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#12

 ジニー達がゴロツキに襲撃された翌日。


 (せみ)(ひら)(なつ)は自身の経営するレストランバーを今日は休店にした。せざるを得なかった。

 今はまだ昼間なのに、入口のシャッターを閉めた代わりに照明を点けた店の中は、夜であるかの様な錯覚を起こさせる。

 そんな中で、蝉平はカウンター席からニュースを眺めていた。

『マフィアの"麻薬部長"惨殺される!!』

 という大きなテロップがテレビ画面で嬉々としながら踊っている。


「裏切り者への報復ですか?ダンフォードの親分」

 背後のテーブル席で、ウィルフレッド・ダンフォードが()()そうに赤ワインを飲んでいるのが手に取るように分かったので、機嫌の良い内にと聞いてみた。

「いや、DEAにクギを刺した。あまり俺のチビ助をこき使うな、とな。俺は去る者は追わんよ」

DEA(麻取)とあの子達の仲は親分も容認してたのでは?」

「バカを言え、程度による。今回は調子に乗り過ぎだ。ファミリーを抜けたとは言え、ブラッドリーは身内だ。俺にとってはな……。その身内に対してどんな事であれ探りを入れようとは余りにも図太い。しかも、ジニーを使ってとなると余計にな」

「ご最もですが、狙ってたのが人見知りの激しいブラッドリーとなると、他に頼るアテが無かったんでしょう。まあ確かに奴らも手柄を立てたいばかりに周りを見なさ過ぎですが」

「だろ?俺が言ってるのは正にそれじゃないか」

「失敬……」

「気にする事はねぇよ」

 続けてダンフォードは、「よお、ナツ。ステーキ焼いてくれねぇか?」と言って、品の良い笑みを浮かべた。


「かしこまりました」

 結局、今日も仕事してんなぁ……。蝉平が少しだけうんざりした気持ちになりながら、キッチンへと腰を上げた時だった。

 シャッターの向こう側から車の爆走する音と、それに伴って何人ものどよめく声。耳を(つんざ)く様なブレーキ音が聴こえたかと思うと今度は--、

「っせぇぞゴルァ!どけぇ!こんの頭にクソ詰まらせたバカ共がぁああ!!」


 興奮したジニーの汚い雄叫び!蝉平は背筋が凍るのを感じた。

「親分マズイ!ジニーが」

「ん。やっと来たか」

「知ってたんですか!?」

「おう、ジェナに話が出来ねぇかって言われてよ」

「ええぇ……、親分」

「平気だ。絶対に傷一つ付けるなと言ってある」

「そういう事じゃなくて!いや、それも確かにそうですがっ……!それでも何とかしないと奴なら店のシャッターをブチ破って来ますよ!!」

 珍しく焦っている蝉平にダンフォードは「はっはっはっ!」と腹を抱えそうにして高笑いをすると、

「それならさっさと開けてやらんとな。いいとも、俺からの特別招待だ。チビっ()を入れろ」


 蝉平がカウンター裏に設置されたスイッチを押すとシャッターが徐々に上がり、内側のガラス戸越しに、黒スーツに革靴を履いた大勢の人間の足と、ジーンズにブーツを履いた足が見えた。ダンフォードの護衛のマフィア達と、ジニーだ。

 そして、今度はガラス戸の鍵を開けに走る。手で開かぬと分かれば奴は自慢のスイス製ハンドガンで破壊するだろう。それは回避したい!

 何とかジニーに破られる前に内鍵を開けて、蝉平はホッとしたが、一瞬の安堵に浸ったのが運の尽きであった。

 勢い良くドアが開いた時、しまったとは思った。しかしその瞬間に、彼は激痛と共に物凄い力で後ろへと弾き返された。

「うおおっ!!」

 バーテン服で床をゴロゴロと転がり、咄嗟に痛みを忘れて素早く立ち上がる。十数年以上も前に卒業したストリートファイトの動作を体はまだ覚えていたらしい。


「ナツ……いい動きだ」

 褒めるダンフォードの瞳はしかし、隣で身構える蝉平では無く、正面で歯を食いしばって憎悪の視線を放つジニーを真っ直ぐに見据えていた。

「よおクソジジイ。とんだ嫌がらせしてくれたなぁ、ボケェッ!!!」

「コラコラ、落ち着けジニー。おいナツ、ステーキをもう一丁、追加で注文だ」

「しかし……」

「俺はお客様だぞ」

 優しい威圧に、蝉平は再び「かしこまりました」と言うのが精一杯であった。

「いらねぇよタコ!昨日食ったわ!……おいジャパニーズ・サマー、お前ぇぜってえ口出しすんなよ。流石に殺すぞ!」

 注文のキャンセルと共に飛んできたこれまた強烈なジニーの恫喝。クタクタになった心と、ズキズキ痛む身体を引きずって蝉平は厨房に入って行った。


 ◆


「あれがお前の三下か……ガタイはいいがビビりやすそうな奴だな」


 フーフー言いながら激昂していたジニーを何とか(なだ)めて自分の向かい側に座らせたダンフォードは、ガラス張りのドアの向こうで手下のマフィア達に囲まれながら泣き出しそうな顔でこちらを見ているモーリスに笑顔で手を振ってみせた。

 モーリスの隣ではジェナが落ち着き払っている。が、その鋭い顔つきには隠しきれぬ心配が浮かんでいる。


「へっ、あれでもブラッドリーと同じ元軍人さ。でも奴の場合は銃を取り上げりゃあ、ただの腰抜けのおっさんだぜ」

「ほう、おっさんなのか」

「おっさんだろ?どう見ても」

「まあ……だな。よくやるよなぁ、こんな場所で」


 厨房から蝉平がステーキを焼く音がジュージュー響いている。


「ジニー、9年ぶりだな」

 取って付けた様なダンフォードにジニーが、

「はあ!?」としかめっ面を向けた。

「なんだよ今更」

「お前があんまり派手な登場をするもんだからよ。今更に思い出したぜ」

「ジジイ、キッモ」

「そう言うな……」

 ダンフォードのトパーズブルーの瞳が少しだけ寂しそうであった。


 ◆


 しばらくしてステーキを持って来た蝉平がついでにと、

「ほら……」

 と言ってジニーの前にワインボトルとグラスを置いて、そそくさと奥に引っ込んだ。後に残された脂の跳ねる心地良い音と、絶妙な焼き加減で調理された肉の香りがダンフォードの食欲を唆る。

「美味そうだ」


 一方、ジニーは無言で頬杖をついて目を伏せている。

「さて、俺は食うぞ。お前も腹が減ったら適当に何か頼めな」

「昨日のはお前の差し金か?」

 お前の気遣いなんぞ受け取らん、と言わんばかりにジニーは夕闇の様に蒼い眼でそっと刺す様に問いかけた。

 ダンフォードは見つめ返して、たった数秒間だけそうした後、持ったばかりのナイフとフォークを静かに置いた。

「差し金?ブラッドリーの事か」

「違う。あたしらの事だ」

「え。それはどんな事だ」

「とぼけんなジジイ、昨日の夜だ!ブラッドリーごとあたしらも始末しようとしたんだろうが」

 ジニーの剣幕にダンフォードは少しの間頭を巡らせた。

「……ああ、なるほど。そういう事か」

「てめぇ……!」

「まあ待て。確かに迷惑はかけちまったのかもしれんが、俺が始末をつけるべきだと思ったのはブラッドリーだけだぞ?お前らを消そうとまでは思わん」

 考えてもみろ、とダンフォードは続けた。

「仮に俺がお前達を殺すつもりでいるなら、店の前に乗り付けた時点で皆殺しにしてる。いや、そもそも昨日の夜の内に行動に移したなら今日の朝まで生かしておかない」

「ほざけ老害。テメェの()り方なんざ知った事じゃねぇんだよ。何してこようが全部返り討ちにしてやるぜ」

 ジニーの眼が再び爛々(らんらん)とした殺意に光った。


「待て!ジニーよしな!!」

 堪りかねたジェナが、周囲のマフィアを振り払って店内に入って来た。振り払われたマフィア数人が慌ててその後を追って来て、ジェナに銃口を向けた。気にする素振りも見せずにジェナは、

「話をするのは私の役目だ。あんたが出るのは話の通じない奴を相手にした時……。今は私の領分でしょ?」

 と説き伏せるように言った。

 ジニーは黙って、やはりテーブルに肘をついて、口元に拳を当てながら無表情にジェナを見ていたが、やがて珍しく自信なさげに眼を俯けた。


「おう、お前らは外せ。(ハジキ)ブン回す幕じゃねえってのを(わきま)えろ」

 ダンフォードが低い声で命じると、手下のマフィア達はジェナに突きつけていた銃を戸惑いながらも懐に戻して、不安そうではあったがすごすごと外へ出て行った。

「すまねえな、ナツ」

 心配して様子を見に来ていた蝉平にダンフォードは一言詫びてから、グラスの追加を促した。

「ジニー、あんたも銃を頂戴」

 差し出された手をジニーはムスッとした顔で見た。

「構うことはねえよジェナ。好きにさせろ」

 穏やかに言うマフィアのボスに、ジェナは安堵した様な、呆れた様な溜息をつきながら手を下ろして、近くのテーブルから椅子を引っ張って来てジニーの隣に座った。

「始めていいか?」

 ジェナが黒髪を掻き上げた。

「おう。だがその前に……」

 ジニーとジェナのグラスに、ワインが注がれた。

「さて、始めるか」

 微笑むダンフォードに対して、ジニーは轟々と燃え上がる嫌悪感を感じていた。

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