幕間 ~秘密の会談~
新章をぼちぼちとはじめてまいりやす(ΦωΦ)
蝋燭の炎がゆらめく薄暗い部屋。
浮かぶは、支配者である一つの大きな影と、従属する五つの小さな影。
王国北西部と国境を接する独立国――〝小国〟。その首府議事堂内の議会室では今まさに、秘密の会談が執り行なわれようとしていた。
「辺境伯様、本日はお足元の悪い中をお越し頂きありがとうございます」
「つまらん挨拶など不要だ。座れ」
「はっ」
一度深く頭を下げ、小国の代表団である五名の委員会メンバーが次々に着席していく。ガタゴトと、椅子を引く音。それらが止み完全な静寂が訪れたあとで、王国の北方を統治するシュテンヴェーデル辺境伯は悠然と言葉を紡いだ。
「これは非公式な会談だ。諸君らも市民に公にできない事柄を長々と議論したくはなかろう。単刀直入に言うぞ。〝聖杯の儀〟の日取りが決まった。諸君、ついに例の計画を実行に移す時が来たのだ」
辺境伯の言葉を聞いて、代表者たちの顔には一様に暗い憂愁の影が差す。
計画の実行は大国に牙を剥くことを意味した。もし失敗し、陰謀が露見すれば自分たちの身一つで済む話ではなくなる。最悪の場合、国家の滅亡という道筋も十二分に有り得た。
「無言は賛同と取るが、良いのだな?」
代表者たちは皆同様に固唾を呑むばかり。辺境伯があえて間を置くも、結局、誰一人として異を唱える者は現れなかった。
「我々も、すでに腹を据えております故……」
東西南北と中央。計五つのエリアより選ばれた小国を代表する有力者たち。
咽喉の奥底から振り絞ってようやく出せた返答がそれだった。
「よかろう。ならば、実行部隊の選定についてだ。先日までは件の犯罪組織――〝犬骨〟を重用する予定であったな」
「はい。しかしながら現在はポポン伯爵の失墜により、万一の身代わりが不在の状況でございます」
「フン、これまでお膳立てして気持ちよく踊らせてやってたというのに。存外に使えぬ男だったな、あれは」
ダルマ・ポポン伯爵が秘密裏に関与していた殺人・誘拐・奴隷交易等の数々の重犯罪。
それは、ここ小国。そして、小国と国境を接する〝王国辺境北方地区〟が悲劇の舞台の中心となって行なわれていた。
自らの領地を踏み躙るポポン伯爵の凶行を知りながらも、シュテンヴェーデル辺境伯が彼を告発しなかった理由は一つである。
そもそもそれ自体が、自らの考えた計画の一環であったから。
「辺境伯様、今からでも代役を立てるのはいかがですか?」
「あれほど欲に塗れた豚も稀だ。残る僅かな期間で代わりを仕立てるのは厳しかろう」
まず傀儡である小国を使ってポポン伯爵を唆し、闇社会と通じ合わせた上で犯罪に特化した組織を作らせる。その後は領地内の特定の村や集落を襲撃させるよう裏で手引きしてやり、十分な利益を獲得させて組織の存続と拡大を図らせていく。
一方で寒村への襲撃は、辺境伯の統治に反抗的な領民たちの〝粛清〟にも利用できた。もちろん被害報告や目撃証言はすべて握り潰した上でである。計画は一挙両得で問題なく進んだ。
やがては今回の計画の実行部隊に育てた犯罪組織を。
そして、万一の計画失敗時、ダミーとなる真の黒幕に伯爵を。
それらを配役として据えるのが従来の道筋だった。
しかし、計画の発動を前にポポン伯爵がなぜか捕縛されてしまい、このまま実行部隊に当該組織を重用して良いものかどうか。辺境伯自身もその判断に揺れていた。
「あの愚かな白豚から我々の名前が漏れることは決してない。今でも組織の影の支配者が己であったと信じていることだろう。滑稽過ぎて笑いも出ぬわ」
「ですが、辺境伯様……このまま犬骨の連中を使うとなると、計画失敗時の責任は……」
「腹を据えているという先ほどの言葉は虚言か?」
「っ! いえ、そのようなことは決して!」
「我々、小国代表者委員会は辺境伯様あってこそです!」
「万一のことがあった場合、我々は辺境伯様の名誉を守るため死も覚悟の上であります!!」
「異議なし!」
「異議なし!」
「「「異議なしっ!!」」」
薄暗い議会室に、他国の代表者とは名ばかりの男たちの声が木霊していく。
(フン、愚者共め。口ではどうとでも言えるわ)
しかし、シュテンヴェーデル辺境伯はもう彼らに目もくれていなかった。綺麗に整った口髭を弄りながら一人静かに考えを巡らせる。
もし計画が失敗に終わった場合、ここにいる代表者たちの名前が実行部隊から漏れる可能性は零ではない。最悪の場合、女王側は真の黒幕である自分に辿り付くことだろう。
(奴らも無能ではない。隣国の公人であろうと秘密裏に連れ去ることぐらい容易にやってのける)
壮絶な拷問にこの代表者たちが耐えられるとは到底思えない。そうなれば最後。もう手の打ちようがなくなってしまう。
(やはり、万一計画が失敗した際はこいつら諸共――)
「あ、あの、辺境伯様、私から一つ提案があるのですがよろしいでしょうか?」
最終的な結論に至る寸前のところで、不意に一番歳若い北エリアの代表者が発言の許可を求めてきた。
「申してみろ」
「実行部隊の選定に関してなのですが、犬骨よりも適任な集団に心当たりがありまして。是非、推挙したいのです」
「ほぉ、末端の構成員を含めれば数百人を超える犯罪組織よりも適任と申すか。それはどういった連中だ?」
「我々の国では旅人や流れ者と表する以外にありません。しかし、王国では彼女たちのような存在を〝冒険者〟と呼ぶのかと」
「なるほど、冒険者か」
訊けば十名前後のパーティーで、小国北部にあるダンジョンを根城にしているらしい。
最近では豪雪による街の食料難を解決した上、さらには村を襲う害獣の群れを退治したりと、北部地域では民衆を救う英雄が現れたとちょっとした騒動になっているのだという。
「しかし、その者たちの実力――ん? いや、待て。今、小国北部のダンジョンと言ったか?」
「はい、辺境伯様。彼女たちのアジトはあの氷壁でございます」
「ほぉ……」
――〝氷壁ダンジョン〟。
二十年前、王都に存在する白き竜のダンジョン以来、人類が八十年振りに攻略したとされるダンジョン。
攻略者が何者だったのかは未だに不明であるが、フロアが地下60階層以上深く続いていることが過去の調査で判明しており、地下1階層からはじまる一面銀世界のフィールド構造が延々と人類の進入を阻む。それは俗に超高難易度迷宮とも呼ばれている場所だった。
「あのダンジョンを根城に、か……」
事実であるならば相当な実力者であることに疑いはない。しかもそれほどの力を持ちながら王国ではなく、冒険者ギルドも存在しない他国の迷宮を探索している。
つまり、前科持ちの集団である可能性も。
もしそうだとしたら、これは僥倖といえた。
「ところで、その者たちの名は?」
洗練された貴族服の襟元を正しながら、ますます興味を示したシュテンヴェーデル辺境伯は歳若い代表者に続けて質問をぶつける。
返答はすぐにあった。
「〝終焉の解放者〟――彼女たちは自分たちのことをそう呼んでいます」











