210.もぐらっ娘、女王様に呼ばれる。
「さて、十分遊んだし、そろそろ帰ろっか」
「「はーい」」
漁場の調査後、リリとチサの相手をしてたら日も陰ってきた。
きれいなオレンジ色の夕焼け空が湖面にも映って、世界は黄昏一色。そんな光景を見てると、なんだか無性に帰りたいっていう思いが強くなった。
「忘れ物なし。モグレムも全体回収おっけーっと」
撤退準備を終えて行き同様、そのまま馬車で地下道へ。途中、約束どおり帰りも魔力列車に試乗したけど、ちびっ子コンビは遊び疲れたのか乗りこんだ途端、床に座りこんでお互いの肩にもたれかかるように寝てしまった。
うん。やっぱ、列車内に座席は必要だね。
「エミカ様、もうじき王都に到着いたします!」
再び馬車のほうに乗り換えると、少しして地上に続く出口が見えてきた。レコ湖も離れてもうこれで完全なる安全地帯へ。
こっからはもうほんと普通に帰るだけ。
「――うわっ!」
なんてそんなふうに思って気を緩めた瞬間だった。唐突に馬車は急停止した。
「どうどう! どう!」
興奮した馬を宥めるカーラさんの声。
幌の中でバランスを崩してよろめきそうになるのをこらえたあと、何事かと御者台から顔を出すと、地下道の出口前には甲冑を着こんだ王立騎士団のみなさんがずらりと隊列を組んで並んでた。
「おーおー! こりゃ~、すげー出迎えだなー! エミスケー、さてはおめぇ~、何か御用になるようなことしたなぁ~?」
「してないよ!」
反射的に否定しちゃった直後、心当たりが多すぎるレベルで後ろめたさが圧勝。いや、ほんとすみません。でも、どの案件でしょうか……?
「お爺様っ!?」
御者台にいたカーラさんが馬車を飛び降りたのでその先に視線を向けると、そこには王立騎士団のトップであるラッセル団長の姿があった。
「ラッセル隊長、今は任務中であろう。その呼び方はなんだ?」
「はっ! これは大変失礼しました! ラッセル団長殿っ!! しかし……これは一体、何事でありますか?」
「うむ。用件については私の口から直接」
駆け寄ってきた孫と向かい合うと、ラッセル団長はすぐにカーラさんを叱責。そのまま会話を交わしたあと二人は一緒に私がいる馬車のほうまでやってきた。
「エミカ様、聖杯の儀の折はこの老兵の命まで救っていただき誠にありがとうございました。また、本来であればすぐ謝意を伝えるべくこちらから伺うべきところ、今日まで遅滞したことにつきまして心よりお詫びを申し上げます」
「あ、いえいえ、ラッセル団長が元気ならもう何よりです。っていうか、あのー、もしかして用件って、それだけだったり……?」
「いえ、このような突然の出迎えにて驚かせてしまい申しわけありません。本日、我々は陛下より勅命を受けやってまいりました。エミカ様に大切なお話があるとのことです」
ああ、なんだ女王様か。そういえば前にもこんなことあったよね。
ちょうどリリもいるし、ちょこっと顔を見せる意味でも謁見するにはいい機会だった。なので、そのまま王立騎士団に先導される形で私たちはハインケル城に向かった。
「それじゃ、私はここで。今日はごちそう様、エミカちゃん。久し振りにとても優雅な時間を過ごせたわ」
「いえいえー、こちらこそ急なお願いを聞いてもらってありがとうございました」
途中、総合庁舎前でアンナさんとは別れた。
馬車内で今後の魔力列車導入計画の詰めについても話し合えたので、今後はさらにプランも加速するはず。事が完遂すれば王都からホマイゴス間でさえ半日かからず移動可能になるっていう話でもあって、導入の完成がほんと今から楽しみだった。
「エミカ様、城門前に到着いたしました」
アンナさんと別れてすぐ、目的地である王都の最北に位置するハインケル城へ。
城門でコツメが衛兵さんにモンスター扱いされて激怒してひと悶着あったりしたけど、ま、その辺は割愛で。
入城後、あまりゾロゾロ大人数で押しかけて行っても失礼になるってことで、カーラさんたち赤薔薇隊のみんなには階下に残ってもらい、私はちびっ子コンビと保護者であるコツメを連れて女王様の居住区である上階に向かった。
目指す場所は噴水のある中庭。色取り取りのバラが咲き誇る庭園内では、ミハエル王子とそのお付きの人たちがこちらの到着を出迎えてくれた。
「あー、みーちゃん!」
「リリちゃん、ひさしぶり」
「王子様、こんにちは。聖杯の儀、以来ですよね。お元気そうで何よりです」
「こんにちは、エミカさん。エミカさんもそうけんそうでなによりです」
失礼のないよう丁寧に挨拶をしつつ、こっそり中庭を見渡すも女王様の姿は見つけられなかった。もしかするとコロナさんにも会えるかなって思ってたけど、同じくその姿はなし。
でも、私の視線に気づいたお付きの人が、すぐに手を広げて中庭の奥の出口のほうを示した。どうやら女王様は別の場所にいるみたいだ。
「コツメコツメ、王子さまって……王子さまなの?」
「あー? そりゃー、王子様って呼ばれてんだから名前が『オウジサマ』じゃねーなら王子様だろーなぁ~」
「っ!? なら、あの子が絵本にでてくるほんものの王子さま!?」
「いや、絵本はフィクションだけどなー」
振り返ると後ろのチサが、ぱぁ~っと目を輝かせてた。どうやら女の子らしく、王子様という存在に強い憧れがあるっぽいね。
興味を持ったチサはそのままトタトタとやってきて合流。
その瞬間、晴れてちびっ子コンビは〝ちびっ子トリオ〟へとレベルアップ。
「はじめまして、ぼくはミハエル。この王国の王子です」
「チサはチサだよ! よろしくね、王子さまー!」
「みーちゃん、ちーちゃん! あっちであそぼー!」
そんな感じで三人とも同年代だけあってすぐに打ち解けてた。
いやー、子供はほんと純粋無垢でいいね。垣根なんてないから誰とでも仲良くなれちゃう。私まで心が洗われる思いだった。
「って、ヤバッ、女王様を待たせてるんだった……。コツメ、少しだけここでリリたちを見てもらってていい?」
「あーあー、別に構わねーよ。用があんならさっさと行って来いやぁ~」
しばらくリリたちが駆け回ってる姿をほっこり見てたけど、いつまでもそうしてるわけにもいかず、私はコツメにその場を任せてお付きの人の案内に従った。
進んだ先はさらなるお城の上階。
そして、到着した場所は謁見の間だった。
門みたいに大きな扉を抜けて中に入ると、背もたれの高い玉座に座ることなくその前で女王様が佇んでた。
ん、あれれ?
なんだろ、なんか変な感じ……。
不意の違和感。
――ドーン!
「っ!?」
その瞬間、突如として背後の扉が重い音を立てて閉められた。
え?
なんで閉じこめるの……?
焦燥感を覚えたものの女王様の御前だった。取り乱して慌てるのも失礼だと思って、極力平静を保って正面を向く。
だけど、そこにもう女王様の姿はなかった。
「ふぇ……? はっ!?」
「――こんにちは、エミカ様」
直後、隣に人の気配を感じて咄嗟に振り向く。
それと同時に聞き覚えのある落ち着いた声が響く。
息づかいを感じるほどに、すぐ隣だった。そこには、皺も汚れも一つとしてない完全なるメイド服を身にまとったファンダイン家最強の長姉様がいた。
「ひぇっ! ティシャさん!?」
「突然お呼び立てして申しわけありません。しかし、スクロールという物は本当に便利ですね」
「……は、はい?」
なんでいきなりそんな話題ですか?
てか、さっきまでそこにいた女王様はいずこへ……?
私がこれ以上ないほどに戸惑ってると、ティシャさんは片手に握ってた紙筒をフリフリと振った。
「以前、エミカ様も使われていた擬態の魔術スクロールです」
「………………」
ネタを聞けばなんてことはなかった。
どうやらその効果で女王様に変身してたらしい。ちなみについこないだモグラ屋さんで買い溜めしたんだとか。
おー、それはそれはお客様! お買い上げいただき誠にありがとうございます――って、お礼言ってる場合じゃないよ! この状況、まだいろいろ意味がわからない……。
「いや、ティシャさん……そもそもどうして女王様の姿に?」
「その件につきましては、ここだけの話としてどうかご内密に。陛下は今、ご不在にしていらっしゃいます」
「不在……? このお城にいないってことですか?」
「申しわけありません。たとえエミカ様であっても詳しい理由までは私の口から説明できません。ただ、陛下はご公務のため護衛役のコロナとともに現在王都を離れておられます。そのご不在の期間、私が〝影役〟を仰せつかったというわけです」
「影役……」
シャドー。
ま、ようは身代わりだね。
なるほど、だから擬態のスクロールを使ってまで女王様の姿になってたわけか。
……ん? 待てよ。なら、私を呼び出したのはティシャさんの意思ってこと? え、何? 私に用事って? やっぱあの例の件とか、それともあの例の件とか、あるいは、あの例の件とか……?
「いえ、エミカ様。ここにお呼び立てしたのも陛下のご命令です。もしミハエル様にリリ様を会わせる機会があれば臨機応変に、とのことでしたので」
「あ、なんだ、そういうことですか……ほっ」
つまり私たちが王都に来てるって情報をつかんだから、前に女王様がやったように王立騎士団を使ってそれを実行したと。
あー、よかったー。
私はてっきりあのダリアっていう怖いお姉さんの件とか、負傷したコロナさんを見つけたときに建ててた巨壁の件とか、王国外から無断で大量に移民を受け入れた件とかをこれから厳しく尋問されるんじゃないかとばっかり。
てか、ティシャさんと二人っきりとか、そもそも疚しいことが多すぎて訊かれてないことまでポロポロどころかボロボロしゃべっちゃいそうだし。いやいや、ほんとホッとしたよ。
「あはは。あー、えっとぉ~……では、そういうことでしたら私はこれで!」
閉ざされた背後の扉に向かうため、そこでシュタッと回れ右。ピーンと両手両足を張った不自然な歩き方になってるの自覚しながら出口へと急ぐ。
「エミカ様――」
「ひゃ!?」
でも、次の瞬間、そんな私の目の前にティシャさんは通せんぼするように立ち塞がった。
「もしや、私を避けておられますか?」
「へ? あ、い、いや……いやいや、嫌だなー! そんなことあるわけないじゃないですかぁー! ティシャさんに後ろめたい気持ちなんて私にあるわけないないっ!!」
「避けておられる原因がエミカ様側の問題であるとは断定しておりませんが?」
「あうっ!」
「やはり私に後ろめたい気持ちがあるのですね?」
「あわわ!」
「否定はなされないと」
「はうはう!」
「……ふふっ」
こっちのあまりの慌てっぷりが面白かったのか、それともただ怒りの度を越しただけか。そこでティシャさんは静かに、そして淑やかに微笑んだ。
ヤバい、ここ最近でマジで一番ヤバい。
追及を逃れるため、一歩、二歩、三歩、四歩、五歩とズルズル後ずさっていく私。
どうしよう。この状況、強く迫られたらもう一瞬だよ。一瞬で心がポッキリと逝く。だって、相手は何せあのティシャさんだ。力じゃまず敵わないし、たぶんこの場から逃げることも不可。
あー、ごめん、パメラ。二人で秘密にしようって話し合って決めたのに、私もうダメかも……。
あと、たぶん追及されたら恐怖のあまり「全部パメラの指示でした!」って言っちゃうかも――というか、絶対に言っちゃう。ほんと、ごめん、パメラ……。
「――どうかご安心を」
「ふぇ?」
だけど、そんなこっちの動揺をよそにだった。ティシャさんはそれ以上、私を問い詰めようとはしなかった。
「はじめからこの場を利用し、エミカ様を問いただすつもりは毛頭ありません。今回ここまでお呼びしたのは、この機会に私からお伝えしたいこととお願いしたいことがあったからです」
「………………」
伝達と要請。
それが、わざわざ女王様の名を騙ってまで私を謁見の間に呼び出した目的だという。
しばし無言になってたっぷり間を挟んだあと、ティシャさんはおもむろに続けた。
「この王国も陛下も……そして、もちろんのこと、この私自身も、決してエミカ様の敵ではありません。たとえお互いすべてを共有できない立場であったとしても、それは揺るぎのない事実でございます」
それは当然すぎるほどに当然すぎることだった。
当たり前だ。私だって女王様に歯向かおうなんて気持ちは微塵もない。もちろんティシャさんだって大事な親友のお姉さんで、かけがえのない妹のお姉さんだ。いや、妹のお姉さんって何? 自分で言っててさすがに意味がわからん……。
ま、それは置いといて、とにかくだ。
とにかく、私たちは敵じゃない。
それはこんなふうにわざわざたしかめるまでもないことだ。
それなのに、ティシャさんはなんでそんなわかりきったことをあえてこの場で伝えたのか。
それが心のしこりとなって、私に得もいえぬ不安を抱かせた。
「最後にお願いのほうです。エミカ様、どうかあの愚妹――いえ、エミカ様の下にいることを選んだあの子のことを、どうかこれからもよろしくお願いします」
「………………」
それは、まるでこれからティシャさんがどこか遠くに行ってしまうような。そんな言い方に、私には聞こえてしまった。











