106.試飲会
「――モグラウォール!」
熟成所の穴底を押し上げて樽を取り出したあと、私たちは手分けして人数分のグラスにモグラワインを注いでいった。
すでに招待客にはテーブルの上に並べられたたくさんの料理とともに、契約時に使った試飲用のワイン(醸造所の地下のやつ)が振る舞われてる。これから新旧で味を比べてもらっちゃおうというわけだ。
ちなみにローディスの醸造所で熟成させた残りのワインは、スカーレットとも話し合った結果、大モグラ農場で働いてくれてる農家さんたちにもお礼としてプレゼントすることになってる。
「えー、皆様方~、モグラワインは行き渡りましたでしょうかー?」
招待客の中心に立ってしばし確認する。
よし、ワイングラスを手にしてない人はいないね。ならば僭越ながら乾杯の音頭といこうか。
私はワインの代わりにブドウジュースが入った真っ赤なグラスを掲げるように持ち上げた。
「それでは大地の恵みに、かんぱ~いっ!」
「「「乾杯っ――!!」」」
私の掛け声とともに、みんなが口元にグラスを近づけていく。
陽の光の中、美しくルビー色に煌めくワイン。
そして次の瞬間、あちらこちらからどよめきが起こった。
「――な、なんだこれはっ!?」
「――信じられない! なんて芳醇なワインだ!!」
「――ベリー、ナッツ、香辛料……ああ、実に奥深い!!」
「――嘘だろ!? ここまで複雑な味と香りが幾重にも広がるなんて!!」
「――こんな品質の高い酒は生まれて初めて飲んだぞ!?」
「――口当たりはまるで清流のようなまろやかさだ!」
「――これがモグラワイン!?」
「――おい、すげーぞこれ!!」
「――美味いっ!!」
みんな喝采しながらの大喜び。私は子供用のブドウジュースをチビチビ飲みながら、しばらくその光景を所在なく見てた。
「………………」
うん。
乾杯の音頭を取ったのは私なのに、なんかものすごい疎外感。いや、ワインの品質を褒められたのは素直にうれしいんだけどさ。
「てか、気になる……」
ここまでの絶賛となると、さすがにダメなことだとわかってても興味を引かれるね。そしてちょうどいいことに、私の隣にはうっとりとした表情でワインを堪能してるパメラがいたりする。
「ねえねえ、みんな感動してるけどさ、お酒はお酒だよね? そんなに美味しいものなの?」
「いや、お前……このワインは美味しいとかそんなレベルじゃねぇよ。こりゃもう天の雫だな」
「天の雫! そんなにっ!?」
「ああ、魔力栽培で原料の黒ブドウを育てた結果だろうな。一般的なただ甘味だけが強いワインと違って、明らかに熟成の工程でより複雑な変化が起きてる。これなら寝かせれば寝かせるほどさらに上質なワインになるかもしれないぞ」
「はへー?」
「てか、なんでこんないい酒がモグラワインとかいうふざけた銘柄なんだよ。まったく、一体どこのモグラ女がつけたんだー?」
「ぐぬっ……」
一瞬ムカッとしたけど、安直に決めたことは否定できないのでこの場はぐっと堪える。
それに今は私のネーミングセンスよりもワインだ。天の雫とか、なおさらに私も飲んでみたい。
「ねえねえ、私にもそれ1口ちょうだい!」
「あ? お前まだ成人してないだろ」
「パメラだってまだ16になったばかりじゃん」
「いつ成人しようがオレはもう立派な大人だ。まだガキんちょのお前と違ってな」
「でもさ、パメラは大人になったばかりなのに、なんでそんなにやたらとお酒に詳しいの?」
「……あ?」
「つい最近飲みはじめて、なんでそんなワインのことも知ってるの?」
「……」
「ねえねえ、パメラがお酒を飲みはじめたのってさ、ほんとつい最近のこと?」
「……」
そのあと、店に売ってる商品の味をオーナーが知らないほうが問題あるとか、いろいろ理由をつけて追いこんだ結果、私はパメラからワイングラスの奪取に成功した。
ま、樽まで自分で注ぎにいったほうが明らかに早かったけど、私の話術による完全勝利に変わりはない。
「フッ、これが勝利の美酒ってやつか」
「いいから飲むならさっさと飲めよ……」
「ふぁっはは! では、ありがたくいただくであります!!」
「あ、バカ! そんな一気に飲――」
私は勢いよくグラスを傾け、ガッと口いっぱいに赤い液体を含んだ。
そして直後、盛大に噴き出す。
――ブウ”ウ”ウウウウウウウゥゥゥッー!!
「げほげほ、けっほ! うげえ、何これぇー!? か、辛ぁ~~っ!!」
え、嘘でしょ……?
大人ってこんな渋くて苦いものを、美味い美味いっていって飲んでたの?
舌おかしくない!? いや、絶対おかしいって!!
「うえっ、まだ口の中、変な味……これなら私は一生ブドウジュースでいいや……。あ、グラス返すねパメ――」
そこで顔を上げると、私の噴出したワインを身体中に浴びたパメラがその小さな肩をわなわなと震わせていた。
「おい、コラ……」
あ、これはヤバい。
そう思った矢先、パメラがその手に白い大剣を出現させたので、私は慌てて弁明した。
「いや、待って待って待って! 話せばわかる、話せばわかるからっ! あと危ないから大剣はしま――」
「うるせええぇー! そこに座れボケェェーー!!」
「ひっ!? うわあぁぁ~~ん!!」
「待てコラ! 逃げんなああああぁぁーーー!!」
そのあと全身全霊の逃走も虚しく追いつかれた私は、哀れにもモグラ叩きの刑に処されてしまった。
ま、パメラもだいぶ手加減してくれたみたいで痛くはなかったけど。
「さっきまで走り回ってましたけど、お2人とも何かありましたの?」
「なんでもねぇよ。それよりもう1杯ワインくれ」
「うぅ~、シクシク、シクシク」
「……ですが、エミカが泣いてますわよ?」
「これはただの嘘泣きだ、騙されんな。ローズファリド家の当主さんよ、あんたもこのバカと今後つき合いを続けてくつもりならな、こいつの性格はきちんと把握しておいたほうがいいぞ。わりとマジでゲスいからな」
「は、はぁ……?」
「………………」
なんかひどいいわれようだね。
私、ほんとに泣いちゃいそうだよ……?
「あ、そうでしたわ、エミカ。わたくし、そろそろあいさつ回りをしたいのですが」
ワインの売買交渉をしたのは私なので、スカーレットは購入者の顔をほとんど知らない。直接王都に入れない縛りを考えれば、生産者の代表である彼女を紹介するのは試飲会を開いた目的の1つでもあった。
「んじゃ、1人ずつ紹介してくねー」
ベルファストさんにアンナさんという初顔から、アラクネ会長にロートシルト代表というすでに存知の大口顧客まで。私たちは招待客の人混みを巡りながらお礼をいって回った。
「――こちらはコロナさん! 私の恩人で、パメラのお姉さんでもあるんだよ!」
最後に女王様に次ぐ大顧客であるコロナさんを紹介。伯爵の悪事を暴いてくれた件は話せないけど、ワインの大口購入者だってことはリストにも載ってあるので隠さずしっかり説明した。
「初めまして、わたくしはローズファリド家当主――スカーレット・ローズファリドと申しますわ。この度はモグラワインを購入契約していただきありがとうございますの」
「……ああ、初めまして。試飲させてもらったが実に素晴らしいワインだった。今からボトルが届くのが待ち遠しくて堪らないよ」
「瓶詰め作業は今日中に開始しますの。近いうちに必ず最初の生産分をお届けさせていただきますわ」
「そうか。それは楽しみだ」
顔合わせが終わると、コロナさんは会話もそこそこに帰り支度をはじめた。仕事のためもう王都に戻らないといけないらしい。
「それなら私が馬車乗り場まで送りますよ!」
「おい、待て――」
意気揚々と手を上げたところで不意に背後から肩を叩かれた。振り向くと、不機嫌な様子のパメラと目が合った。
あいさつ回り中、ずっと私たちの後ろをついてきてたから何かと思ったけど、どうやらコロナさんに用があったみたい。
「お前は主催者だろ、こいつはオレが送るからちゃんと客の相手しとけ」
「えー!」
私だって、コロナさんともっとおしゃべりしたいのに……。
でも、ここで私が出しゃばれば姉妹水入らずの邪魔をすることになってしまう。久しぶりに積もる話もあるだろうし、ここは私が大人になるしかないか。
「うー、わかったよ。ここはパメラに譲る。コロナさん、また近いうち王都に遊びにいきますので!」
「ああ、それも楽しみにしているよ」
コロナさんが帰ったあと1アワほどしてだった。熟成所から取り出した試飲用の樽は綺麗に空になった。酔いどれの大人たちがはしゃぐ中、そのまま試飲会は無事終了。
終わりのあいさつをして招待客を見送ったあと、私たちは会場の後片づけをはじめた。
ちなみにさっき耳に挟んだんだけど、アラクネ会長・ベルファストさん・アンナさん――元冒険者パーティーはこれからまたギルドの酒場で飲み直すらしい。
やれやれ、大人ってほんとお酒が好きだね。











