104.滅びを告げる者
「――この屋敷を出――二度と――伯爵家の者とも係わらない!!」
「よろしい。ならばあなたの命は続くでしょう。失せなさい」
「……んゃ?」
真夜中。
つい熟睡してた私――いえ、わたくしは不意に目を覚ましたのですわ。
話し声に耳を傾けながら薄く目を開けると、全身黒尽くめの男性とメイド服を着た女性が見えましたの。
しかし、両者が口喧嘩(?)を終えると、男性のほうはすぐに寝室から逃げるように飛び出していきましたわ。
はて、これは何事……?
「どうやら起こしてしまったようですね」
「……」
もう少し眠ったフリで様子を見ていようかとも思いましたが、メイド服の女性はこちらの覚醒にはもう気づいておいででしたわ。
「こんな真夜中に騒ぎ立てて申しわけありません」
「あ、いえ……それよりもさっきの男は、一体……?」
わたくしが訊くと、黒髪の女性は親切にも先ほどの男の正体を教えてくれましたわ。
「ダルマ・ポポン伯爵の息のかかった者です。どうやらあなた様を攫ってくるように命じられていたようですね」
「まー、なんてことですの! 伯爵はついにそのような蛮行までお働きに!?」
「はい。しかし、どうかご安心ください。先ほどの男は撃退しました。あれがこの街に帰ってくることはもう二度とありません」
「えっ、二度とってティ――あ、いえ! というか、わたくしの窮地を救ってくれたメイドさん、あなたは何者ですの? ぜひ、お名前を教えてくださいですわ!」
「……それはすでにご存知かと」
「ふぇ?」
「……」
「……」
「このお芝居はいつまで続けるおつもりですか? 僭越ながらあまり良い趣味とはいえませんね、エミカ様」
「……」
「……」
「……」
「……」
あー。
「……なんだ、バレバレかぁ~。さすがはティシャさんですね」
「初めに男についてだけ問われたのが迂闊だったかと。それと、こうして部屋の気配を注意深く探ればこの状況が罠だということは明白ですからね」
「あう、もうそこまで見抜いて……」
ティシャさんのいうとおり、寝室の両隅では透明化の魔術スクロールと気配消失の技能スクロールを併用した上で、アカリンとアオリンに待機してもらってる(ちなみにモモリンを除いた残りの3匹は今夜も工場担当)。
スカーレットを狙った賊が出現次第、ミニゴブリンたちと協力して引っ捕らえる計画だったんだけど、こうして先を越されてしまった形だ。
ま、そもそもティシャさんが今日この場に現れるなんて想定外すぎるよ。こんな状況、頭の片隅にだって考えてなかったもん。
「そのお姿は、かなり高位の擬態魔術を使用されていますね。土魔術だけでなく、そのような芸当までマスターされていたとは」
「ああ、これは違うんですよ。ただスクロールで化けてるだけなんで。てか、もう意味ないし解いちゃいますね」
私は枕元から強制解除の魔術スクロールを取り出すと、元の私の姿に戻った。スクロールの効果範囲は広く、ついでに部屋の隅にいたアカリンとアオリンの透明化も解ける。
私が呼ぶと、2匹はキーキーと鳴きながらベッドのほうまで駆け寄ってきた。
「わずかな気配の正体はこの子たちでしたか。しかし、随分と可愛いモンスターを使役されているのですね」
「えへへ、まだあと4匹いるんですよ。家のことから仕事のことまで、いろいろ手伝ってもらえて大助かりなんです」
「なるほど。ところでエミカ様、本物のスカーレット様は今どちらに?」
「えっと、彼女なら昨日から私の家に避難してもらってますよ。ウチにはパメラもいるし、一番安全だと思ったんで」
今頃は妹たちと一緒にスヤスヤ寝てるはずだ。みんなで夜更かししてなきゃだけどね。
「てか、私も1つ訊いていいですか?」
「どうぞ」
「今さらですけど、なんでティシャさんがここに?」
「私はコロナから頼まれまして。スカーレット様を護衛すれば見返りとしてなんでも1ついうことを聞くとの条件でしたので、取り引きに応じました。ちなみにこのお屋敷は数日ほど前から監視させてもらっておりました。まさか、お2人が途中で入れ換わってるとは気づきませんでしたが」
「はへー、数日前から……私もティシャさんにまったく気づきませんでした」
「一応これでも元諜者ですので」
あと、王都からの移動は私が掘った地下道を使ったらしい。許可なく無断で使用したことをティシャさんは謝ってたけど、もうじき一般利用も開始される道だ。そんなこと別に気にしないでほしい。
いや、それよりも入口には見張りの冒険者が大勢いたはず。むしろどうやってとおってきたのかが私は気になるよ。
ま、あのコロナさんやパメラを圧倒してたティシャさんだし、気配を消してこっそり地下道に潜るなんて朝飯前だったんだろうけど。
「とにかく、コロナさんが心配して先手を打ってくれてたんですね」
たぶん、私が防戦一方になることを見越してたんだと思う。その対抗策として密かに送りこまれたのがティシャさんってわけだ。なるほど、これは申しぶんない最強の助っ人だね。
てか、モグラワインの購入も含めてだけど、私のためにここまで動いてくれるなんて、今回コロナさんには助けられっぱなしだ。
「本当に――純にそれだけであれば、あの子も苦しむことはないのですが」
「え、なんの話ですか?」
「……いえ、すみません。こちらの話ですので忘れてください。それよりも、これはコロナからの伝言なのですが、近日中に〝脅威〟は取り除けるそうです。おそらくあと1日、エミカ様宅でスカーレット様を匿って差し上げれば問題は完全になくなるかと思います」
「へ? いや、でも……また伯爵が刺客を雇ったらスカーレットは襲われちゃいますよね……?」
忍耐勝負。
降りかかる火の粉を払い続ける長期戦を覚悟してた私にとって、次にティシャさんが発した言葉は思いもよらないものだった。
「ご心配なく。ポポン家はもうすぐ滅びますので――」











