#5
「おいモーリス!てめぇこのグズ、しっかりしろ!!」
爆走するベンツの車内で、顔を血まみれにしたジニーが叫んだ。隣では右の太ももに風穴の空いたモーリスが苦しげに呻いている。
血がジワジワと流れ出てくるその傷口を、ジニーは脱いだジャケットを使ってきつく縛った。
「もう!全然ダメじゃんこのおっさん」
ハンドルを握るジェナが怒っている。
どうしてこうなった……。
薄れゆく意識の中、モーリスはベンツの天井をゆっくり静かに眺めながら、こうなるまでを振り返った---。
◆
20分くらい前。
ジェナのロデオドライブによってたどり着いたのは、コーヒー色に塗られた巨大なアパートだった。ジニーによると、
「低所得者の為の集合住宅なのさ……ま、あたしに言わせりゃギャングスターのレギオンだけどな」
「へぇ。そんな所があったのか」
モーリスが相槌を打っている間にジェナがアパート敷地内の駐車場に入った。
「は…お待ちかねだぜ」
広い駐車場の真ん中。真っ黒なピックアップトラックの前に男達が数人立って、刺す様な目でこちらを見ている。
「多いぞ……全部で6人」
スラムのギャングというものを初めて間近で見たモーリスはビビり気味だ。
「素人って感じだねぇ。兵隊さんよぉ」
憎々しくジェナが言って、男達と向かい合う位置にベンツを停めた。
「ま、いいじゃねえかジェナ。なあモーリス、闇の世界じゃひよっこのあんたでも、ドンパチの腕ならあいつらとは段違いの筈だ。鍛え抜かれたガンさばきを見せてくれよ」
ウィンクしたジニーは「その時が来たらな」と付け加えて車を降りた。
(闇の世界に入るつもりはないんだけどなぁ……)
ギャングの前で肩を並べる狂犬女二人の後ろで、モーリスはベルトに差したコルトにさりげなく手をかけている。
相手のギャング集団は、腹の出た中年の黒人を先頭に、更にその背後で白人二人とヒスパニック系の男三人が睨みを利かせている。
しかし、ジニーは臆する事なく黒人相手に口角を上げた。
「元気そうだな、と言いたいところだが……くたびれてんな、エド。ッハハハ!」
「うるせぇ」
天を仰いで笑うジニーに先頭の黒人--エドが食ってかかる。
「子分を何人も抱える立場ってのは苦労が多いんだ。お前こそ相変わらず能天気だな。『トライバルドラゴン』!」
(は? トライバルドラゴン? 何だそりゃ……)
エドが口走ったジニーの渾名にモーリスは首を傾げた。
「その後ろの兄ちゃんは新人か? あ?」
(やった!おっさん呼ばわりを免れたぜ!)
モーリスは心の中でガッツポーズを決めた。
「おう。新人のモーリスだ。っていうか、こいつが兄ちゃんって歳に見えんのか?」
ジニーが親指でモーリスを指す。
「おい、もういい。社交の時間はそこまで。本題に入ろうや、エド」
二人のやりとりに痺れを切らしたジェナが割って入った。
「単刀直入に行くぜ。おたくらの注文品は車ん中だ。欲しけりゃ約束の1000ドル先に出しな」
エドの顔つきが変わった。
「ああ!?なんだとジェナ。てめらこそ金が欲しけりゃ先にブツを出しやがれ、このアバズレが」
「はん?こないだのてめえの失態をもう忘れたか?」
「失態……俺がか?何の話か分からねえな」
「とぼけんなよジジイ。てめえを裏切って逃げてたチンピラを頼まれて殺してやったのに、後金を踏み倒してんのはどこの誰でえ」
ジェナが眉間に何本ものシワを寄せて語尾を荒げた。もはや女の顔ではない。
「ケッ、あれか」エドが溜息をつく。
「あの話で失態がどうこうってんなら、それはお前ぇらの方だ。あそこまでズタズタにして来たんじゃあ、どこの誰だか分かりゃしねぇ。仕事が荒過ぎんだよクズども!」
唾を飛ばしながら品のない笑みで野次るエドに、それまで他人事と思って様子を見ていたモーリスが思わず身を引いた。
「エド。言いたい事はそれだけか?」
ジニーがゆっくりと前へ出て、樽のような体つきのエドを見上げた
「お前から金を出さないなら、取引は中止だ。どうする?」
肩まで下りた金髪がサラサラと風になびいている。
「はっ!うっせぇよ。ほら、とっととブツを出せ。ったく、クソガキが。お前らの遊びにこうして付き合ってやってるだけ--」
バンッ!!!
……それはあまりに唐突な出来事であった。
ジニーのシグが雄叫びを上げると同時に、エドの頭が花火の様に砕け散った。
自らの体重を支える力を失い、倒れゆくエドの身体--。
その場にいた全員が唖然とする中、ジニーが顔に浴びた鮮血と脳漿をペロリと舐めた。
「おわぁっ!」
一番に我に返ったのは悲しいかな、一番乗り気でなかったモーリスであった。
押し寄せる危険を肌で感じた彼はコンマ数秒でコルトを抜き、その瞬間に最も狙いやすい位置にいた白人ギャングに向けて二発、反射的に撃ち込んだ。
心臓と眉間を鉛玉に貫かれた白人ギャングがバッタリと倒れる。
「野郎!やりやがったな!」
「クソアマ共が!死ねえっ」
「うっせぇぇえ!死ぬのはてめぇらだクソボケ!!」
「よっしゃあ!ジェナ、こいつら皆殺しだぁっ!」
殺し合いの火蓋は切って落とされた……1000ドルの為に、である。
散り散りになって銃を撃ち合うギャングスター達。
何発もの弾丸が風を切る中で、相手のギャングは更に仲間を減らした。
ここでモーリスはバーで閃いた作戦--「雲行きが怪しくなったら全力で離脱する」を思い出した。
(頃合いだぜ。こんなクレイジー共に付き合ってられるか!)
飛んでくる弾に注意しながら、彼は逃走手段を考える。
(ベンツ乗って逃げるか!?……いや、ギャングの車は使いたくねえから走って逃げよう。『普通の』街まではちょっと遠いが、俺なら走破出来る!!)
自信を胸に駐車場の出口へと踏み出した時だった。
ズドッ!
「どわ!」右の太ももに稲妻が直撃したかの様な強烈過ぎる衝撃と痛み。モーリスはその場に倒れ込む。
「ジニー、撃たれた!んおぁあ……」
「は?……ええっ!?おめえ、早えよ!」
脚から血を流し、情けない顔で助けを求めるモーリスに、ジニーは険しい顔で怒鳴った。
「ジェナ、手ぇ貸せ!モーリスがもう撃たれた!」
「はあああ!!?バッカじゃないのぉ!?」
背後で敵が撃ってくる中、両脇を抱えられ、ズルズルと引きずられ、車の後部座席に収容されたモーリス。何とか自力で座ったものの、もはや呻き声を出すばかりだ。
「おいモーリス!てめぇこのグズ、しっかりしろ!!」
モーリスの大腿からジワジワと血が出てくる。
その傷口を、エドの返り血を浴びたジニーが脱いだジャケットを使ってきつく縛った。
「もう!全然ダメじゃんこのおっさん」
ハンドルを握るジェナが怒り、ベンツを爆走させて駐車場を出たのであった。
ここまでが、この20分くらいの間の出来事……。回想を終えたモーリスは静かに気を失った。
◆
そして車は街の通りに出た。
「ジニー、追っかけてきたぞ。奴らのピックアップだ」
バックミラーを見たジェナの声に、目の釣り上がったジニーが再びシグを出してリアウィンドウを覗き込む。
「運転席と助手席に一人ずつか。さっきあたしらで3人殺したから、あれで残り全部だね」
「エドも入れて4人だよ、殺したのは。……ほんとに無茶するよあんたも」
「へっ、うっせぇ」
失神しているモーリスを足場に車窓から身を乗り出したジニーは、追って来ているピックアップの運転席に向けて銃弾を一発撃ち込む。
バスッ!!
敵のドライバーの肉に鉛がめり込む音。フロントガラスの内側に大量の血が叩きつけられたピックアップは派手にスピンしながら、近くにいた車に激突した……一撃必殺である。
外のスラム住民の悲鳴が車の中にまで響いてくる。
「よしっ!グッドキルだ。ジニー」
「サンキュー、ジェナ。さて、このアンポンタンを医者に連れて行こう」
ぐったりしているモーリスにジニーが冷めた視線を送った。
「お人好しだねぇ、あんたも」
「馬鹿言うない……こいつが目ぇ覚ましたらぶん殴ってやらぁ」
ジニーはジャケットの下に着ていたセーターの袖で、汗と血にまみれた顔を拭いた。
「うあ、臭え……最悪。オゥェ」
「エドも不摂生だったろうからねぇ」
「ゲッ、臭過ぎ。吐きそう……」
「だったら出しちゃえば?」
「嫌だよ……はあー、本当に最悪」
どっ、と座席にもたれて隣を見ると、汗だくのモーリスが荒い息をしている。腿の傷からは血が止まった様だ。
病院はもうすぐ見えてくるだろう。夕日に染まるダウンタウン・ブローの景色をぼうっと眺めていたジニーは、そっと目を閉じた。




