもオレが護衛につかないのは死活問題なんですよ!? 従魔使い《テイマー》が従魔を引き連れずに旅するなんて、意味が分からないじゃないですか!」
「それには同意するけどな、サトミのステータスはわっち以上じゃろ。あの森ならわっちも入ったことあるけぇ分かるが、そこまで凶悪な魔物はおらんかったけぇ大丈夫じゃ。だいたい、肉団子のおっさんはともかくとして、メギドフレイムはついて行くんじゃろ?」
「だからなお更なんですよ! このままじゃ、相棒の従魔の座は『のじゃドラ』のものになってしまう! それを考えたらもう……! おーんおんおんおんおん!!」
「おっさんのメンヘラはきついのぉ……」
泣き崩れた背中が優しくさすられる。そのゆっくりとした手の動きを感じながら、涙が枯れるまで存分に泣いて、顔を上げた。
面倒くさそうに眉をしかめてる姐御と目が合ったところで、コホンと一度咳払いする。
「そんなわけでオレは『手加減』スキルが欲しい」
「その『手加減』ってやつがどういう仕組みなんか、わしにはよう分からんけど……つまり、自分を弱う見せて、魔物が襲ってくるように誘導したいってことなんじゃな? そんな使い道がよう分からんスキルがあるんか……とりあえずソフィーに聞くしかないじゃろうな」
ソフィーというのは、斡旋所にいた受付嬢の事だ。一緒にいたイケメンはクレス。どちらも前の世界だと芸能人かモデルかと言うくらい、顔もスタイルも整っている。
「まぁ、それしかないですね。ちなみに『手加減』でオレが想像してるのは、『自分を弱く見せる』ではなく『攻撃した相手の生命力を1残す』スキルです」
ますます意味が分からないと言わんばかりに、体を横に倒す姐御。なるほど、ポケクリという言葉の意味も分かっていなかっただけに、ゲームはあまりやってこなかったようだ。
「確かに『自分を弱く見せる』ことが出来たらなお良いですが、ポケクリにしろLF5にしろ、敵を捕獲するためには存分に弱らせる必要があるわけで。そんなスキルを持っていたら、サトミちゃんもオレの事を見なおしてくれると思うんです」
「……そうなんか。まあ、そうじゃったらええんじゃけどな」
*
「『手加減』!!」
結局、斡旋所で調べてもらったものの、そんなスキルは聞いたことがないと言われてしまった。
それでも、そもそもオレのジョブ自体が訳が分からないものだから、その効果をイメージしながら魔物を殴ってれば、いずれ覚えられるかもしれないと慰められた。
ならば、主人にふさわしい従魔になるためにできることは、死ぬ気で努力してワンチャンに賭けること!
町の近くではエンカウントができないなら、木を蹴り飛ばせば確実にエンカウントできるここしかない!
殴り飛ばした芋虫は吹っ飛ぶものの、一撃では倒せない。くそ、打撃耐性怠いな。
空中でグルグル回転してるどてっぱらに、続けてもう一撃叩き込むと、気色悪い色の体液を吐き出して今度こそ絶命した。
「最低でも2発は必要か。スキルが不発だったのか、一撃目だけに乗ってたせいで死んだのか分からないな。ならとりあえず、1発ずつ先に入れとくか」
すでに自分のものになって来た、圧倒的なスピードで、一緒に落ちてきた芋虫たちに1発ずつ拳を叩き込む。それであちこちに、瀕死の芋虫が溢れかえった。
「さて、お前たちにはオレのスキル習得の研究に付き合ってもらうぞ」
*
【やめて……やめて……】
【やだ……ひと思いの殺して……もう痛いのやだ……】
【お母さん……助けて……お母さん……】
次から次へと絶え間なく死にゆく生命たちの声に耳を覆いながら、メギドフレイムは『つよにく』のことを観察していた。
なぜここにと言われたら、なんのことはない。メギドフレイムもまた、その強さからサトミについて来ないでと言われたからに他ならない。
友情契約による契約であっても、従魔は従魔使い《テイマー》に逆らうことが出来ない。手持ち無沙汰にしていたところ、町から出る『つよにく』を見かけ、その後を追って来たのだ。
丸々と太った混沌の化け物は、「手加減、手加減」と同じ言葉を繰り返しながら、芋虫の事を殴り続けていく。
何匹倒しただろうか? 突然、『つよにく』に変化が起きた。
「手加減」と呟いた途端、右手が白く淡い光を纏ったのだ。その様子を見て、『つよにく』は短く感嘆の声を上げた。
その輝く右手で殴られた芋虫は、今までと違って弾けることなく回転しながら上空に打ち上げられ、地面に叩きつけられて死んだ。
「ん!? 間違ったかな? 確かに手ごたえはあったんだけど……そうか、拳によるダメージには耐えたのに、その後の落下ダメージで死んだのか。生命力を1残すって相当難しくないか……? いや、それも積み重ねだな。繰り返してるうちに加減も分かって来るだろ」
意味の分からない言葉を呟くと、やがて『つよにく』は攻撃を再開した。
目の前で続く惨劇と、耳に響く今までメギドフレイム自身が無視し続けてきた、弱き者たちの悲鳴。
手を変え品を変え、色々な攻撃パターンで芋虫たちを屠っていく怪物の姿に、恐怖に体を竦ませながらもメギドフレイムはひとつの決意を固めた。
(なんという恐ろしいものじゃ。奴めは我が友サトミだけでなく、意味の分からぬ音の羅列で、町の人間たちをも操っておる。わしがしっかりせぬと、この世界は混沌のものに支配されてしまう!)
メギドフレイムは人から竜へと姿を変え、天にも届かんとする木々の間抜け空に出ると、空へ目がけて真っ赤な閃光を打ち上げた。
竜吼砲――攻撃技の1種だが、それにはもうひとつ、ドラゴン種だけに通じる狼煙の意味もあった。
(能力が10倍とあっては、わしにはどうすることも出来ぬ。だが、10倍なら、親父殿の方が上じゃ! だから気づいてくれ親父殿!!)
メギドフレイムにはここがどこだか分からない。闇雲に飛び回って住処に帰れればいいが、もし時間がかかって、その内に友に何かがあれば、後悔してもしきれない。
父である古代火焔竜王に届くことを祈って、メギドフレイムは助けを求める狼煙を上げたのだった。
本編第1章完でございます。
主要キャラも全員出揃い、ここから新章の予定でしたが、
ここで打ち切りとさせていただきます。
読んでいただいた方、どうもありがとうございました。




