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幕間 ~真夜中の侵入者2~

※今回もちょい短め。


「襲撃はまだかホ!? まったく連中はどこで油を売っているんだホ!」


 返済にきたエミカたちが帰宅後、ポポン伯爵は執事を呼びつけるなり溜まっていた怒りを爆発させた。


「それが、今朝から一切連絡が取れない状況でして……」

「ホぬぬ、クソッ! どいつもこいつも余を愚弄しおって! もうよい、あんな三流どもには頼らんホ! 直ちにここに〝ファング〟を呼べホ!!」

「ファングをですか!? いけません伯爵様、どうかお考え直しください! や、奴は、危険すぎます!!」

「ホぉ、貴様も余の命に背くかホ? ただの従者の分際である貴様が……」

「あ、いえ、決してそのようなことは! ただ、私めは――」

「ならば今すぐ呼んでくるんだホ! このクソ執事めっ、余に二度も命令させるんじゃないホ!! ホら、さっさといけええぇーー!!」

「は、はい! 御意にございますっ!!」


 執事の反対を押し潰して、すぐにファングという名の男は呼ばれた。



「――お呼びでしょうか、我が主」



 黒のスラックスに、黒革のブーツ。

 そして、フードのついた黒いオーバーコート。

 全身黒尽くめで、その顔の右半分は3本の痛々しい爪痕で抉れている。

 ただそこにいるだけで異様な雰囲気を放ちながら、ファングは伯爵の前で頭を垂れると静かに命令を待った。


「ホホ、よくぞきたホイな! 大至急、貴様にやってほしいことがあるんだホ!」

「はっ。盟約に基づきたとえ火の中水の中、なんなりとご命令を」

「ならばファングよ、ローズファリド家当主――スカーレット・ローズファリドを攫い、今夜中に余の前に連れてくるんだホ!! もしあの娘が抵抗するようであれば腕の1本や2本折っても構わんぞホイな!!」

「委細承知。たとえこの命に代えましても、必ずやそのご希望を叶えましょう」

「ホー、そうかそうか! ホホッ、これであの小娘もついに余のモノだホ! これからは邸宅の地下で死ぬまで飼って可愛がってやるんだホ! そして余の偉大さをじっくりと思い知らせてやるんだホ!! ホーホホホッ~~!!」

「……」


 まったく、この白豚の悪癖には毎度手を焼かされる。その上、没落した貴族の少女を攫ってくるだけの楽な仕事だ。正直いえば、乗り気ではない。

 しかし、これも主君の命である。影の者として盟約を交わしたファングに選択の余地はなかった。



「――そろそろだな」



 その日、夜が十分に深くなるのを待ってからファングは動いた。

 隠密行動を得意とする彼にとって、警備の薄いローズファリド家への侵入は容易かった。さらに事前に提供された情報からすでに屋敷の見取り図も完全に頭に入っている。地上から飛んで屋根を伝い、ファングはあっという間に目的の寝室に辿り着いた。


「無用心な……」


 一度外から様子を確認し、改めて中から侵入を試みるプランだったが、運の良いことに窓は開け放たれていた。

 そのままファングは物音一つ立てることなく、テラスから寝室への侵入に成功する。部屋の中央には天蓋付きの巨大なベッドがあり、薄紫色の髪の少女が静かに寝息を立てていた。


「スー、スー……むにゃむにゃ……」

「………………」


 まさかこうもあっさり目標に到達できるとは。

 あとは首を締めるなり行動不能に追いやった上で攫うだけだ。

 造作もない。

 やはり簡単な仕事だった。

 さっさと終わらせてしまおう。

 些か緊張感を失ったファングがターゲットに1歩近づく。その瞬間、背後に異様な気配を感じた彼は、即座に動きを止めた。



「――レディーの寝室を血で汚したくはありません。あなたも同意見であれば幸いなのですが」



 背後から響く、女の声。

 馬鹿な。

 たった今まで気配などなかった。

 それなのに、どうして俺の背後に……。


「あなたは非常に運がいい。抵抗するほど無能でもなく、抵抗できるほど有能でもない。身の程をよく理解していますね。戦場で長生きするタイプです」

「あ、ぅ……」


 いや、それよりも問題はこの圧力である。

 少しでも振り返れば間違いなくその瞬間、自分の人生は終わる。

 背後に立つ者の異質なプレッシャーを受け、本能で圧倒的な実力差と、死の恐怖を感じたファングは声を絞り出すこともできなくなっていた。


 ヤバいヤバいヤバい。


 心臓の鼓動と共に警鐘が鳴る。


 こいつは――今、俺の背後に立つこいつは、とんでもない()()()だ!!


「獲物を舐るのは趣味ではありません。だから単刀直入に述べましょう。このまま永遠にこの街を去るなら見逃してあげましょう。忠義の死か、不忠の逃亡か。どちらか好きなほうを選択しなさい」

「……ほ、本当に……、見逃して……く、くれる、のか……?」


 しばし待つも、女から返答はなかった。

 しかし最初から殺すつもりだったのならば、わざわざ背後から声をかける必要はない。不意の一撃で殺害されず、今もまだ自分が生き延びていることが根拠である。女の言葉は信用に値した。


「……わ、わかった! 今夜中――いや、俺はこの屋敷を出たら直ちにローディスを去る! そして二度とこの家の者とも伯爵家の者とも係わらない!!」

「よろしい。ならばあなたの命は続くでしょう。失せなさい」


 ファングは主君の命に従う以上に、迅速に動いた。踵を返し、侵入路に使った窓へ向かう。その気になれば背後に立つ女の顔を見ることもできた。しかしファングは一切顔を上げず、足元だけを見て進んだ。

 ただの興味本位であろうとも、女の顔を覗くことは決して許されない。情報を認識してしまった時点で与えられた選択の自由は失われる。

 そのため、ファングが辛うじて視界の隅に捉えたのはエプロンドレスの裾だけだった。

 おそらく、ポポン家の女中たちが着ているような仕事着である。

 俺よりも圧倒的な強者であるこの女が、なぜそのような格好をしているのか。そんな疑問を浮かべる余裕もなく、ファングは全身全霊をかけてローズファリド家の屋敷から脱出を果たした。

 以後は誓い通り。

 彼がローディスに帰ってくることは二度となかった。


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