219.海賊船
天獄経由で目的の煙突の入口(ダンジョン的には底部)に到着したまではよかった。
だけど、そこからまたドウ”ゥ~ンと転送した瞬間アクシデント発生。ダンジョンの地上一階層部分に転送するはずが、なぜか私たちは見知らぬ大空のド真ん中に放り出された。
「あれぇー?」
「………………」
ヒ
ュ
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ン
そんな風切り音とともに、きれいに真っ逆さま。
すとーんと、どこまでも青い空を落ちていく、のほほん天使と私。
いや、落ちてるってのは表現として正しくない。訂正する。これは〝墜落〟だ。高所から落っこちた経験が一度や二度ではない私がいうのだから間違いないよ。
「エミカー、なんかダンジョン内の転送に失敗しちゃったみたい。ごめんねー♪」
あまりに高すぎて未だ地面すら見えない大空を一緒にダイブしながら、となりのサリエルは待ち合わせに少し遅れた程度の気軽さで謝罪してくる。
それに対して心優しき私はもちろんのこと「はは、大丈夫。誰にだって失敗はあるよ。次がんばろ♪」などと笑顔で返すはずもなく、眉根を寄せながらただ不平を無言で表現。
いや、これが生死にかかわる失敗じゃなければね。
こっちだってお願いしてる身なんだし、のほほん天使をじっとりとした目で責めたりなんかしないよ。
「エミカ、なんであたしをそんなに見つめてるのー? あ、もしかして……ぽっ♥」
「はぁ……。ま、どっちにしろ織りこみ済みではあるけど」
真っ逆さまだった体勢を空中でくるりと変えつつ、私は革袋に手を伸ばす。とりあえず目的のダンジョン内には移動できたわけだし、この状況でやることは一つだ。
「サリエル、こっち来て私の身体につかまって」
「ん? はーい♪」
のほほん天使と出会ってもうそこそこの付き合い。トラブルに巻きこまれたり巻きこんだりしつつ、私も彼女と行動をともにすることでどういう異常事態が起こりやすいのかをあらかじめ予想できるようになっていた。
高所からの墜落なんてのは正直もう常態化しつつあるお約束事といってもいい。こんなことは想定内すぎて準備段階ですでに対策済だった。
「風翼――!」
革袋から取り出したスクロールを使用した瞬間、背中から二つの風の渦が現れてそれが翼のように広がり大きく展開。
そして腰に抱き着くサリエルの「わぁー♪」という歓声とともに、私たちはたちまち浮き上がって風に乗った。
「ふぃー。こんなこともあろうかと思って持ってきてよかったよ」
「わーわー、エミカ飛んでるー! すっごーい!」
正確には飛んでるわけではなく滑空してるだけだけどね。ま、とにかくこれで初っ端の危機も脱出。ホマイゴスでの経験も活きてよかったよ。
慎重にぐるぐると大空を旋回しながらゆっくり下降していくと、やがて分厚い雲のあいだを抜けて一斉に視界が開けた。
直後、眼下に広がったのは一面の海&海。
周囲はすべてが水平線で囲まれていて、見渡す限り陸どころか岩礁一つなかった。
「げっ、ヤバ! 降りられる場所がない!?」
「真っ青だねー♪」
それはそのまんま景色のこと? それとも私の顔色のこと?
いや、今はそんなのどっちでもいい。このままじゃ問答無用で海にドボンだ。まだ海面までかなり距離はあるけど……さて、これはどうしたもんだろ。
「しっかし、ユイが言ってたとおりほんと海しかないダンジョンなんだね。ここを潜って探索とか、たしかに無理だ」
あ、でも、もしかしたら人魚族の冒険者ならいけるのかな? 人魚族なんて人生で一度もお目にかかった経験ないから、ほんとに泳ぎが得意なのか定かじゃないけど。
「エミカー、あそこになんか変なの浮いてるー」
「え、どこ?」
「ほら、あっちー」
「……どこよ?」
冒険者の性で目前の危機よりも攻略のことを考えていると、不意にサリエルがほらほらと遠くの水平線しかないほうを指差した。まだ海まで距離がありすぎるし、海面の照り返しもあって正直なんも見えない。
それでも、天使の視力を信じて風の翼を操ってそっちの方角を目指すことに。
ビューンっと鷹のようにしばらくまっすぐ飛んでいるとだった。そのうち私にもその変なのが肉眼で確認できるようになった。
「あれって、もしかして……船?」
何もない海のド真ん中もド真ん中。そこには帆を張った木の船がどこに向かうわけでもなく悠々と浮かんでた。
近づけば近づくに連れて、その大きさは次第に実感できた。ちょうど真下までやってくる頃にはそれが信じられないぐらいの大きさだってことに気づく。ちょっと前まで上空でまったく見えなかったのがほんと不思議に思えるほどの巨大さだ。
大樹のように太い柱に取りつけられた帆は真っ黒で、その真ん中にはおどろおどろしい髑髏マークが派手な赤の塗料で目立つように描かれてた。
「なんかこれ絵本で見たことあるよ。たしか海の野蛮人が乗る船だ」
「ひー。こわいねー」
山賊の海版。海賊とかいうんだっけ。
アリスバレーの治安がいいこともあって、人生で一度も追い剥ぎに遭った経験もないからほんとに存在するかは知らない。
「でも、船の上に誰もいないよー?」
「天気もいいし、お昼寝中なのかもね」
「じゃー、起こさないようにしてあげないとだね」
「だね。んじゃ、舌を噛まないためにもこっからはお喋り禁止で」
「んっ!」
もちろん海賊うんぬんはただの冗談。こんなところに人間がいるはずもない。もしそれっぽいのがいたとしても死霊とかのアンデッド系モンスターぐらいだろう。ま、それはそれで出て来られたら困るっちゃ困る話だけど。
とにかく今は他に降りる場所もない選択の余地なしだ。
障害物の少ない船首側に狙いを定めつつ、私は着陸を目指す。
滑空しつつタイミングを計って船に接近。船上に映る二人分の影を目安にそのまま高度を一気に下げて、私は着地のためブーツの踵を前に突き出した。
「うおっと!」
「おー♪」
だいぶ勢いがついてしまって着地と同時にズザザーってなっちゃったけど、私たちは海にドボンすることなく甲板に降り立った。同時に魔術の効果が切れて風の翼も霧散していく。
普通なら絶体絶命の状況でこんな感想をもらすのは感覚が麻痺しちゃってる気がするけど、なかなかのハラハラドキドキで楽しかった。地面ばかり愛し愛されてきた私も、ようやく空と仲良くなれる方法を見つけられた気がした。
「わー、これが人間の船かー!」
「こらこら、走らない。まったくリリじゃないんだから」
ダンジョンの地上入口に向かうためすぐにまた転送を試みてもよかったけど、せっかくなので私たちは少し船内をぐるっと見回ることにした。もしかしたら絵本のとおり金銀財宝があるかもだしね。
「こぢんまりしてて趣きがあるー」
「ちょいちょい天使さんや、どう見ても小さくはないでしょ」
「えー、そうかなー?」
「なんでも天獄基準で語らないでよね。それにそもそもほんとに人類が作ったわけじゃないでしょ、これ」
ダンジョン内にあるものだからこの船もサリエルの生みの親である、あの箱の住人たちが作ったもので間違いない。そりゃ、このダンジョンそのものが元々は船だったって言い張るような人たちの基準で考えたらこんなのは〝笹舟〟以下の代物なんだろうけど。
「どっちにしろなんであれこんな数千人は軽く乗れちゃいそうな乗り物、たぶん地上には存在しないよ」
「じゃー、海賊もいない?」
「それはわかんない。ただ、いたとしてももっと常識的な普通の船に乗ってるんじゃないかな」
「あはー♥ 非常識者なのにそういうところは常識的だねー♪」
「あ、うん。そだね……」
いや、海賊も天使にだけは常識を語られたくはないと思う。
――ズドドッ。
「ん、あれ? なんか今、揺れた……?」
降り立った瞬間から地面のような安心感があったから大きな船だけあって波を物ともしないんだと思ってたけど、どうやらそうでもないみたい。
大きな荒波にぶつかったのか船体は次第に強く揺れはじめた。
――ズドドドドドドドドッ、ガガガッ!!
「あ、違うっ! こ、これは――!?」
無事に着地できて少し気がゆるみすぎてたかもしれない。ここはダンジョン内部。警戒を解くべきではないことは当然も当然なのに。
「わー。エミカー、あれ見てー」
状況にそぐわなすぎる能天気なサリエルの声。
彼女が船尾を指差した瞬間だった。
船がギギギッと異音を立てながらゆっくりと傾き出す。
同時に、船尾側の海から無数のウネウネとした得体の知れない長い物体が、四方八方と一気に噴き上がるように空高く伸びていった。
――ドオォーン、ズバアァーーーーンッ!!
さらに次の瞬間には、巨大な水の壁とともに大量の水飛沫が。
遅れて甲板に大量の海水の雨が降り注ぐ中、船尾から伸びてきた無数の〝触手〟は、瞬く間に帆や柱、船の側面ににゅるにゅるぬめぬめと絡みついていく。
「ヤバい! 船がどんどん傾いて!?」
「わー、すべるー♪」
船の傾斜がきつくなって引き寄せられるのをなんとか両足で踏ん張って耐える中、もはや前方ではなく下側になりつつある方向に視線を向ける。と、その瞬間、私は船尾を呑みこむようにして取りつくブヨブヨで巨大なモンスターと目が合った。
「うげっ! 何、あの赤くて気持ち悪いの!?」
「エミカと同じ色だー!」
おい、あんなのと一緒にするな! と文句を言おうと思ったけど、気づくとサリエルはすでに甲板の傾斜をだいぶ滑り落ちててかなり遠い場所にいた。
てか、あんなとこにいたらまずいんじゃ?
そう思った矢先のこと。帆に絡みついてた触手の一本がビュルル~ンと伸びてきてほんとにまずいことになった。
「あーれー、おたすけー♪」
「サリエル!?」
イボイボがすばやくのほほん天使に吸いついて絡みつくと、そのまま彼女は触手に巻かれて船上高く持ち上げられていく。すべては一瞬のことで、私はなす術なくサリエルが人質になるのを見てるしかなかった。
「いや、この場合は〝天使質〟かな……?」
それでも、そんなどうでもいいことを思わず口走ってしまうだけ今日の私はまだ冷静だった。











