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幕間 ~諜者vs.賊徒~


 爆発にも等しい揺れ。

 どこか遠くで確実な破壊が齎されたとわかる轟き。

 別塔のゲストルームで寝付けずベッドの端に腰かけていたコロナは激震の瞬間、直ちに諜者としての行動を開始した。


「――陛下っ!」


 妙な胸騒ぎから鎧を脱がずいつでも動けるようにしていた彼女は、石壁に立てかけていた鉄槍を掴むと部屋を飛び出した。

 狭い廊下を進んで長い螺旋階段を下り、旧都を一望できる城の外縁部に出ると、湖の向こう側に広がる都市の至るところから砂埃と白煙が立ち昇っているのが見えた。さらにそこから視線を落とすと破壊された多くの建物の残骸が。

 無数の隕石でも降り注いだのか旧都の街並みはあちらこちら破壊され、溜め息が出るほど美しかった水の都は今や痛ましさを覚えるまでにその姿を変えていた。


「こ、これは!?」


 背後を振り返ればバートペシュ城もかなり破壊されていた。

 先ほどの激震はこの損壊が原因だろう。粉塵が上がっている場所はどこも瓦礫が崩れ、最早尖塔の原形を留めていない箇所すらある。不幸中の幸いとして女王と公爵がいる中央塔は完全に無傷だが、城の西塔側は今にも一部が崩落しそうなほど甚大な被害を受けていた。


「一体、何が……」


 悲惨な現状を見てコロナが真っ先に予想し得たのは巨大な投石器による攻撃だった。街全体がその猛威に晒されたのだ。

 しかしバートペシュポートの外側から攻撃を受けたとなると、とんでもない射程である。そのような大型兵器が存在するとは思えない。いや、まずそもそもの話、この地を破壊して一体なんになるというのか。

 旧都を蹂躙して利を得る人物など思い当たる節は――


(まさか)


 そこまで思考したところで状況を説明し得る一つの回答が脳裏を過った。



 ――辺境北方による先制攻撃。



 いや、あり得ない。逆賊共はどうやってこちら側に兵を送り込んだというのか。

 仮定を導きつつも、その答えを出したコロナ当人すらまだ半信半疑。だが、万一にでもそれが揺るぎのない事実だとすれば、この状況は最悪も最悪と断言してしまっていいほどに恐ろしく危険だった。

 とにかく、今は一刻も急がなければ。

 その一心で中央塔の上層を目指す途中、コロナは忙しなく城内を駆け回る大勢の兵士たちと擦れ違った。危機の一報を周囲と共有すべく彼らの誰もが声を張り上げていたが、その情報はどれも捉え難いものばかりだった。


「魔物が強襲!」

「大量のモンスターの群れだ!!」

「すでに街にも城内にもうじゃうじゃいやがる!」

「どっから湧いただって!? そんなんこっちが知りてぇーよ!!」

「俺は見たぞ、空だ! ()()いきなり空から降って来やがったんだ!!」


 なんの前触れもなく旧都の空から雨のように降って来た大量の魔物たち。

 最初に投石器による攻撃を想像したコロナにとって、その情報はさらなる混乱を齎した。

 今、本当にこの旧都で何が起き、何がはじまろうとしているのか……。

 額の冷や汗が雫となり頬を伝い顎先より流れ落ちていくのを感じながらコロナは城内の螺旋階段を駆け上がっていく。これを上り切れば中央塔上層の外縁部に到達する。そこまで行けば公爵家の居住エリアはもう目の前だ。

 薄暗い尖塔内から明るい外縁部へ。

 出口を抜けて再び白昼の陽射しを受けたコロナは眩しさから目をしばたたかせる。その直後、彼女はあり得ないものを目撃した。


 ――バサッ!


 風を切る音と、足元に落ちる影。

 バートペシュ城のどの尖塔よりも高い場所だった。コロナが見上げると、そこには天空を悠々と飛翔する巨大な青い竜の姿があった。


「――っ!!」


 声にすらならない驚きと、同時に走る戦慄。

 事件の折、辺境北方に出向いていたため自らが直接関わったわけではない。だが、ミハエル王子の誘拐未遂に関与した大罪人の中に、巨大な竜を使役する者がいたという情報はコロナも把握していた。

 複数の点が確実に線で繋がった直後のこと。竜が翼を羽ばたかせゆっくり降下してくるのを見て、思わず立ち止まっていた諜者はそこで我に返り女王の下へと馳せ参じた。


「陛下っ、ご無事ですか!」

「私は大丈夫よ。それより外では何が起こっているの」


 公爵家専用のダイニングルームに入ると、ミリーナはメアリが連れてきた複数の兵によって警護されていた。


「ちょうど今これからどうすべきか話し合っていたところです」

「ミリーナお姉様を却って危険な場所に誘導してしまう可能性もありますし、とにかく衛兵たちに状況を確認するよう命じたのですけど、まだ誰も報告に戻って来ずで……」


 領主であるメアリですら正確な現状を把握できずにいるようだった。それは無論コロナも同じである。

 それでも、先ほど目撃したあの竜がいつ襲いかかってくるか定かではなかった。


「ここに居ては危険です! お二人とも急いで安全な場所へ!」


 その場で強くここからの退避を進言すると、ミリーナとメアリも事態の暗雲を感じて公爵家の居住エリアから避難することを了承した。


「この城の地下には緊急用の脱出路があります。急いでそこに向かいましょう」


 複数の兵と共に中央塔上層から階下へ。しんがりを務めるコロナはミリーナの背中を見守りながら下層まで彼女を護衛した。

 あとは回廊を進み一つ先の扉を抜ければ広い下層の外縁部に出ることができる。そこでなら増援も望めることだろう。


「はぁはぁ……! わ、私、もう息がっ……」

「メアリ、頑張ってください! あと少しです!」


 長い廊下を走り抜け、次の角を曲がれば一区切り。その場にいた誰もが安堵から気を緩めた瞬間だった。

 大理石の柱が立ち並ぶ左手側の壁。陽光が射し込んでいたその上方の隙間すべてを、不意に不気味な黒い影が覆った。


「危険です、陛下っ――!」


 ――ズガアアァン!!


 刹那、先ほどの青い翼竜の姿を目の端で捉えたコロナはミリーナに飛び付くと、破壊され飛んでくる瓦礫の礫から身を挺して女王を守った。


 ――ガガッ、ガ! ガラガラガラ!!


 耳を劈くほどの爆裂音と衝撃の直後、壁が崩落。

 舞う粉塵と漂う白煙の中、身体を丸めるミリーナを庇いながらコロナが背後に目を向けると、そこには黒い袈裟を纏った坊主頭の大男が立っていた。


「ふむ。前に出るつもりがタイミングを逸したか」


 修行僧を思わせる出で立ちをした男は草鞋を履いた足で数歩こちらに歩み寄ってくる。すると、破壊された壁の穴からさらにもう一人、外から遅れて男が飛び込んできた。


「よっと! そんで、ターゲットの領主ってどれだよ?」

「さてな、女人との話だが」

「三人もいるぜ? ま、この際だ、全員捕まえちまえばいいよな!」


 新手の獣人族の男が坊主頭の男を追い越し、交互に両手の指をポキポキと鳴らしながら近付いてくる。

 それを見てコロナはミリーナを立たせ、急いで背後の兵士たちの傍まで行くよう促した。そのまま鉄槍を構え、戦闘態勢に入る。


「おっ、殺る気か! いいぜ、女にしては見上げた根性だ!!」

「この場は私が一人で引き受けます。お二人は先をお急ぎください」

「しかし、貴女を置いては……」

「ミリーナお姉様、いけません! ここは彼女に任せて逃げるのです!!」


 留まろうとするミリーナの手を引っ張り、メアリが強引に回廊の角へと連れて行く。そのまま女王一行は再び脱出路を目指し走り出した。


(陛下……)


 自ら望んだ状況に一定の安堵は得たものの、やはりコロナにとって公爵の存在はどこか気がかりだった。

 果たしてこのような状況で、陛下のお傍から離れてしまって良いものか。

 それでも、目の前に立ちはだかる襲撃者二人からは只ならぬ脅威を感じる。一対一ならばともかく、一対二では女王を守りながら戦うにも限界があるだろう。

 こうなっては正解は一つだった。

 迅速にこの襲撃者たちを屠り、直ちに先行した陛下と合流を果たす。


「貴様ら、シュテンヴェーデル辺境伯の手の者か?」

「あ? シュテンヴェーデル……? ああ、アレのことか! んー、そうだな。なんて言やぁ~いいんだろうな? ま、俺様は細かい駆け引きにゃ~興味ねぇからよ。そこら辺の事情は想像にお任せしとくぜ」

「レオリドス、余計なことは口走るな」

「うっせー、ハゲ! てめぇのほうこそだぁってろ!」

「拙僧はハゲではない」

「………………」


 やはり、か。

 その風貌と特徴から、この男らもミハエル王子誘拐に関与したメンバーであることに疑いの余地はなかった。

 そんな連中が今、明確な目的を持って旧都バートペシュポートを襲撃している。すべては辺境北方で反旗を翻したシュテンヴェーデル辺境伯との思惑とも直結していた。

 すでに両者に繋がりがあることは明白。さらに言えば、この男らはシュテンヴェーデル城の地下で戦った、あの紫紺のエルフの仲間なのだ。


「我が名はコロナ・ファンダイン……反逆者一味よ。容赦はしない!」


 苦渋を呑まされた前回の敗北を思い出し、静かに闘志を燃やすコロナは鉄槍を振るい先制の一撃を放った。


「――ぐぉっ!」


 極限まで無駄のない脱力すら感じられる一閃はレオリドスの胸を裂いて鮮血を迸らせる。さらに連続して槍撃を繰り出し、コロナは瞬く間に襲撃者たちを後退させた。


「なんだこの女! 前のアジトで殺り合ったガキ並みにつえー!?」

「馬鹿者っ、油断するからだ! ここはお主と拙僧、二人で確実に取るぞ!」

「ああっ!? ふざけんな、俺様に傷を負わせたからにはこいつは俺様の獲物だ! 絶対に手を出すんじゃねーぞ、クソ坊主!!」


 仲間割れから碌に連係を取れずにいる相手に対し、そこからもコロナは圧倒的優位性を保って戦闘を続けた。

 度重なる一振りが敵に確実なダメージを齎していく。


「いいぞ、もっとだ! もっと来いっ、女ー!!」

「ちっ……」


 だが、標準的な鉄槍では破壊力不足は否めず、戦闘はすぐに膠着状態に入った。

 情報では坊主頭の男は全身を硬化させる天賦技能(ギフト)を持っている。こちらからは迂闊に攻撃できず、現状は牽制に止めるしかない。さらに獣人族の男の力は完全なる獣化。まだ実力を隠して戦っていると考えるのが妥当だろう。

 短期決戦が必要条件であるにも関わらず、このままでは戦闘が間延びすることは必至だった。


(おのれ〝魔槍〟さえあればこのような賊徒共……!)


 紫紺のエルフとの戦いで失ったファンダイン家が有する秘宝。あの呪いの一振りをここまで欲したことなど嘗てなかった。


「頑丈な獣め!」

「あ! おいコラ、勝手に逃げんじゃねー!!」


 手元の得物では何度斬り刻んでも襲撃者たちの身体に決定的なダメージは与えられそうになかった。埒が明かないと察したコロナは圧倒的に押していたにも関わらず、一度そこで後退を決意。バックステップを踏み距離を空け、たちまち破壊された壁の傍まで下がる。

 時間は十分に稼いだ。敵は大男二人。あの巨躯ならば、逃げ足もこちらが圧倒的に上のはず。

 戦略的な撤退を決めるコロナ。踵を返し、反転。

 本当に、その僅かな一瞬だった。

 攻勢から逃走に転じる一呼吸の間。

 必然的に無防備になる瞬間。

 その隙を、見逃さない者がいた。


「油断大敵♪」



 ――ヒュン。



 大きく弧を描き悪意を持って振り下ろされる大鎌の一撃。しまったと思う間もなく、コロナは殺気に対する脊髄反射のみでそれに反応した。


「――ぐっ!」


 身を庇うように振り上げた鉄槍は大鎌の軌道をなんとか逸らすのには成功したものの、その代償としてその穂は完全に砕かれた。

 素早く背後に飛んで柄だけになった槍を構え、さらなる追撃に備えるも、壁の裏側に隠れ潜んでいた者はまるでこの状況を楽しんでいるかのようだった。


「ふふ、だめだめ」


 大鎌をくるくると回転させつつ、ゆっくりとその姿を現す。

 瞬間、コロナは言い知れぬ怖気を感じた。


「戦場で目の前の相手だけ見てるんだもの。それじゃ、すぐに死んじゃうわよぉ~?」


 喪服のドレス。黒いベールで顔の大部分が隠されているものの、満面の笑顔を浮かべているのはその口調からだけでも察せられる。

 この不気味な女が何者なのか。これまでの他の姉妹たちの反応と異なり、コロナは本能にも近い感覚でそれを即座に理解した。


「おい、死神女! 俺様の獲物を横取りすんな!!」

()()()、お主まで降りて来たのか」

「あ、ラッダ!? あなた何勝手にネタバレし――」


 勝てない相手とは戦ってはいけない。

 過去から現在において、蝶者として長姉の金言を誰よりも心に留めていたコロナだからこそ直ちに決断できた。


 ――ダッ!


 一瞬、仲間から自らの名前を呼ばれ少なからず動揺したであろう四番目の姉。その隙を今度はコロナのほうが見逃さなかった。


「えっ」


 穂を失った槍を構えて突撃してくるまさかの行動に、ダリアは反射的に大鎌を引いた。相手が迎え撃たないのであれば、その場における賭けはもうコロナの勝ちだった。

 そのまま蝶者が一直線に向かった先は、穴の開いた壁の向こう。姉の傍らをすり抜け賊徒共が侵入してきた場所より勢いよく飛び出す。

 尖塔数階分の高さを落下後、無事着地したコロナは入り組んだ城壁側へと立ち止まることなく駆け出した。


「……ちょっ、つれないにもほどってものがあるでしょ!?」

「コラ女、やっぱ逃げんのかぁ!!」

「やれやれ、まさか三人もいてこの場から取り逃すとはな」


 直後、呆気に取られていた賊徒たちも次々とそのあとを追った。


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― 新着の感想 ―
[一言] エミカが牢に入れられたとほぼ同時に旧都への襲撃。 アラクネ会長ってエミカが牢屋行きになる(城にとどまる)の狙ってた感じですよねぇ。
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