戦記39.転生者、死す
文量が増えてちょい更新が遅くなりました。なのでいつもよりちょい長めです。今年中にこの章を〆たかったけど、おかしなことに今年も残すことあと十日って、いや、厳しい……。
ま、それはさておき本編どうぞ。
宝物庫から続く通路。
軽自動車が一台分、余裕をもって通れるくらいの幅を進む。
等間隔に並んだ青白い光源が規則正しく視界の奥まで続いている。まるで終わりがない世界に入り込んだような感じ。この景色、何かを思い起こすと思えば〝迷宮〟だな。俺が連想するゲームで攻略すべきダンジョンというのはまさにこういうシンプルで質素なイメージだ。
そもそもこの世界のダンジョンってのがちょっと派手過ぎるんだよな。階層そのまんまをオープンワールドにしたような豪快な造りで奥ゆかしさというものがない。
この世界に無数にあるというダンジョンを創造したのが誰かは知らんが、延々とほぼ同じ画面が続く原始のゲーム世界を少しは見習ってほしいもんだ。そのほうがデータ容量も制作費用も少なくて済むし、きっと攻略も楽でいい。
選択肢の最大は交差する十字路まで。真っすぐ進むか、それとも右か左。或いは来た道を引き戻すか。四択程度なら俺でも運次第で道を踏み外さないで済むだろう。すべての道が袋小路。そんな欠陥がない限りは。
「あんたって変なとこで義理堅いわよね。弱いくせにこんな状況で素直に逃げないとか、ほんと馬鹿みたい」
「大人の世界じゃ弱いからこそ逃げられねぇってこともあんだよ。それに逃げる馬鹿より進む馬鹿のほうがお前も見てて面白いだろ」
「減らず口」
「へいへい」
道中、何度目かの曲がり角が奥に見えたところで隣からまた俺に対する文句が。厭味ったらしいクレーマーの責めを軽くいなしつつ、そのまま数歩前へ。ふと、そこで目の端にあった影が消える。
振り返るとそれまでぴったりついて来ていたロコがなんの前触れもなく足を止めていた。
「どしたよ?」
「………………」
ようやく俺を見捨てて引き返す気になったかと思ったが、その顔色を見て理由は別にあることを直感。
嫌な予感と共に不安が伝播しかけたところだった。アレクベルからの念話で俺はゴルディロックスの死を知らされた。
『今すぐそこから引き揚げて下さい!』
念話にてシュテンデルート城の居残り組に詳細を伝えたあとで指を見ると、そのときにはもうゴルディロックスのマークは消えてたらしい。
唐突な死亡報告にジーアたちとの会話が長引いてしまったこともあり報告が遅れた可能性があることを、アレクベルは焦燥した様子で伝えてきた。
最初に仲間の死を知るショックは大きい。それも立て続けとなれば精神的な影響はよりデカくなる。アレクベルの役割りを考えると報告の不手際があったことは責められない。まずは気にするなと言ってやるべきなんだろう。だがもう余裕はなく、俺は半分も念話に意識を向けられていなかった。
「……いや、どうやらもう手遅れみたいだ」
『え?』
「とりあえずエンカウント=即死じゃなかったらまた連絡する」
強制的に念話を終わらせ隣を見ると、ロコが蒼褪めた顔で小さなナイフを構えていた。怯えを隠せていない視線は前方に向けられている。
等間隔に設置され続く青白く光る石。
数十メートルほど先にある曲がり角にまだ迫る者の姿はない。これなら逃げられると思えてしまうのは素人の考えか。だとしても提案くらいはしといて損はないだろう。
「全力で走って宝物庫まで引き返すか」
「絶対に無理……。とっくに気づかれてるし、もうすぐそこに……」
ロコが苦しそうに言葉を呑み込んだところでだった。コツコツと乾いた靴音がどこからともなく響いてきた。それが徐々に大きくなり、やがて視界の奥にその影は姿を現す。
白いメイド服を纏った黒髪の女。
それ以外に特徴らしき特徴も、個性らしい個性も感じない。
悪く言えば地味。
良く言えば淑やか。
直面して得た俺の感想はそれだったが、ロコはまるで異形の怪物とでも遭遇したような様相だった。
「嘘でしょ……。あんなのが、なんで……。クソ、ふざけんなふざけんなっ!」
ロコが混乱した様子で悪態を吐く中、メイド服を纏った女はまったくの無警戒で近づいてくる。変わらない一定の歩幅とリズム。ゆっくりと、しかし着実に絶対的な危険が迫る。
「ユウジ、あんたは逃げ――」
射程圏に入ったところでロコが持っていたナイフを〝瞬き禁止!〟で飛ばすと同時だった。すぐ隣で風切り音。回れ右する時間はおろか瞬きする時間すらなかった。
「――っ!?」
気づけば攻撃したロコのほうが片膝を突いていた。見ればその肩口には愛用のナイフが深々と突き刺さっている。たらたらと手の甲を流れ床へと滴る鮮血。一切呑み込めない状況の代わりとして俺は息を呑む他なかった。
「面白い手品をお持ちですね」
裏腹になんの感嘆もない言葉が響く。状況を考えればロコがナイフを転送した瞬間それを掴んで投げ返したってとこなんだろうが、そんなこと本当に可能なのか? まだ時間を操る能力者ですって言ってくれたほうが現実的な気がする。
ただ今の攻防でちゃんと理解できたこともあった。
なるほど、こりゃあの力自慢のラッダやレオリドスでも敵わないわけだ。
そして瞬間レベルの超反応ができるってことは逃げても無駄。
即ち、もうほぼ状況としては詰み。
終わった。その一言に尽きる。
「おっけー。降参だ」
「馬鹿っ、ユウジ! あんたはさっさと!!」
「あー、やめとけやめとけ。すげー血出てんぞ」
追加のナイフを取り出し構えるロコを制しながら俺は両手を上げて前に出た。
もちろん降参は降参でもこのまま抵抗なく死のうってわけじゃない。こんな状況でこんな俺をまだ庇おうとしてくれてる仲間がいるってのに、まな板の鯉になるわけにはいかねぇからな。どうせ駄目で元々だ。少ない手札でも足掻けるだけ足掻いてやる。
「ところでさっきのなんだが、問答無用で攻撃とかちょっと酷かないか? あんた俺らが一般市民だったらどうすんだよ」
「先に仕掛けて来たのはそちらです」
喋りながらさらに数歩ほど進んで止まると、向かって来ていた女もそこで足を止めた。互いに顔がよく見える位置で対面したまま、この地獄から抜け出すための蜘蛛の糸を手繰り寄せるべく、俺は慎重に会話を続ける。
「そうだったのか? 悪いな、何も見えんかった。俺は参謀であんたらみたいな戦闘超人じゃないんだ。んで、ちょっくらそんな弱者の話を聞いて欲しくてこうしてんだが、いいか?」
「………………」
しばし反応を待つも返事はなく無言だった。女はそのあいだ品定めするようにただ俺を観察するのみ。それ以外のリアクションは無し。
良くない兆候だ。
ならもっと俺に興味を持たせてやろう。
「無言は肯定と取るぜ。まずは自己紹介からだ。俺は終焉の解放者っていう組織の〝プロデューサー〟をやってるタナカってもんだ。仕事は主に雑用全般を任されてる。あんたは?」
「あなた方に滅びを齎す者です」
「……おっかねぇな、おい。とりあえずさっきも明言したとおり降参したいんだが受け入れてくれるか?」
「命乞いをすると?」
「そんな無意味なことはしねぇよ。俺がしたいのは対等な取引だ。どっちにしろウチの頭を張ってる首領様はここにはいねぇし、もう城に残ってるメンバーは俺と今後ろにいるあいつだけだ。俺が持つどんな情報も差し出すし、望むんならあんたを残りの仲間がいるアジトまで連れて行ってやってもいい。どうだ、滅びを齎す者にとっちゃ悪くない話だろ?」
「………………」
またしばしの無言。しかし今度は考える様子を見せたあとで女は自発的に言葉を返してきた。
「要求は?」
「俺とこいつの命の保障。それとできれば少しばかりの賃金を頼みたい」
「仲間を裏切ることに躊躇いはないのですか」
「あんな連中に? ねーよ。俺は脅されて従わされていたようなもんで、いつかこんな機会が来ないものかと待ち望んでいたんだぜ。今だって危険を承知で最後まで雑用を命じられていたんだ。正直あんたが来てくれて本当に助かったよ」
「……わかりました。ただし取引においてこちらも一つ条件を付けさせていただきます」
「おう、なんでも言ってくれ」
「あなた方のアジトまで直ちに私を案内して下さい」
「今か?」
「今この場において可能な限り迅速にです」
「……了解した。なら今からあんたから逃げ延びたことを能力で仲間に報告する。あんたを害する行為じゃないことは先に伝えておくぜ。ちなみにこれは俺の天賦技能で〝どこでも脳内通話〟っていう能力だ。こめかみに指を当てて直接発声することで契約した相手と会話をすることができる。どんなに離れた距離でもだ。便利だろ? あー、アレクベルか。ロコが命懸けでなんとかしてくれたわ。そんでちょっくら転送を頼みたいんだが……。ああ、宝物庫でいい……」
実際に声を出しながら同時に頭の中で念じ、別の内容を伝える。
(マジ、ピンチ。至急、各自ニ伝言、頼ム――)
いつもはやらない慣れない念話の上、喋りながらは難易度が高かった。だがなんとか片言で指示を伝え終える。
これであとはタイミング次第。
相手が誰だろうと上手く事が嵌れば出し抜けるはずだ。
「連絡はついた。転送用の魔法陣がある場所まで案内するから一緒に来てくれ」
「わかりました」
「ロコ、先に行ってくれ」
「………………」
負傷したロコを先行させてあえて女の隣を歩くことにする。そのまま道中を引き返す途中で俺は気になっていたことを訊いた。
「怪我してんのか?」
「………………」
白を基調としたメイド服だから余計に目立っていた。腹部の辺りが真横に裂け、そこを中心に赤い血が滲み出ている。かなりの深手だった。縫いでもしない限り出血は止まらないだろう。
「掠り傷です」
「それ俺たちの仲間にやられたんだろ? 大男二人と小柄な女だ。あいつらはどうなった?」
「殺しました。全員」
「そうか。ありがとな。溜飲が下がる思いだよ。あいつらには本当に酷い目に遭わされていたからな」
「そうですか」
一切の興味はない。それが返答に滲み出ていても構わず続けた。
「小柄な女の奴は生意気でいつも殺す殺すと脅されていたし、大男たちはどっちも大酒飲みの酒乱だった。雑用として事あるごとに酒の用意をさせられたもんだ」
「………………」
「ところであんた酒は? 嗜むほうか?」
「………………」
「おいおい、会話くらいはしてくれよ。取引相手として互いを信用するためにもコミュニケーションは必須だろ」
「それなりには。酒豪の一族の生まれですので」
「いける口か。それならお近づきのしるしにあとで秘蔵の葡萄酒を贈るぜ。品質は折り紙付きだ。楽しみにしててくれ」
そのあとも当たり障りのない会話をだらだらと続けて一本道を進んだ。やがて最後の曲がり角に差しかかり宝物庫の入口が直線上に見えたところでだった。そこでタイミングよくアレクベルが報告をくれた。
『モコちゃん通路の奥で準備できてます。どうか、幸運を……』
先ほどまで財宝を運び出していた宝物庫。その入口。今、扉は開け放たれまま金貨は転送されず床一面に溢れ出ていた。
よし、指示通りだ。
白いチョークで描かれた入口となる魔法陣は財宝で見えないよう覆い隠されている。
つまりはあの上にロコと一緒に辿り着けさえすれば逃走の条件は達成する。
あとはこの通路の奥に潜んでいるモコが遠隔で魔法陣を起動してくれる手筈だ。その場合、俺たちは自動的に一番近い黒い出口の魔法陣(おそらくこの城の礼拝堂)まで飛ぶことになる。結果として一時しのぎだが、どちらにせよ素早くモコと再合流を果たしてそのあとでアジトのシュテンデルート城まで撤退すればいい。
よって問題はどうやって宝物庫の前まで辿り着くか。
今、ロコと同時に走り出せばいけるか?
いや、無理だな……。
ロコは負傷してるし、俺は普通に鈍足だ。容易に追い付かれるのが落ちだろう。
不自然な動きはできない。ならいっそのことあとは全部モコに任せるか? タイミングを誤れば女も転送されて最悪の状況になることは想像に難くないが、逆に女だけを転送させても俺たちの安全は確保できる。モコならその程度のアドリブは余裕でやってのけてくれるはずだ。よし、それでいこう。このまま成り行きに任――
「止まって下さい」
「………………」
逸る気持ちと共に歩幅が大きくなりかけたところでだった。不意に女の冷たい声が響いた。
「奥に気配を感じます」
「は? 真っ暗じゃねーか。あんなとこに誰もいないだろ」
「光石の明かりが消えているのも不自然です。上手く隠してはいますが視線そのものまでは消せていません。罠ですね」
「いや、何を言ってんだよ」
「残念ながら取引は決裂です。あなた方にはここで死んでいただきます」
「待ってくれって、こりゃ何かの間違いで……」
あー、クソ!
こうなっちまったらもうプランβに頼るしかない。
ちゃんと発動してくれんのかもわかんねぇし、正直、マジで恐ぇ……。
でも、この女はあいつらの仇だ。一矢とは言わず人数分の三矢くらい報いるのなら俺はそこまでやるべきなのかもしれない。
「落ち着けよ、抵抗する気なんてない。本当だ。信じてくれ」
両手をゆっくり上げつつ隙を窺う。狙うは女の腹部にある、その傷口。
よし、やる。
やるぞ。
やってやる。
意を決すると同時、俺は背後にいるロコに向かって叫んだ。何も二人仲良く揃って死ぬ必要なんてないしな。
「――走れっ!!」
声を荒らげた瞬間、姿勢を低くし前へ。
ほぼ飛び込むような形でタックルをかます。
視界は、メイド服。
その鮮血で染まった部分が目と鼻の先に。
あの傷に触れれば勝ち。
たとえ殺されても、触れさえすれば、俺の――
――勝ち!
「いいえ、あなたの負けです――」
グギッ!
衝撃。
逆さまの視界。
浮遊感。
ブチリ。
叫ぶ声。
やけに、遠い。
身体が動かねぇ。
一 体 ど う な っ――
† † † † † † † † † † † †
――――――――――――――――――――――――――
【message】
あなた は 死に ました。
現在 天賦技能 〝異世界救世主になろうLv.1~10〟 に より
以下 の 魔法 の 行使 が 可能 です。
Lv.1(必要信徒数:0人)
『〝復活祭〟』
効果:死亡しても一度だけ己の意思で復活できる
復活 します か?
⇒NO
YES
――――――――――――――――――――――――――
カチッ、
――――――――――――――――――――――――――
復活 します か?
NO
⇒YES
――――――――――――――――――――――――――
† † † † † † † † † † † †
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※
真っ暗だった視界が晴れると白いメイド服の裾と黒いブーツの側面が見えた。
どうやら嘘偽りなくちゃんと蘇ったらしい。
やたらとゲーム的な演出が引っかかりはしたが俺をこの世界に転生させた女神様的な奴の趣味嗜好なんだろう。だからそういうもんだと思い今は深くは考えないでおく。端から復活祭とか言ってるしな。
と、そんなことよりもまずは状況を確認だ。
女の足元で倒れてるってことは殺されて即行復活した感じか。死んでいた時間は数秒とかそんなもんかもしれない。あと目覚めた直後から我慢してるがさっきからマジですげえ鉄臭い。喉の奥から込み上げてくる血の臭いに意識がやられそうだ。
気管に詰まってるであろう大量の血を今にも吐き出したかったが、それをやるとせっかくのアドバンテージが台無しになっちまうことは間違いない。ここはもう少しの辛抱だ。
「よ、よくも、ユウジを……。ゆ、許さないっ……」
「無駄です。その手品はもう見切っています」
「うるさい、手品って言うな! あんたは絶対私が殺してやるっ!」
頭の上で言い争う声が聞こえる。地面に伏した俺は未だ完全に死んだものだと思われているようだ。ま、実際死んだみたいだしな。
てか、ロコの奴はなんで逃げてないんだよ。それだけ俺が時間を稼げなかったってことか? よく覚えちゃいないが、だったら本当に瞬殺も瞬殺だったってことになるな。
せっかく自己犠牲を厭わず粉骨砕身の精神で突撃したってのに。死んでも格好がつかないってところは本当に俺だな……。
ただ痛みすら感じることなく瞬殺されたってのは、逆説的に言えば少なくとも相手が殺しを愉しむ類いの人間じゃないってことだ。滅びを齎す者とか言ってやがったがこの女、実はそれほど恐ろしい奴ではないのかもしれないな。
ただ、だからといってこのまま千載一遇のチャンスを見逃すほど俺は甘かないぜ。このまま放っておけばロコだって確実にあの世行きだしな。
「――全身滅多刺しにしてやる!」
物騒な言葉と共にロコが〝瞬き禁止!〟で攻撃を仕掛ける直前を狙って動く。できるだけ存在感を消すことを意識。ゆっくりと上体を起こし、そのまま縋るように手を伸ばしていく。
焦る必要も急ぐ必要もない。
自然に息を吸うように、さもそれが当然の行動であるが如く。
――ぴとっ。
やってみれば実に呆気なかった。
俺は血に染まっているその腹部に触れた。
同時に傷口を押し、念じる。
あとのすべては一瞬のうちに。
これでミッションコンプリート。
死ぬ気になりゃ人間なんでもできるもんだ。
「ゴボ、ゴボゴボッ!」
「………………」
「へへ、言っただろ……」
喉の奥に溜まってた大量の血を吐き出したあとで勝利を確信し告げる。
「俺の勝ちだって」
ニヤリと口角と共に顏を上げると、こちらを見下ろしている女と目が合った。
信じられない。いや、それも通り越して理解ができない。女の視線からはそんな感情が読み取れる。
だが、もっと理解し難いことはこれから――いや、もうすでに起きている。
「ユウジっ!?」
俺の名前を呼ぶロコの声。
顔を見なくとも心底驚愕してるのが声色だけで伝わってくる。
あえて事前に念話で復活のことは教えてなかったし、生で後ろから俺が瞬殺されるシーンを目撃したんだ。当然の反応だろう。
そもそも俺の天賦技能の内容は、絵に描いた餅みたいな能力であることもあってパープルやジーアにすら本当のことは教えていない。
だから一番付き合いの長いあの二人も、好きなときにワインを嗜める程度のハズレスキルだと認識していることだろう。
ステータスオープン的な話、天賦技能を与えられた者はそれを思えば自然と頭の中に情報が思い浮かんでくる。
俺の能力は、〝異世界救世主になろうLv.1~10〟――そのレベルを上げるごとに便利で強力な魔法を一つずつ段階的に習得していくことができる力だ。
天賦技能のレベルを上げるには信徒(仲間や家族、同志なんかでも可)を増やすのが条件であり、絵に描いた餅と前言したとおり子供時代から友達百人どころか一人できるかも怪しかった俺とは悲しくも親和性ゼロの能力。言い換えて宝の持ち腐れと評してもいい。
ま、そんなわけで転生して早々、俺のレベルは長きに亘って2から変動なし。レベルを高めるのに必要な信徒の数が現実的じゃないのと、そもそも俺自身がレベルを上げる気がないことも相まって頭打ちとなっている。
初期状態のレベル1で習得していた『〝復活祭〟』は使用制限があり一度限り。それもさっき使ってしまった。
よって現在、もう俺が使える魔法はレベル2で付与された『〝葡萄酒三昧〟』のみ。
俺がいた元の世界のとある救世主様は婚礼の席で水を赤ワインに変えたというが、まさにこれはそれを地で行く奇跡である。
効果はもうそのまんま。
触れた液体を葡萄酒に変えることができる。
一見、無料飲み放題で飲兵衛を歓喜させる程度の力だが、使い方次第では戦いにおいて一撃必殺の武器にもなる。
そう。
今し方、俺がやったように――
「――っ」
ふらりと大きく一歩後ずさり。その直後、女は膝から崩れ落ちた。
受け身も取らず床に衝突。まるで巨木が倒れていくように、その瞬間はスローに見えた。
俯せのまま、あとは身じろぎ一つせず。女は、完全に動かなくなった。
湧き上がる達成感。
罪悪感は微塵もない。
この世界に来て俺も酷い人間になっちまったもんだ。
ただ今回は仲間の仇っていう理由もある。最後に少しくらいイキっても罰は当たらないだろう。
「口には合ったかい? それが約束してた秘蔵のワインだ。残りは思う存分あの世で味――」
「え”えっー!?」
せっかくかっこいい締めの台詞を吐いてる途中だった。勝利の余韻を含めすべてを驚嘆の声がぶち壊しにしてくれた。
駆け寄ってきたロコは俺と動かなくなった女を交互に何度も見ながら慌ただしく疑問を捲し立てていく。
「な、ななな何が起こったの!? この女、死んだ……? てか、あんたはなんで生きてるのっ!? 首だって千切れかけてたのに!!」
「落ち着けよ」
そうか、俺の首千切れかけてたか。想像しただけでも寒気がする凄惨な最後だな。自分の身体が信じられないくらい血だらけなのも納得だわ。
「生き返ったのは天賦技能の力だ」
「はぁ? あんたって、不死身なの?」
「不死身じゃねぇよ。さっきのは一回限りの力。もう次死んだらアウトだ」
「そもそも水を酒に変えるってのがあんたの能力じゃないの? なんで二つも天賦技能持ってんのよ」
「それはだな、ああ、説明めんどくせぇな……」
条件次第で複数の能力を使えることをさらっと説明し、その中の水を酒に変えられる力で女を殺したことを伝える。案の定それを聞いたロコの反応は超否定的だった。
「はぁ? あんたそんなゴミ能力でこの化け物を倒したっての? 嘘吐くんじゃないわよ」
「ゴミって言うなゴミって」
こいつ本人を前に悪びれもせずはっきりと……。せめてオブラートにラップしてハズレスキルと言え。
「まだ隠し持ってる能力があんでしょ。正直に言いなさいよ」
「誤解してるようだから補足してやる。水を酒に変えるってのは正しいが、正確に言えば液体を赤ワインに変える力だ。それも手で触れた瞬間、けっこうな量を瞬時に変換できる。ここまで言えばもうわかるだろ」
「え? 全然わかんないんだけど?」
「……ロコ、お前ってけっこうなんていうかあれだよな。その……あ、やっぱいいわ。忘れてくれなんでもない」
「は、何よ……? 言いたいことがあんならはっきり言えばいいじゃない。何? 馬鹿にしてんのっ!?」
「いや、すまん。これは生まれた世界の医学とか化学の水準の問題だよな。てか、そんな俺だって上辺の知識だけだ。医者でも科学者でもなんでもないからな。だができるだけわかるように説明する。ま、聞いてくれ」
人は血中のアルコール濃度が上がっていくに連れ、酩酊、泥酔を経て、やがて昏睡に至る。
調子に乗って馬鹿げた量を短時間に摂取すれば急性アルコール中毒で人は死ぬようにできている。酒は百薬の長とか言う言葉があるが、まさにそのとおり。酒は薬だ。そして薬は量を間違えれば毒にもなる。
「経口摂取すれば身体を回って酒の成分は血に入り込む。ただ飲んでも酔うんだ。なら血管から直接アルコールを流し込んだ場合、人はどうなるか」
「………………」
またそもそもの話だ。身体に流れる血の一部、或いは大部分を別の液体に替えられた時点で生物の全般はアウト。一溜まりもない。
魔術都市で仲間に加える予定だったあのサドなんとかっていう爺さんがいい事例だ。魔術の探究のため身体をあっちこっち弄って超人と化してたような奴ですら即死したんだ。幾らファンタジー世界といえこの方法で殺せない人間はいないと断言できる。
「ってわけで説明は以上。今のとこテストに出るからな、ちゃんと理解しとけー」
「………………」
「ん、どした?」
「ユウジ、すごい……」
「あ?」
「そんなくだらない天賦技能で、しかもこんな最上級にヤバい奴倒すなんて……正直、見直したかも……。てか、ちょっとかっこいい、かも……」
「ん? あの、もしもし?」
なぜか頬を赤くして上目遣いで俺を見つめてくるロコ。気のせいかいつもよりかなり距離が近い気がする。てか、そのロリーな身体を確実にぴったりと俺に寄せてきてる。
どうした発情期か? 一瞬そんな冗談でもかまそうと思ったがまったくそんな雰囲気ではなかった。
「ええっと……なあ、とりあえず帰ろうぜ。モコも通路の奥で待ってんだろ」
「ふぇ……? あ、そ、そうねっ! あの三人の仇も取ったわけだし……む、胸を張って帰りましょ!」
正気に戻ったのか俺の身体からぱっと離れると、ロコはぎこちなく宝物庫のほうに向かって歩き出した。
なんだったんだ……? ま、とりあえず能力の応用で倒したことは理解してくれたみたいだし、なんでもいいか。
気にしても無駄なことは気にしない。そんな結論に至りあとを追う。
一歩足を踏み出し、前へ。
床に散乱した財宝の輝きに少し目を細める。
その直後、不意に身体の力が抜けた。
ガクリと床に膝を突く俺。
一瞬、復活の後遺症的なもんが頭を過ったが、原因がそれじゃないことはすぐにわかった。
「ユ、ユウジ……!」
同じように両膝を突いた状態でこちらを振り返るロコ。驚愕で見開く瞳。その視線は俺の背後に注がれている。
ゾッとして反射的に振り返ると、フラフラと揺れ動きながらも上体を起こし、死んだはずの女が立ち上がろうとしていた。
「嘘だろ……」
両手をだらりと垂らし顔を伏せたまま一歩、また一歩とこちらに迫る怪物。もう完全にホラー映画の世界に引き摺り込まれたようだった。
恐怖による錯覚か、女を中心に禍々しいものが渦巻いているように見える。
「こ、この……、死に損ない!」
――ガギンッ!
ロコがナイフを飛ばすも転送と同時に女が腕を大きく振ってそれを打ち落とした。甲高い金属音と共に小さい刃は粉々に砕け床に散乱。それを見てロコはすぐに袖から新たに追加のナイフを取り出す。
「つ、次は、その眉間に……」
「よせ、もういい!」
もうどんな攻撃も無駄だ。きっとパープルの〝絶望を穿つ紫〟でもこれは殺せない。
一度切りの奥の手さえ使いこんな窮地も窮地に陥ったところでようやく俺は思い知った。
端から人間に、化け物は殺せないのだ。
「逃げるぞっ……!」
それでも、まだ残機は一つ残ってる。
そして、まだ身体は辛うじて動く。
ほぼ這うように両手足を動かし前へ。
なんとか前進しつつ顔だけを向けて振り返る。
左右に大きく振れながらも確実に近付いてきている女。
距離はさっきより詰まり、比例して俺の身体はどんどん何かが吸われ重くなっているような気がする。
だが、宝物庫の入口はもう目と鼻の先。
あそこまで、辿り着けば……。
永遠にも感じられる距離。
「――ロコ!」
そこで最高のタイミングで援軍がやってきた。突如として闇の奥から現れたモコは危険を承知で突っ込んでくると先に片割れの姉の腕を掴んだ。そのまま後ろに倒れ込むようにして素早く宝物庫の前までロコの身体を運ぶ。
「早く、ユウジも……!」
続けてこちらに向かって手を伸ばすモコ。懸命に俺も手を伸ばすが、その直後、全身の肌が粟立つのを感じ思わずまた背後を振り返ってしまった。
女は、もう俺を見下ろす位置にいた。
「あ、あっ……」
不意にふっと全身が軽くなる。
しかし今度は恐怖から来る金縛りで一歩も動けない。
お前は確実にこの手で殺す。
冷たい双眸が告げていた。
振り下ろされる女の腕。
もう二度目はない。
今度こそ確実な、死。
――赤い。
何がだ?
血か。ワインか。
それとも充血した女の目か。
いや、どれも違う。
女が立ち塞がっている、その遥か後方だった。
燃えるような紅蓮。
真っ赤な――
――ドゴゴッ!
視野の隅でそれを認識すると同時だった。
突如として足元から二本の石の杭が飛び出してくると、それは俺と女を遮りながら神の思し召しか十字を刻む。
「「――ユウジっ!!」」
九死に一生を得た直後、この機を逃すまいとロコとモコがそれぞれ俺の腕を掴んだ。
そのまま双子に手繰り寄せられ、転がった先がゴール。宝物庫の前だった。
間髪入れず魔法陣を発動するモコ。
青白い光が瞬く。次の瞬間、訪れた静寂と共にアジトであるシュテンデルート城まで一気に帰還すると、俺たちは生還を喜ぶ気力すらなく放心したように倒れ込んだ。
以下、おまけ。
ユウジの天賦技能になります。もう本編中で語る機会はないと思うのでここで。
能力名:【〝異世界救世主になろうLv.1~10〟】
効果:信徒(家族・氏族・仲間・同胞等含む)の数を増やすことで以下の複数の魔法を段階的に取得する
Lv.1(必要信徒数:0人)
復活祭
効果:死亡しても一度だけ己の意思で復活できる
Lv.2(必要信徒数:1人)
葡萄酒三昧
効果:手で触れた液体を赤ワインに変化させる
Lv.3(必要信徒数:100人)
約束された豊漁
効果:船に乗ると必ず大量の魚が網にかかる(※稀に銀貨を咥えた魚もかかる)
Lv.4(必要信徒数:1,000人)
聖なる後光
効果:自らの全身を神々しく光らせる(※魅了効果有り)
Lv.5(必要信徒数:10,000人)
水上歩行
効果:水の上を自由に歩くことができる(※常時窒息耐性付与)
Lv.6(必要信徒数:100,000人)
悪魔を憐れむ者
効果:あらゆる悪魔を例外なく即滅する
Lv.7(必要信徒数:1,000,000人)
手渡しで繋ぐ明日
効果:信徒に与える食料を無限に増殖する
Lv.8(必要信徒数:10,000,000人)
神の息吹
効果:信徒のあらゆる病と怪我を例外なく治癒する
Lv.9(必要信徒数:100,000,000人)
万物は我が手の中に
効果:自然界におけるあらゆる天変地異を意のままに制御する
Lv.10(必要信徒数:1,000,000,000人)
死者蘇生
効果:死亡した信徒を蘇らせる(※一人に対し一度限り)











