幕間 ~裏切りの理由~
かなり重大なキャラ名の誤植があったので投稿後すぐに修正しました。投稿直後にお読みになった方で混乱された方がいましたら申しわけありません<(_ _)>
あと、レビュー頂き誠にありがとうございます!
コロナが時間を稼ぐあいだ回廊を抜けて中央塔を脱出したミリーナとメアリ。彼女たちはそのまま複数の衛兵を引き連れ、立ち止まることなく脱出路がある東塔に向かっていた。
しかし屋外通路を駆け足で進んでいた、その途中のこと。
「なんなんだ、このふざけたモンスターは!?」
「クソ、あっちからも来たぞ!」
「次から次に湧いてきやがる!」
突然どこからともなく現れた数十を超えるクマ人形の群れによって、女王と公爵の二人は行く手を塞がれていた。
「どうする!? とんでもない数だぞ!」
「とにかく今は死守だ!!」
「陛下と殿下を御守りしろ!!」
接敵し戦闘がはじまるとすぐにだった。長剣を構える衛兵たちが一人、また一人とクマ人形たちの圧倒的な破壊力により為す術なく蹂躙されていく。
まるで赤子と巨人の戦いそのもの。軽々と薙ぎ倒され吹き飛ばされていく衛兵たちの有り様を見れば明らかなことで、その戦力差はあまりに歴然としていた。
「ここはもうダメです! ミリーナお姉様、こちらへ!」
「ですが、貴女の兵が……」
「いいから今は急いで!!」
壊滅は時間の問題であると即断した領主のメアリはミリーナの腕を掴むと、唯一残されていた退路を駆け出す。衛兵たちの犠牲を前に逃走を一度は躊躇したミリーナだったが、メアリの剣幕に押されると共に自らの意思で走り出した。
「メ、メアリ……これからどこに?」
「どうか心配なさらず。少し遠回りですけど、こちらからも地下に入れるルートがあります」
東塔の外縁部の端側には構造上、城の土台部分まで深く刳り貫かれた場所があり、その半地下部分を含めたエリアは庭園を備えた中庭となっている。
メアリは今、そこにある石像を目指していた。高名な芸術家が作製したバートペシュ家の初代当主を模った石の彫刻である。その台座の裏にこそ地下に繋がる抜け道が隠されていた。
「ミリーナお姉様、あれです! あの階段を下りれば中庭に出られます!」
幸運にもクマ人形と遭遇することなく、二人は花壇が並ぶ広い中庭まで辿り着くことができた。あとは件の石像が設置されている場所へ向かうのみ。
初老の男性が両手を交差させ胸を押さえている全身像。中庭のほぼ中心部に建てられているモニュメントを視界に入れると、ミリーナとメアリは石畳みの歩道と交互に設置された花壇を飛び越え花を散らしつつ、真っすぐその場所へと向かう。
安全が確約された脱出路は、もう目と鼻の先。
しかし、あと花壇一つ乗り越えれば、そこまでやって来たところでだった。
突如として二人の頭上に暗雲が立ち込めた。
「メアリ、上!」
「え――」
――ズドドンッ!!
翼を広げた巨大な飛竜が風を切って中庭の上空を擦れ擦れで通り過ぎたかと思えばだった。次の瞬間、空から複数の黒い点が。
それらは轟音を響かせ中庭の石畳みを破壊して着地すると、石像に向かっていた二人の行く手を遮った。
「うぐっ……。な、なかなかのスリルだったわね」
「ロコはビビりすぎなの。ゴルディーのクマさんに身を任せていれば心配は無用なの」
「ただの綿の塊の何を信用しろってのよ……」
「弟さんを見るの。もうゴルディーのクマさんに完全に心をゆだねてるの」
「は?」
「ふわふわで、あったかくて、眠い。Zzz……」
「ちょっ、モコ! こんなときに寝るな!!」
飛竜の背中から降りてきたのは三体のクマ人形。そして、それらに抱きかかえられた謎の子供たちだった。
三人とも見た目は少女。
しかもそのうち二人はまだ小柄も小柄な子供である。
だが、その眼光には独特の鋭さが宿っており、得たいの知れない不気味さが感じられた。
「……メアリ、立ってください。急いでここか――」
――ガシュッ!
再びの襲撃に驚き倒れていたメアリを助け起こし、ミリーナが襲撃者たちが言い争っているうちに逃げ出そうとした矢先のこと。その足元の石畳みに人が知覚できない速さで一本のナイフが突き立てられた。
「はい、そこ。無駄なことはしないように」
「………………」
いつ投擲されたのか。ミリーナにはそのわずかな動作すら見えなかった。
「私はさっさと終わらせたいの。だから大人しく言うことを聞きなさい。ま、全身ナイフだらけになりたいっていうなら別に止めやしないけど」
「……わかりました。私たちは抵抗しませんし、逃げも隠れも致しません」
「ん、大変よろしい。んで、あんたたちのどっちがここの領主なわけ?」
抱かれていたクマ人形の腕から颯爽と飛び下り、黒尽くめの軍服を纏った子供の一人が近づいてくる。それを見てミリーナが咄嗟に前に出ようとするも、メアリはその手を掴み自分を庇おうとする女王の行動を遮った。
「メアリ……」
「どうか、ここは私に任せてください」
この地を統べる公爵としての責任と自負からか。メアリは険しい表情を浮かべながらミリーナよりも一歩前に出ると、襲撃者たちと対峙。そして、そのまま自ら名乗り出た。
「私は、メアリ・ド・バートペシュ。このバートペシュポートの最高地位者にしてバートペシュ地方を治める領主です」
「ふーん、あんたが? ずいぶん若いじゃない。もっと歳を食った婆さんかと思ってたわ」
「いえいえ、お若いのはあなたも一緒だと思いますが」
「私はドワーフ族だから実年齢以上に子供に見えるってだけよ。ま、先祖にはプレーンの血も混ざっているけど――って、こんな話どうでもいいのよ! とりあえず、あんたは連行するから。城内の手広くていい感じの部屋まで私たちを案内しなさい」
「はい、わかりました。あなた方の要求はすべて呑みましょう」
メアリはこくりと頷くと、病気で澱んだ黒い瞳を閉じて人当たりの良い微笑みを浮かべた。そのままちらりと背後のミリーナの様子を窺いながら続ける。
「しかし、このバートペシュ城を襲撃した目的はなんですか?」
「は? あんたこの期に及んでそんなこともわかんないわけ」
「すみません。何分、箱入り娘なものでして」
「領主が聞いて呆れるわね。この街を占領しに来たに決まってんでしょ。侵略よ、侵略!」
「なるほど。ですが、たとえ今この場を制圧できたとしても、あなた方は後々ただでは済みませんよ」
「……あ? どうただで済まないっていうのよ?」
「我が旧都バートペシュポートには世界に誇る海上戦力があります。船団が港に帰還すればそのファンシーなモンスター共々、あなた方もたちまち一掃されることでしょう。この地を治める領主として悪いことは言いません。今すぐ破壊活動を停止して頂ければ、あなた方の罪を問わず温情ある裁定を下すこともできます。もちろん何か特別な要求があるというのならば、そちらの代表者様との会談の席もご用意いたしますよ」
「「「………………」」」
「何卒、御一考して頂けませんか?」
「……せ、世界に誇る海上戦力、ね……ぷっ、あはは!」
武力を後ろ盾にした丁寧な恫喝にドワーフの少女は突如として笑い出した。不審に思うメアリを尻目に、彼女は背後の仲間たちに問いかけ相談を持ちかける。しかし、その口調には明らかな嘲笑が含まれていた。
「ねえ、あんたたち、こいつの話どう思う?」
「滑稽なの。そして愚かを通り越して最早哀れなの」
「やめなよ、二人とも。性格悪いよ。知らないんだから仕方ないよ。ま、どうでもいいけど」
背後に控える仲間たちから感想を訊くと、ドワーフの少女は再び正面を見据えた。その表情は生殺与奪の権利を握る者のみが浮かべることのできる勝者の余裕と自信で漲っている。
直後、彼女の口から放たれた事実は領主であるメアリに深い衝撃を与えた。
「その自慢の船団とやらならもうとっくに海の藻屑よ。海峡の通り道にたまたまいたから私たちが準備運動がてらに全滅させといたわ。だからどれだけ待とうが、あんたたちを助ける者はやって来ない。当てが外れて残念ね、領主様」
「船を壊したのはゴルディーのクマさんなの」
「ロコは何もしてないよね」
「うっさい! 私は今こいつと話してんのよ、黙ってなさい!!」
「「………………」」
「バートペシュ船団が、全滅……」
「ふふん。嘘だと思うならあとで湖の外を一望して見るといいわ。船同様すでに街も酷い有り様なんだから」
「メアリ、そんなことでたらめに決まっています。騙されてはいけません!」
「………………」
ミリーナが言うとおり内容は虚言やハッタリとしか思えない。しかし、幼い頃から正しい立場を演じ続けてきたメアリにとって、相対する人間の嘘を見抜くことは容易だった。
虚偽を見破ることに長けているからこそわかる。
目の前の襲撃者たちの言葉が、妄言の類いではないことを。
この者らは真実のみを語っている――
確信と結論に至ったことで、そこでメアリは生来から合わせ持つ冷酷さと冷徹さを取り戻した。
相手が真実で来るならば、もう偽っていても仕方がない。
こちらもすべてを曝け出そう。
その時点で彼女の感情からは、窮地に追いやられ生じていた焦燥も怒りも消え失せていた。あるのは、ただただ自らの本性を剥き出しにできる悦びである。
メアリ本人でも気づかないうちにその口角は上がり、濁った眼差しには鈍い光が宿っていた。
「あの、もう一度確認しますが、あなた方の目的はこの旧都なのですよね?」
「は? だからそうだって言ってるでしょ。さっさと大人しく無条件降伏しなさいよ、このバカ領主」
「んー。ま、どちらにしろこれはもう厳しいですね。わかりました。では、こうしましょう。私をあなた方の仲間に入れてください」
「メアリ……?」
「………………」
領主としてあるまじき発言に、ミリーナ以上に驚きで言葉を失ったのはドワーフの少女だった。
「はぁ? 命乞いならともかく、何を言うかと思えば仲間に入れろ……?」
「ダメでしょうか? あなた方がこの旧都を本当の意味でどうしたいのかは存じませんが、まず占領したいのであれば現最高地位者を勢力に引き入れてしまうのが一番だと思いますけど」
「あんたふざけてんの? それとも、何かの策略……? どっちにしろ答えはノーよ、ノー! あんたは殺されて本物の傀儡になるの。てか、裏切り者は信じられないわ。一度でも裏切る奴は何度だって裏切るもの」
「まーまー、そんな意固地にならず。仲良くしましょうよ、ね?」
「ちょっ! 馴れ馴れしく触るな!!」
無防備にツカツカと近寄りドワーフの少女の手を包むように優しく握ると、メアリは満面の笑みを浮かべながら小声で交渉を続けた。
「この取引に応じなければあなた方は絶対に損しますよ。私には最高の手土産があるんですから」
「……賄賂ってわけ? あんた、往生際が悪すぎでしょ……。ま、ただ差し出せる物があるってんなら聞くだけ聞いてあげるわ! で、その手土産とやらは宝石? それとも、金塊とか美術品かしら?」
「ふふ、それはですね。こちらです!」
途端に背後を振り返り心から楽しげに両手を広げると、そこでメアリはあっさりとミリーナの正体をばらした。
「私が差し出すのは、この国の女王――ミレニアム・ルジュ・ド・ミリーナの身柄です♪」
「メ、メアリ!?」
「……はぁ?」
まさかの裏切りに驚愕するミリーナと、あり得ない妄言に唖然とするドワーフの少女。そんな二人をまったく意に介さず、メアリは笑顔で女王の腕を乱雑に掴むと、そのまま力尽くで襲撃者たちの前に引き倒した。
「うぐっ!」
「あ、ちなみに寝返る振りで隙を見て助けるとか、そういう作戦でもありませんので。どうか悪しからず」
「メアリ……ど、どうして……」
「ああ、ごめんなさい。ミリーナお姉様からしたらわけがわかりませんよね」
罪人のように地面に両膝を突きながら本当に信じられないといった様子の女王。そんな彼女に対してメアリはまるで世間話でもするような気軽さで、ずっと隠していた本心をさらりと打ち明けた。
「実は私、生まれた時からとっても悪い子なんです。あと、そもそも私、ミリーナお姉様が女王だなんて最初から認めていませんので」
そこで不意に恍惚とした表情に変わると、メアリは第一の信奉者としてその名を出しつつ裏切りに至った最大の理由を口にした。
「だって、この世界を統べる資格があるのはただ一人。〝エリザお姉様〟だけですから――」











