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#4

 マンハッタン北部のスラム街「ダウンタウン・ブロー」。

 この町は真っ昼間から違法ドラッグの売人やギャングスターが割拠する場所として有名だ。

 町ゆく人々の目は皆一様に据わっていて、らんらんとした光を放っている。

 そんなダウンタウン・ブローの車道を箱型のベンツが一台、走っている。

「Gクラス持ってるなんてマジかよ。すげぇなジニー……もっとすげえのはそれを酒に酔いながら運転出来てるってことだけどな」

 モーリス・イーリーは心情をそのまま声にした。

 ベンツを操る女ギャングのジニー・アディソンは、

「ハッハー!だろ?」

 と上機嫌である。

(にしても、寂れた街だな。まさに暗黒街ってところか)

 マンハッタンの立体駐車場から車を出して25分余り。外はまるで別世界になっていた。

 空は晴れているのに、町の至るところに下品な落書きや血や弾丸の痕があるせいか、どこか暗い感じがする。

「あれ見てみ。完全にイカれてるぜ」

 ジニーの視線の先--小さな店の前の横断歩道で、頭の禿げ返った男がブツブツ言いながらよちよち歩きをしている。

「不気味……って言うよりも不憫だな。クスリのせいか?」

「多分ね。ここら辺は売人が多いから」

「あんなのもここじゃ当たり前の光景か?」

「いや、あれはまだまだ生易しいよモーリス。生きてる人間だからな」

「……そんなもんなのか」

「生きてるだけ幸せなんじゃねえの?……あたしは御免だけどな!キャッハハハ!!あんなら死んだ方がマシだぜー」

 ジニーの甲高い爆笑が、車内に響いた。

「おっと、ここ右だ。この道覚えとけよ」

 曲がった先の道路は密集するレンガ造りの建物に両脇を挟まれる形となった。

 ジニーはその中の5階建てビルの前で停まった。

「今何時?」

「2時ちょい過ぎだ」

 モーリスが腕時計を見ながら言った。

「そっか、あんましのんびりはできねぇな……。ああ、4階があたしの事務所。中にダチがいるからさ。そいつとブツを持ち出して、すぐに取引に行くから」

「事務所って……お前この街に住んでるのか?」

 エンジンを切ったジニーにモーリスがたまげた様に聞いた。

「違う違う。『ここでの』事務所って意味。あたしの本拠地があるのはミッドタウン」

「ああ……なるほどね」

「ほら行くぞ」

 車を出たジニーはすっかり酔いから覚めていて、足のふらつきが治まっていた。

 レトロな外観とは裏腹に、そのビルにはエレベーターが設置されており、ジニーの事務所となっている4階まで行くのに足が疲れる事はない。

「割といいとこだな」

 二人でエレベーターの中に背をもたれながら、モーリスが言った。

「バーカ。いいとこなもんかよ。ここはスラムだぜモーリス?先週も流れ弾が飛んできて窓張り替えたばっかだってのに」

「うわ、マジかよ……」

「マジだとも……はい到着。4階でございます」

 エレベーターを降りた正面には事務所のドアがあり、ジニーがインターフォンを鳴らすと黒髪にウルフカットのシャープな顔立ちの女が迎え出た。

「ジェナただいま」

「おかえりジニー……後ろのおっさんは何よ?」

 ウルフカットの女--ジェナは、ジニーの背後からおそるおそる中を覗いているモーリスを嘲笑った。

「ああ、こいつはモーリス。今日の朝広場で拾ったんだ。仕事に使えそうだと思って」

「はああ?大丈夫なの?」

「何がよ」

「ポリ公じゃないでしょうね?そいつ」

「あー、それならオッケー。声かけたのはあたしからだし。それにこんな締まりのないお巡りいるわけねえじゃん……」

 ギャハハハハ、と若い女二人は手を叩いて笑った。

 モーリスはなす術なくただ苦笑いを浮かべた。

「はぁ、おっかしー……いいよ入んな。ほら、おっさんも」

「あ、どうも」

 先に中へ入ったジニーの後に、モーリスがすごすごと続いた。

「あ。ジェナこいつね、これでまだ27らしいよ。あんたと4つしか違わない」

 ぽん、とモーリスの背中に手を添えて、ジニーは眉をひそめて嗤った。

「はああ!?サバ読み過ぎだよこいつ!」

「だろ?そう思うだろ!?ギャッハハハハ!」

(ああー、もう帰りたい……俺は何しに来たんだ?)

 年下女二人に立て続けに馬鹿にされたモーリスはグスンと鼻をすすり、涙を呑んだ。

 事務所にはベッドと大きめのテーブル、テレビと冷蔵庫、それから長い木箱が横たわっていた。

「今日のブツはそれだ」

 ジニーが木箱を指した。

「この長さはロケット砲……RPGか?」

 中身を予測したモーリスに、ジェナが

「おお、よく分かったな。」

「こいつこれでも元軍人だからな。それぐらい分かんなきゃな」

「え、軍人だったの……ぷっ……マジで……?」

「しかも特殊……」

「いや、そこはいいからさ。こいつを運び出そうぜ!急ぎなんだろ?」

 再び泣かされそうなハメになるのを察したモーリスが二人に促した。

「熱心なおっさんじゃん。いい奴拾ったねジニー」

「でしょ?」

(くそ、おっさんおっさん言いやがって、てめえらがガキのまんまなんだろうが……!)

「さっきのベンツに乗せるんだよな?」

 溢れ出る怒気を労力として発散すべく、モーリスはロケット砲の入った木箱を脇に抱えた。

「おお、男らしいー」

「それここまで引っ張ってくんのに苦労したんだから落とすなよな、ッハハハ!」

 屈辱に次ぐ屈辱。逃げる様に部屋を出たモーリスは、ニヤニヤしながら同伴する性悪女共に何か言われるんじゃないかとハラハラしながら木箱にも気を遣ってエレベーターを降り、外に停めたベンツのトランクにそれを押し込んだ。

「よくできました!じゃあ、モーリスは後ろに乗って!ジェナ、運転お願い」

 ジニーがジェナに車のキーを投げて渡した。

「よっしゃ!飛ばすぜベイビー!?」

 全員が乗り込んだのを確認したジェナはエンジン始動と同時に猛烈なロケットスタートを披露した。

「おおぉぉおい!!戦場じゃねえんだぞ!」

 座席に身体を押し付けられたモーリスの絶叫。

「キャッハハハ!ここは戦場の比じゃねえよモーリス!敵も味方もイカれた野郎ばっかだからな!」

「その通り!さすがジニー」

 脳からの危険信号が骨の髄にまで届き渡ったモーリスは、思わず車から飛び出そうとした。しかし、ジェナのロデオの様なドライビングの前に、骨が抜けたかの様なダンスを後部座席で踊るだけであった。

 そんな状況下で彼は、こんな連中にいい様に連れ回されている自分を全力で殴ってやりたいと思った。


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