フローアの婚約者
最終話です
「…ふぅ」
今日も私の婚約者のアイレンルーガ殿下はカッコイイ。座って書類に判子を押しているだけなのにカッコイイ。深紅色の髪は今は室内に差し込む日の光りを浴びて、燃え上がる炎のような色に見える。
「綺麗……」
思わず呟いていると私の前の席に座っていたロイト=ギナセ中尉が
「何か食べ物に関する案件が出てました?」
と、うっとりした気分を吹っ飛ばすような聞き方をしてきた。
私は一瞬、ギナセ中尉に鋭い目を向けたけど、思い直してギナセ中尉に微笑みかけた。
「…あ~あ、やっぱり討伐に行くのやめようかなぁ」
私がそうぼやくと、ギナセ中尉は途端に顔色を変えた。
「なぁ?!急にそんなぁ~殿下ぁ…殿下の婚約者が…」
「ん…?どうした?」
ゆるりと書類から目を上げたカッコイイ婚約者に私は微笑みを向けた。
「なんでもありません~ああ本当にどうしようかなぁ…」
「フローアさん…それは俺を脅してますか?」
私をジトリと睨むギナセ中尉に、わざとらしく小首を傾げて見せた。
実は…もうすぐ大規模討伐の時期がやって来るのだ。今回は規模を縮小して軍人の数は少ないのだが、非戦闘員ながら私も討伐に参加することにしたのだ。
まあ私は高みの見物のみで、討伐に参加している軍人の士気を高める為に激励するのが随行の目的なのだ。そして私と一緒にメイドのミレーヌとミナと、先月から新しく私付きのメイドになったカーラが討伐地に一緒に付いて来てくれることになったのだが…
ギナセ中尉はそのカーラのことが好きみたいなのだ。
私が討伐に行かなければ、当然カーラも一緒には行かない。ギナセ中尉はカーラの前でカッコ良く戦う自分を見て欲しいのだろう。
私の一存でカーラとギナセ中尉は接点どころか、会話すら出来ないままよ~?それでもいいのぉ?
そういう目でギナセ中尉をニタニタと笑いながら見てあげると、私の意地悪な何かを感じ取ったのか…
「殿下っフローアさんが俺を苛めます!」
まるで、担任の先生に告げ口する生徒のようだ…!と、思いながらギナセ中尉を見詰めていると、私の婚約者であるアイレンルーガ殿下は、困ったような顔をして私を見てきた。
「え~?そうなんだ…それはそれでロイトが羨ましいな…俺も苛めて欲しいけど?」
「!」
それは新たな?ジャンルの開拓でしょうか?!スパダリSMとかぁ?
アイレンルーガ殿下にニッコリと微笑まれて、ぎこちなく笑い返した。
何だか背筋がゾッとした…アイレンルーガ殿下は間違いなくS属性だとその時、瞬時に判断した。
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一日の政務が終わり…明日の予定を確認していた。
「フローア、終わったか?」
その時、隣の王太子殿下の執務室の扉からアイレンルーガ殿下が顔を覗かせた。
「はい、終わりました」
こうやって一日の政務が終わったら、公爵家に帰るまでアイレンルーガ殿下とお話しをしてから帰宅が最近のルーチンだ。そして暫く会話が続くと最近この話題ばかりになる。
「フローアも王城に早く住めば?」
「またですか…まだ婚約段階ですし…」
「毎朝、公爵家から通うの大変だろ?」
「まあ…そうですけど…でも、王城に居を移したらそれこそ、政務の事務仕事をもっと増やされそうですし…ね?」
気のせいかな?アイレンルーガ殿下がちょっと顔を引きつらせたぞ?もしかして、もっと押し付けちゃお!とか思ってたのかな?
「それよりもここに住めば、俺との時間がもっと増えるじゃないか?ん…?どう?」
フワッと抱き締めて来て、殿下の良い香りに包まれる!これは色仕掛けですね?それで私を籠絡するつもりですね!なんて姑息なんですか、私も随分舐められ……
「一年間、食堂の昼食食べ放題…」
「!」
殿下の言葉が私の鼓膜を刺激した!今、何と言いましたか?
「今ここで王城に住むことを了承してくれたら食堂一年間食べ放…」
「住みます」
「……もう少し思案してからでもいいん…」
「一年間食べ放題お願い致します。もう聞いてしまいましたので撤回は無しですので」
「……ああ」
食い気味に返事を返してしまったが、なにそれ!!!食べ放題ですってぇ?食べ放題と時間無制限、お代わり自由が私の大好きな言葉なのよ?流石アイレンルーガ殿下、分かってる!
食べ放題に浮かれた私とは違い、若干顔色を失くしてしまったアイレンルーガ殿下が気になりつつも、家に帰ったらお父様にご報告しなくちゃ~と考えていたのだった。
翌日から早速、王城住まいをスタートした。
朝はアイレンルーガ殿下とご一緒に優雅に(大盛り)朝食を頂く。
間に政務をちょこっと。
昼食は食べ放題の権限を活かして(大盛り)昼食。最近はフローア特別献立定食というメガ盛り定食が人気らしい。完食すると昼食の割引券一週間分が貰える…らしい。
間に政務をちょこっと。
おやつの時間は(大盛り)お菓子とお茶を優雅に頂く。至福の一時…
夜まで政務をちょこっと。
夜はアイレンルーガ殿下と国王陛下夫妻も交えた(大盛り)晩餐、お酒も頂く。
寝るまではアイレンルーガ殿下と世間話……時々イチャイチャ。
アイレンルーガ殿下は意外と引っ付いてベタベタするのが好きみたいだ。
「……ん~?」
キスされて、お酒の酔いもあって息が苦しくなるくらいに…くっ付かれる。もはや婚約者というより新婚さんではないかと思っている。
「殿下…これ以上は婚姻前ですのでダメれすぅ…」
酔っぱらっているのか、自分の口調が怪しくなっている。
私を抱き締めながらクスクスと笑うアイレンルーガ殿下の笑いと共に体に振動が伝わってくる。
「え~ダメれすなのか?フフ…そうだなぁ、じゃあ王都にある菓子店のどの店でも食べ放題の権利をあげよう、どうだ?」
「ろうらっ…てそれは賄賂れすよ?」
「そうだな…賄賂だな?じゃあ止めよ…」
「お受けしましゅ…」
酔いのせいか、トロンとしてくる目をなんとか開けてアイレンルーガ殿下を見上げると、それはそれは優し気な目で私を見下ろしていた。
「言質は取った…ん」
またアイレンルーガ殿下にキスされて……アイレンルーガ殿下の寝室に連れ込まれた。
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「あれ?」
朝……私の横に赤色の髪を寝台に散らした淫靡で色気のあるアイレンルーガ殿下が眠っている。
んん……私、裸じゃない?
「え?」
ぼんやりしていた記憶が徐々に鮮明になってきた。
アイレンルーガ殿下と致してしまった!!一応、最後の砦はアイレンルーガ殿下に「またこ・ん・ど!」と言われたけれど…結構な段階まで致してしまった!
あわわわっ?!服…?服はどこだ?アイテッ!股関節が痛い?
寝台で起き上がり、動こうとした時に手首を掴まれた。
アイレンルーガ殿下だ…起きてたのか。
ゆっくりとアイレンルーガ殿下の方を見ると、半裸の体を惜しげもなく私に見せつけながら微笑んでいる。
「どこに行くの?俺のお姫様?」
……朝から憤死した。
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