#6
バチッと音が聞こえそうな勢いで、モーリスが瞼を開いた。
「お!」
すぐ横でパイプ椅子に座っていたジニーが声を上げて、
「やっと起きたか……分かるか?朝だぜ。そして、あんたは今病室のベッドにいる」
と軽く説明した。
首を動かして部屋を見渡す。確かにここは病院の様だ。お世辞にも綺麗とは言えないが、窓から差す朝日が居心地の悪さを緩和した。
「生きてたんだ、俺……」
モーリスはポカンとして、天井に取り付けられた照明を見つめた。
ジニーがクスッと笑う。
「ああ、ピンピンしてるよ。太もも撃たれて結構な血が出てたけどな」
「……そっか」
「そんな泣きそうな顔すんなよ。あんたに当たった弾は骨も動脈も逸れて貫通してたらしいよ。当たりどころが良かったってことさ。それに、その鉄みたいな脚ならすぐに全快するってさ」
「そっか……ジニー、助けてくれたんだよな?」
「そうなるかな」
鎮痛剤の効いた右大腿に違和感がある。落ち着きを奪われたモーリスはベッドに手をついて身を起こし、自分が病衣を着ている事に気づいた。
右の腿からは鎮痛剤による違和感の他に、包帯を巻かれている感触も伝わってくる。
「うあー、脚が何か……変っつうか、妙な感覚。気持ち悪りぃ」
わざとヒーヒー喚いて見せるモーリス。ジニーの反応が気になりそちらを見る。
タンクトップ姿でパイプ椅子に座っている、限りなく透明度の高い外見の少女--の風貌を持った22歳の女ギャング。
前屈みになりながら右手で頬杖をついている姿からガラの悪さが出ている。
そして膝の上にかけている左腕。
ジニーの左の肩から肘までの間には、うねり狂う龍の姿がトライバルデザインで彫られていた。
モーリスはピンと来た。
「なるほど。それが『トライバルドラゴン』の由来か」
「ん?ああ、まあ……みたいだな」
ジニーがいつになく優しげな眼差しでそのドラゴンを見つめた。
「こいつはあたしのパートナーっていうか、家族みたいなもん」
「ええ?タトゥーが家族って……何だそりゃ」
モーリスは笑った。
「ハッ、どうでもいいだろ?色々あんだよ」
ジニーがそっぽを向く。
「フフッ、そうかい」
フゥ、と息を吐いたモーリスはしばらく考えていたが、突然
「なあ、ジニー」
「はん?」
「まだお礼を言ってなかったな……ありがとう」
ジニーは黙って目を細めた。
「ああ、いや、やっぱりその、ごめん」
「本当だぜぇ。お気に入りのジャケットは血まみれになるしよぉ、最悪だぜ」
「すまん」
モーリスは心の底から謝った。しかし、
「そうじゃないんだ。いや、それもそうなんだけど……」
「あんだよ」
「その……俺……あの時さ、お前らを置いて逃げようとしてたんだ」
もじもじするモーリスがあからさまに頑張って言う。
「それで……あ、そういえばジェナは?」
「『あ』じゃねえよ、朝メシ買いに行ってんだよこのハゲ。おめえ今すげえ暴露かましたんだぞ、分かってんのか年齢詐称ザコ中年ヘタレ兵士……っ!」
ジニーが目を剥いた。よく見ると血走っている。それに加え、眉間に寄った皺、憤怒と殺意とを以て食いしばる牙の様な犬歯……怖過ぎるその形相はまさに龍の如しである。
モーリスの身体が小刻みにベッドを揺らした時だった。
バゴ!と、撃たれた腿にジニーの掌底が叩き落とされた。
ひぎゃあっ!と情けない悲鳴が病室に響く。
更に容赦無く銃創を握り締める白い手。モーリスはその手を引き剥がそうとするも、耐え難い痛みに力が入らない。
「よお、モーリス!!」
ジニーが握力を一層強めた。
「この場でその老けっ面をミートパイにされんのと、全身に切り込み入れられて塩水に浸かるのとどっちがいい?」
「うぐあぁ!どっちも勘弁してくれ!」
「あ゛あ゛!?じゃ、どおされてぇんだよ!!」
「ぐぁああ……!っと待て!」
「てめえ、一日中こうしといてやろうか?!」
「分かった!何でもする!!」
「おーおー、よくぞ言ったな」
「本当だ!もう裏切ったりしない。だから……っ、放してくれ」
ジニーはギリギリと牙を軋ませた。
◆
15分後。
「うーい、ただいま。……げっ!おっさんその顔どうした?」
病院に戻って来たジェナが、顔を腫らしてベッドに座るモーリスと、タバコに火をつけてふてくされているジニーとを見比べた。
「ジニー。あんたさ、おっさん怪我してんだからもう少しこう……」
「何がよ。こいつが目ぇ覚ましたらぶん殴るって言ったじゃん、あたし」
「まぁ、確かにそれは言ってたけどさ……それにしたって、」
「いいんだ。ジェナ」
俺のヘマだから、とモーリスはしょんぼり続けた。
見るに見兼ねたジェナは、
「まあ、仕方ねえよ。気にすんな」
と、バーガーショップの袋からブレックファストの入った箱を投げて寄越す。
「ほら、ジニーも」
「お、サンキュー」
フタを開けると、厚いパンケーキが3枚とスクランブルエッグ、それから巨大なビスケットとハンバーグが詰め込まれていた。
「うは!美味そー」
「あとほら、服も買って来たよ。あんたセーターで血ぃ拭いちゃうから」
「うひょー、ありがと!!」
艶のある赤い紙袋を差し出されたジニーは一気にご機嫌を取り戻した。
「因みに中身はライダースとデニム。両方とも黒だけど……良かった?」
「最高だ!今着ていい?タンクトップじゃ寒いからよ!」
「……まずメシを食っちまいな」
それもそうだわな、とジニーは満面の笑みでパンケーキを口に放り込む。
「うまい……」
モーリスが暗い表情のまま誰にも聞こえない声でボソッと呟いた。
「それで。おっさん はこれからどうすんの?」
ビールを開けたジェナがそう言って、床に座り込む。
「あ、えと……」
「あたしらの三下になってくれるんだよな?」
ジニーが頬張った飯をボロボロと口からこぼしながら、モーリスに向けて目を釣り上げた。
「はい……」
「はぁ、あっそ。まぁでも、あのガンスキルは大したもんだね」
ジェナは天井を見上げた。
「あの、一つだけ質問していいかな?」
モーリスが下手に出る。
「何?」つん、とジニーが素っ気なく言った。
「さっきの奴……エドだっけ。あんな簡単に殺しちゃって本当に良かったのか?」
「は、いいんだよ。あんな奴」
「でも……」と腑に落ちない表情のモーリスを見たジェナが、
「ま、あんな事は日常茶飯事さ。あたし達には理性も悟性もない。話がこじれりゃ銃で解決するって考え方で生きてんだ。だから、あんなのは序の口さ」
と薄く笑った。
モーリスは思わず息を呑む。
「狂ってると思うだろ?でもな、それがこっちの世界で生き残る条件なんだ。事なかれ主義で無難にやろうなんて思ってたらあっという間に食い潰される……な、ジニー」
「そ!結局生きるか死ぬかなんだ。殺られる前に殺る!それのみ!!」
はあ、とモーリスは頭を抱えてため息をつく。
(結局、前と似たような仕事に就いたんだな、俺……)
「っしゃ!事務所に戻るぞ。立てモーリス!」
ジニーはジェナの買ってきた真っ黒なデニムシャツとライダースを羽織って気合の入った声を出し、モーリスに松葉杖と彼が病衣を着る前に身につけていた服を投げた。
「痛ってぇ!……へ、俺も行くの?」
「当たりめぇじゃん、ドクターともとっくに話をつけてあるしな。長期休暇は認めないよっ!」
(ドクターと話をつけた!?えー、マジかよ……)
正直言うと、彼はもう少し休みたかった。しかし、ジニーにそんな事を抜かせばまた半殺しにされる。どちらを選ぶか迷うほどモーリスは鈍くなかった。
腕組みをしたジニーが睨みを利かせる中、ジェナに手伝ってもらいながら何とか着替えを済ませ、松葉杖で体重を支えてベッドから立ち上がる。ジーンズの右の腿には弾丸の貫通した穴がしっかりと空いていた。
「ようし。都合のいい事に近々また仕事が入ってる。トロトロすんなよモーリス」
「はい……」と返事をした元兵士は、小さく縮こまっていた。
「厳しいねぇ、あんたも」
ジェナが笑って、ウルフカットの髪をかき上げた。