122.もぐらっ娘、キノコの栽培を進める。
「そろそろ時間だぜ」
「果たしてどうなっていますかね」
「ま、見にいけばわかるよ」
ジャスパーとヘンリーを引き連れて、私は再び地下に戻ってきた。すぐに栽培所の入口を開放して、モグラストレージ状態を解除する。
栽培所内ではついさっきまで苗木だったオークの木が、天井付近まで高く、そして大きく育ってた。
「うわー……」
幅いっぱいに青々と茂った枝葉は照明の青白い光を遮って、辺りを鬱蒼とさせている。まるで夜の森にいるみたいで怖くて不気味な雰囲気。
それでも、薄く光を帯びた大樹はどこか神秘的だった。私は思わず、はっと息を呑む。
「なんといいますか、これは……」
「いや、すげーな……」
ジャスパーもヘンリーも私と同じ感想を持ったみたい。
ま、地下に木が生えてるなんておかしな光景だもんね。いざこうして目の前にすれば誰だって戸惑うのが普通だ。
「それでは、いよいよこのドングリの出番ですね!」
「なーエミカ、賭けようぜ」
「いいよ。私はヘンリーが騙されてるほう」
「ちっ、ならやめだ。賭けになんねーわ」
「親友でしょ? 信じてあげなよ」
「お前こそ店のオーナーなら、一か八かでも得になるほうに賭けやがれ!」
「やだよ、圧倒的に勝算低いほうに賭けるなんて」
「2人とも、そういうのはせめて僕がいないところでやってくれませんか……?」
賭けも不成立になったところで、15万のドングリをみんなで手分けして木の根に沿って植えた。
ほんとにこんなんでキノコが生えてくるのか、正直疑わしいことこの上なし。ただ、もうこんな立派な木も育てちゃったし、もうあとへは引けず。魔力土や照明なんかも足しつつ、最後にはまた入口を塞いで内部をモグラストレージ状態へ。
ヘンリー曰く、普通なら1~3年もすればキノコが生えてくるとか。なので、とりあえず1年放置するため、このまま5日ほど様子を見ることになった。
「――んじゃ、開けるよー」
後日、また入口を開放して栽培所の中へ。
大方の予想どおり、地面の上にキノコらしきものは一切生えてなかった。
「残念だったね、ヘンリー」
「高い勉強代になったな。ま、これに懲りたら次からは気をつけ――」
「――いいえ、まだです」
「え?」
「あ?」
「土の上を探しても意味はありません。なぜならトリュフは地表ではなく、地中に発生するものなのですから! さあ、出番ですよ! ロッキー!!」
「ワンワンッ!!」
ヘンリーはそう声高にいうと、足元にいた小さな犬の鎖を外して解き放った。さっきからなんで犬がいるのか謎だったけど、どうやらトリュフを探させるために連れてきたらしい。
ちなみに最近教会の馬小屋に棲みついた野良だとか。
「ワンワン、ワンッ!」
「あ、なんか掘ってるよ!」
「さっそく見つけたようですね!」
「ガウッ、ガウガウー!!」
――ハグッ、ガツガツガツ!!
「……おい、あれ見つけたキノコ食ってねーか?」
「ロ、ロッキー!? ダメですよ! ペッなさい、ペッ!」
「ガルウウゥ~!!」
「あ、ちょ――痛ぎゃあぁー!!」
無理やり口を開かせようとするヘンリー。反抗してその手にロッキーがガブリと噛みついた。
「ダメだな。あんなバカ犬じゃ」
「でも、野良ならしかたないよ」
「2人とも! 冷静に分析してないで助けてください!!」
結局、犬を使った作戦は上手くいかず。3人がかりでロッキーを地上に連れ出したあと、私たちは再び栽培所へ。
そして、今度は地道に手作業でトリュフ探しを行なうことに。
結果、けっこう時間はかかったけど何個か見つけることができた。
「白いのと黒いのがあるけど、これってどっちもトリュフなの?」
「はい。味とかはちょっと違うらしいですけどね」
掘り出したトリュフは表面がゴワゴワした見た目の丸い塊で、クルミよりもちょっと小さいぐらいの大きさだった。
ヘンリーの話では、もうちょっと大きく育てたほうがいいみたい。なので、収穫した分は確保して、またさらにモグラストレージ状態で5日ほど追加で様子を見ることになった。
「そのあいだに他のキノコも育ててしまいましょう」
「え、他のって?」
これだけの空間にトリュフだけってのはもったいないということで、また例の怪しいお店でいろいろと買いそろえてきたらしい。
地上から乾燥した原木や藁や肥料なんかを運んでくると、ヘンリーはそれらを各所に並べはじめた。
「栽培ってこれだけでいいの?」
「ええ、これらにはもうそれぞれキノコの胞子を植えつけてありますので、問題がなければ1年ほどで収穫が可能になるはずですよ」
ん? ってことは、胞子さえあればなんでも育てられちゃうってこと? へー、それはいいこと聞いちゃったかも。てか、簡単そうだし、私でもいろんなキノコを栽培できちゃいそうだ。
「なんか楽しそうだし、私もやってみていい?」
「それはもちろん構いませんけど、今日準備したやつだけでももうかなりの種類がありますよ」
「あー、大丈夫。その辺は少し考えというか当てがあるから」
そのあと地上に戻った私たちは、さっそく収穫したトリュフを丸ごと網の上で焼いて食べてみた。
「なんかボソボソする……」
「味もしねーな。これならジャガイモのほうがはるかにうまいぞ……」
「おかしいですね。巷ではたしかに、高級食材のはずなんですが……」
1個で軽く数万はするらしいけど、とてもそんなお金を出して買うような代物には思えなかった。
ただ、これについては私たちのような庶民にはわからないだけなのかも。ワインの例もあることだし。
「んじゃ、私はちょっと試したいことがあるから今日はこれでー」
「おう」
「それでは、また5日後にお願いしますね」
トリュフの試食を終えると、私はさっそく準備を整えてダンジョンに向かった。
そして、また透明化と気配消失のスクロールを併用しつつ、地下12階層へ。
以前コロナさんと一緒にモッコモコー狩りを行なった森を目指す。
「お、さっそくみっけ!」
森の入口でいきなり切り株から生えた傘の大きなキノコを発見。もちろん毒があるかもなので、アイテム鑑定のスクロールも使って調べながら採取していく。
ダンジョン産のキノコならヘンリーの用意した普通(地上)のキノコとも被ることはないだろうし、中にはポーションの材料にも使われるようなレアな種類もあるって話だからね。我ながらにすばらしい閃きだ。
「お、またまたみっけー」
森の中を少しさまよっただけで、かなりの種類のキノコが取れた。
赤に紫に黄色、ぼんやり光ってるのもある。
ちょっと食べるのに勇気が要るけど、どれもカラフルできれい。
「よし、こんなもんでいいかな。そろそろ帰っ――」
「――ブヒ、ブヒブヒ」
ちょうど転送石で帰還しようとしたところだった。不意に、何かの鳴き声らしきものが聞こえてきた。
「なんだろ……?」
好奇心に負けて物音がしたほうに歩み寄ると、やがて拓けた場所に出た。
そこで真っ先に目に飛びこんできたのは、ピンク色の塊。
大きさは牛ぐらいあって、それは切り株に生えたキノコをモシャモシャと一心不乱に食べてた。
「うわ、何これっ!?」
シンプルに見た目から形容すれば、それはものすごく大きなブタさんだった。
ただ、普通のブタと違って頭頂部から1本、にょきっと水玉模様のキノコが生えてる。
「ブヒブヒー」
「なんかずいぶん間抜けな姿だね、このモンスター……」
あ、もしかして、食事中に胞子がついちゃったとか?
だったらこの赤茶色のキノコ、まだ採取してないやつだし、ちょうどいいや。
私は親切心から、ブタさんのキノコを抜き取ってあげようと手を伸ばす。
「えいっ」
――ブチッ。
「ブヒイ”イ”イ”イイイィィッ~~!!」
――ドダーン!!
「……え?」
私がキノコを毟り取ると同時、ブタさんが卒倒。
土ぼこりが舞い上がる中、私は目をぱちくり。あまりのことに固まる。
「し、死んでる……」
やがて、恐る恐る足元を確認。
白目を剥いて、口からブクブクと泡を吹き出してるブタさん。
その息はもうなかった。
「そんな……私、無益な殺生なんて、するつもりは……」
ごめん、ブタさん。
ただ、私は良かれと思って、キノコを引っこ抜いただけなんだ。
それがまさか、こんな悲劇を生むなんて。
「う、うぅ~、私はなんてことを! うわぁーん!!」
罪の意識から逃げ出したい一心で、私は転送石を使ってダンジョンから脱出を図る。
ごめん、ごめんと。
何度も心の中で謝りながら。
でも、地上に出て、「いや、冒険者がモンスター倒すなんて普通じゃん」とすぐに我に返った。
「ま、あのブタさんは運がなかったよね」
そのまま教会の栽培所に戻って、採取したキノコを原木にこすりつけたりして、胞子を植えるためいろんな方法を試してみる。
ちなみにブタさんの頭に生えてたキノコは大きかったので、藁と一緒に丸ごと土の中に埋めておいた。
「よし、作業終わりっと」
これで5日後がさらに楽しみになった。











