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120.もぐらっ娘、旧友たちに相談される。


 モグラ屋さん開店前。

 チュンチュンと小鳥がさえずる早朝。


「あ、いたいた! ジャスパー、こっちの売り場にいましたよー」

「よう、エミカ。ちょっと顔貸してくれ」

「2人とも朝っぱらからどうしたの?」


 地下の売り場で補充作業をしてると、収穫した野菜を運んできたジャスパーとヘンリーに声をかけられた。


「何か問題発生?」

「あ、いえいえ、少し相談させてもらいたいことがあるだけです」

「なんだ相談か。今ちょっと手が離せないからあとでもいい?」

「んじゃ、2階で待たせてもらうぞ」

「あいよー。終わったらすぐいくね」


 補充作業を手早く終え、地下の従業員とも軽く打ち合わせを済まして、約束どおりモグラカフェのある2階へ向かう。

 でも、こんな早朝から相談ってなんだろ?

 私は多少首を傾げつつ、真ん中のテーブル席にいる2人の前に腰を下ろした。


「んー。私はオレンジジュースで」

「かしこまりました。ご主人様」

「マリンさん、今日もセクシーでお美しい! まさに貴女こそが美の女神です!!」

「うふふ、ヘンリー君はいつもお世辞が上手ね」

「とんでもない、お世辞なんかじゃありませんよ! このフレッシュジュースのように100%! 嘘偽りない僕の本心です!!」

「……」


 開店前でまだお客さんのいないモグラカフェ。

 普段と打って変わって落ち着いた店内。

 商売的にはまずいだろうけど、静かな雰囲気もいいね。


「ご主人様、オレンジジュースをお持ちしました」

「あ、ありが――」

「モニカさん、今日も一段とかわいいです! 愛らしいという言葉はまさに貴女のためにあるのだと僕は確信します!」

「ヘンリー様……あまり煽てないでください。今日はご主人様もいらっしゃるのですから。それに、以前にも申しましたが私よりかわいい女性なんてごまんといますからね」

「何をいってるんですか!? そんなことありません! モニカさんはこの街で一番――いや、世界一かわいい女性です!!」

「うぅ、ヘンリー様……もう私、本当に困ってしまいます。どうかもうその辺でお許しを……」

「それは奇遇ですね、僕も困っているんです! けっして抗うことのできない貴女たちのそのすばらしい魅力に!!」

「……」


 うん。

 ちょっと気のせいかと思って無視してたけど、やっぱさっきからヘンリーのテンションがおかしい。

 てか、この野郎、いつの間にうちのメイドさんたちとこんな親しくなったんだ。


「……ねえ、ジャスパー、なんなのこれ? ヘンリーどうしちゃったの?」

「いや、お前がこんな喫茶店作ったからだろ」

「え?」

「ヘンリーは元々女好きで、必然的にあーなっちまってるが、かなり多いぞ? この店に毎日入り浸っては舞い上がっちまってる男連中。てか、なんなんだよ、あの短いスカートは……。それに胸元もなんというか、そ、その……えっと、なんというか……その、あれじゃねぇか……」

「は? 急になんでモゴモゴしてんの?」

「う、うるせー! とにかく、ここはいろいろとヤバい店なんだよ! こんなん魔窟だ魔窟!!」

「えー」


 ユニフォームがある程度刺激的なのは認めるけど、この場合ヤバいのはモグラカフェじゃなくてヘンリーのほうでしょ。私とジャスパーが話してても気にせず、モニカさんにまだ歯の浮くようなセリフいい続けてるし。


「てかさ、相談って何? まさかこのおかしくなったヘンリーをなんとかしろって話じゃないよね? だったら無理だよ。もう手に負えないよ」

「……ああ、そうだな。そうだった。おい、ヘンリー! いい加減、店員を口説くのやめろ! エミカに話を持ちかけようっていったのはお前だろ!?」

「そ、そんな無慈悲なー! 普段は満員でメイドさんたちと話せるチャンスなんて注文の時ぐらいしか巡ってこないんですよ!? せめて開店するまでのあとわずかな時間は僕だけのゴールデンタイムとさせてください!!」

「んじゃ、私帰るね。話はまた次の機会ってことで。2人はどうぞごゆっくり。あ、わかってると思うけど、自分たちで注文した分はちゃんと払って帰ってね」

「待てってエミカ! ほら、ヘンリー! アレ出せよアレ!!」

「痛だだっ! い、痛いですジャスパー!? わ、わかりましたわかりました! 今出しますから!!」


 テーブルの上の使い古された布袋。ジャスパーに肘で何度も小突かれて、堪らずヘンリーが指示に従う。

 がさごそと漁って、やがて中から出てきた物は中くらいのガラス瓶。

 なんか中に小さくて茶色い物がいっぱい詰まってる。

 何かと思い、私は透明な瓶に顔を近づけた。


「これって、ドングリ……?」

「ああ。だけど、ただのドングリじゃないらしいぞ。ほら、あとは買ってきたお前が説明しろよ!」

「ううっ、僕のゴールデンタイム、至福の時がぁ~!」


 泣きべそをかきながらも渋々と説明するヘンリー。ところどころ聞き取りづらかったけど、その話を要約するとこうだった。



 曰く、このドングリはすべてとあるオークの木の根元に落ちていた物である。

 曰く、その付近ではとあるキノコが大量に群生していた。

 曰く、そのオークの木の根は群生するキノコと共生状態にあり、宿主となっていたと考えられる。

 曰く、このドングリを別のオークの木の根元に蒔けば、元の木の周辺に群生していたキノコと同種のキノコを栽培することが可能である。

 曰く、そのキノコをお店で売って大儲けしたい。だから、栽培所を作るのを私に手伝ってほしい。



「――というわけでして、ぜひ協力してくれませんか?」

「てか、そんなドングリどこで買ったの?」

「市場で購入しました」

「いくらで?」

「最初は1500万っていわれましたけど、がんばって値切ったら15万に負けてくれました」

「ヘンリー、それ絶対騙されてる」

「ま、そう思うのが普通だよなぁ……」

「2人とも!? そんなはずありませんって! たしかにすごく怪しい感じの店ですけど、あそこの露店商さんとっても綺麗で魅惑的なんですよ!? 美人に悪い人なんているわけないじゃないですかー!!」


 あー、ダメだこいつ。

 早くなんとかしないと……。


「いや、別に手伝うのが嫌とかじゃないんだけどさ、大丈夫なの?」

「何がですか?」

「ほら、毎朝の収穫だってあるし、モグラの湯だって今忙しいでしょ。教会も人手不足なんじゃないの?」

「人手に関しては問題ないぞ。ついこないだローディスからやってきた孤児たちを受け入れたからな」

「え、そうなの?」

「ああ、中にはまだ小さい奴もいるが、ほとんどがもう自分のことは自分で面倒を見れる奴ばかりだ。労働力的にはプラスになってる」

「なんでも、街の治安の件でアリスバレー側とローディス側が協議した結果、テレジア先生に話が回ってきたそうですよ。それで2つ返事でオッケーしたとか」

「はへー。先生らしいね」


 最近お店のことばかりに集中してて、そんなことになってるとはつゆ知らず。

 てか、これも私が作った地下道の影響っぽいね。


「んー、人手に関して問題ないのはわかったけどさ、キノコ栽培で儲けたいってのは、裏返せばモグラ農場の稼ぎだけじゃ足りないってことだよね? もし野菜や果物の利益の分配に不満があるなら、私は別にいつだって契約内容を変えてもいいって思ってるよ。ま、先生が絶対反対するだろうけど、2人が内緒にしてくれるなら裏でこっそり変更することもできるだろうし」


 現状、モグラ農場で生じた利益の70%は私の懐に流れてくる。そもそも大モグラ農場の小麦の収入だけでも毎月使い切れないほどのお金が入ってくるわけだし、私自身もう生活には一切困ってない。それどころか大勢のメイドさんを雇うほどの余裕すらある。

 この2人や教会の貢献度を考えれば、もっと早いタイミングで融通してあげるべきだったんだろう。

 そう考えると、ヘンリーが綺麗な女の人から15万マネンも毟り取られたのは、一部私の責任もあるように思えてくる。


「ちょっと誤解させてしまいましたね。変な気を使わせてすみません」

「え?」


 だけど、お金の問題を持ち出した私に、ヘンリーは軽く頭を下げてから補足した。


「その、大儲けしようってのはあくまで意気ごみでして、本心は別のところにあるんです」

「……別のところ?」

「はい。ほら、こないだの新装開店で変化がないのは1階だけじゃないですか。我々もお店を大きくするために、もっと何か力になれないかと思いまして」

「正直、店の顔である1階が俺たちの持ち場だからな。地下や2階の繁盛振りを考えたら、このままだといつ売り場を交代しろっていわれるかわかったもんじゃねーしな。こりゃ、うかうかしてらんねーってことで今日は相談にきたんだ」

「2人とも……」


 意地やプライドが根本的な原動力なんだろうけど、ジャスパーもヘンリーもここまでモグラ屋さんのことを考えてくれてるとは意外だった。

 ちょっぴり感動。


「てか、お前さ、さっきテンパって軽々しく裏でこっそりとかいってたけどよ、先生にバレた時のことまったく考えずにいったろ?」

「うっ、それは……!」


 指摘されて、はっとした。

 テレジア先生も私の中では怒らしちゃいけない人の1人。しかも、ランキング上位に食いこむほどの。

 普段優しい人ほどキレたら怖いんだよね。試しに過去の記憶を参考に、少し想像しただけでも肌があわ立った。

 うん。

 口は災いの元だね。

 私は直ちに発言の撤回を行なった。


「私は何もいってないし、2人も何も聞いてない。いいね?」

「あ、はい……」

「おう……」

「んじゃ、どうせ詐欺だろうけど、2人がそこまでいうならやるだけやってみますか、キノコ栽培。どうせ詐欺だろうけど」

「ま、このまま何もせず15万ドブに捨てるよりかはな。痛い目に遭ったことも自覚できねーっつうなら、勉強代にもならねーし」

「うぅ……2人とも、もう少し僕のことを信用してくれても……」


 どんよりと暗い顔で落ちこむヘンリー。

 そこでふと、私はまだ肝心なことを1つ訊き忘れてることに気づいた。


「あ、そういえばキノコってなんのキノコなの? マッシュルームとか?」

「エミカ、よくぞ訊いてくれました!」


 どうやらその質問を待ち望んでたらしい。一転明るい笑顔で椅子から勢いよく立ち上がると、ヘンリーは両手を広げながら大声でいった。


「今回栽培するキノコ――それはズバリ! 〝トリュフ〟です!!」

「……とりゅふ?」



 何それ、おいしいの?



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