#13
「さて、始めるか。俺と何を語らおうってんだ?ジェナ」
テーブルの上に注がれた3つのワイングラスには、穏やかに嗤うダンフォード、落ち着いているジェナ、それから凍てつく眼光のジニーがそれぞれ反射して映し出されている。
「ブラッドリーの事」
分かってるくせに、という呟きと共にジェナが言った。
「あのさ、ウィル。あたしらだってあんたに内緒でDEAとつるんでたわけじゃないだろ?奴らとあたしらがやり取りすんの気に入らねぇ時があんならさ、言ってくれよ。そうすりゃ、あんたも血の海こしらえる手間もなかったろうし、それに……」
ジェナが合間を取って、はっと短く溜息をついた。
「あたしら二重に迷惑さ。ブラッドリーんとこのチンピラには絡まれるし、朝イチでデレクに八つ当たりされるし」
「デレクってのはDEAの若造だったか?」
「そ。怒ってたよ。あいつなりに努力して動き回って、FBIを出し抜くつもりだったのに。まあ、動くのはコイツだったんだけど」
ジェナが隣で不貞腐れているジニーを指した。
「俺が気に食わなかったのは正にそれさ」
ダンフォードがステーキを切るためにナイフを持っていた手でジェナの方を指した。
「さっきもナツと話してたんだ……なあ、ナツ!」
「ええ」と奥の方から蝉平夏の声がした。
「早い話が程度によるって事だ。お前らと麻取の若造のつるみ具合ってのも。お前らを使ってブラッドリーにってのはなぁ……?」
「は……そうかい」
「余計なお世話だ。バーカ」
ジニーが低い声で言った。
「そういうな。お前だって公僕にいいように使われるのは嫌だろう?」
「ああ反吐が出るわ」
「な。あの若造に思い知らせてやったと思ってくれよジニー」
「うっせぇ」
悪態をつきながら、小さな白い手がワイングラスを取り上げた。
「いい躾が出来たって事さ。デレク坊ちゃんにも。ブラッドリーにもな」
「はぁん?なぁにカッコつけてんだジジイ〜ぶっ殺すぞぉ……」
ワインを一気飲みしたジニーが頬を赤く染めていた。目の前にダンフォードがいるおかげで血流が促進されているらしかった。
「ファミリーを抜けるだけなら構わねぇ。ただよぉ、奴に任せてたクスリ関係での金脈がど〜しても惜しくてな」
「莫大な財源だったもんねぇ」
ジェナが遠い目で呟くように言って、
「まあな」
と、ダンフォードが笑った。
「ケェ〜ッ、ジェナがいて良かったなダンフォード。そうじゃなきゃ今頃ハチの巣になってるぜ」
だらりと椅子に体重を預けたジニーが言った。脱力しきってはいても、その瞳だけは、やはり鋭いままダンフォードを見据えていた。
「全くお前は物騒な言い方ばかりする。あ、そうだ。それと……」
ダンフォードが身を乗り出した。
「あんだよ〜やんのかぁ〜?」
「まあ聞いてくれよ二人共。ただの世間話だ。今話した"金脈"のことなんだがな……」
「ほう」
ジェナは興味を示した様だった。
「もちろんこれから回収を済ませていくわけなんだが……どうやらごくごく僅か、ほんの一部だけ他へと流しちまったみたいなんだ。ブラッドリーの奴」
「ほうほう。それで?」
「その流した相手ってのがアルバニア系のグループだって調べがついた」
「へぇ?」
ジェナがワインに口をつけた。
「"あるばにあ"?あーなんか前に一回聞いたことあんな……ギリシャの隣だっけ?」
「そうそう。ジニーよく知ってんね」
そう言いながらもう一口、今度は多めに流し込む。
「……ポーランド人から聞いたべ、昔。それこそクスリの取引した時なんかに」
うわ言の様に話すジニーに、指を組んだダンフォードが一瞬だけ鋭い眼差しを向けた。
「ジェナ、若造に言っとけ。"お前が俺と遊ぶのは10年早ぇ"ってな」
「たはっ……ごもっとも」
眉をひそめ、顔を上げて笑うジェナにダンフォードは頷いて、腕に巻いた時計を見た。
「そろそろいいか?俺も最近は書類の山が喧嘩相手になっちまってよ」
「年食ったな〜、ジジイ!さっさと隠居しろぉ〜!!」
すっかり紅潮した顔でケラケラ高笑いするジニー。こうなると敵無しである。
「ごめんねウィル。忙しいのに大した話でもなくて……」
「いや、俺はこいつの酔った姿が見れただけでも来た甲斐があった。あそこで石像みたいになってる新入りさんに謝っといてくれ。怖がらせて悪かったなって」
店の外ではモーリスが沢山のマフィア構成員に囲まれて、体育座りをして固まっていた。傍にしゃがみ込んだ構成員の一人が見かねた様子でタバコを勧めていたが、モーリスは木枯らしに晒される子犬の様にただただ震えるばかり。
「うわ、おっさん……。顔がみどり色になってんぞ」
「えージェナ、そう?あたしはなんか骸骨みたくなってる気がする」
「ふむ。いずれにしても今際の際といった面構えなわけだな」
散々モーリスをバカにしている2人に便乗しながら、ダンフォードが席を立つ。
「じゃあ、俺は失礼する。このままじゃあ、ここにいるだけで人一人死なせちまいそうだからな」
「オッス、ホントお疲れさん」
「死ね!ジジイ!!」
中指を立てたジニーを、ジェナが「こらこら」と言って手で制しながら宥めるのを尻目に、ダンフォードは満足そうに店のガラス戸へ悠々と歩いて行った。
「あっ、親分。お帰りで?」
蝉平が厨房から出てきてカウンター越しに身を乗り出した。
「おう。手間かけたなナツ。見送りは無用だ。相変わらず美味かったぞ」
「どうも……」
店の外へ出るマフィアのボスの後ろ姿は、微かに寂しさを帯びている様に見えた。
◆
やがてダンフォードファミリー一行の黒い車列が去り、取り残されたモーリスが慌てて店の中に入って来た。
「ああ。モーリスいらっしゃい。怖かったな」
蝉平が同情の苦笑いを浮かべる。
「怖いなんてもんじゃないですよ!いつ心臓が止まってもおかしくなかった!……おい、ジニーやばいよ!俺、顔憶えられちゃったじゃん!!」
「ああん?」と呻いたジニーの代わりに、
「いやまあ、でもめでたく憶えてもらえたと思うよ、タハハッ」
と、ジェナが弁明した。
「めでたく憶えてもらって何の得があるのさ!」
「まあまあ、おっさん落ち着け。そんな泣きそうになるなって!あのダンフォードって奴はちゃーんと道理と分別を弁えてっからさ。安心しな!」
いや、不安だよ!モーリスはそう言いたくて地団駄を踏みそうになった。
「なぁにをわきまえてるってんだぁああぁぁ……。もうろくしてるただのジジイだぁ、あいつぁ〜……!」
ジニーは泥酔酩酊している。
「あー。じゃあ、"金脈"の話を聞かせてくれたのもその耄碌のおかげかもね」
「えっ、ジェナ何それ?お金絡みの妄言を聞かされてたの?」
「違うよおっさん、今のは冗談。確かに金の話だったけど妄言じゃあない」
何か嫌な予感がするぞ……。モーリスは思った。盗賊の親玉の様な笑みのジェナに血の気が引く。
「単純明快な話さ。昨日ブチ殺されたブラッドリーがさ、仕入れてた薬の一部をアルバニア系のグループに横流ししてたんだって」
モーリスの顔がますます曇った。
「へ?それのどこが儲け話なの?ただの世間話じゃん」
バンッ!とテーブルを叩いたのは紅潮した顔に虚ろな目のジニーだった。
「察しが悪ぃなあぁ〜バカハゲモーリス〜」
ジニーの声が響き渡り、店内に流れるジャズの音楽がいい感じにその場を演出していた。
「まあまあ、落ち着きなよ二人共。……おっさん。奴はさ、ああ見えて動きが早いからある程度情報が揃ったらさっさと自分で片付けちまうのさ」
「ああ……うん」
「それなのにわざわざあたしらにある程度絞った情報を教えてくれて、デレクの事もちょっとだけ気にかけてた。つまりさ……」
「つまり?」
「この話に関しちゃ、あたしらとデレクとでつるんでもいいぞって事。そうすりゃデレクの奴はかなり美味しい点数稼ぎになる。あたしらはちょっとした儲けになる--、でしょ?あたしらとDEAの両方の顔を立ててやろうっていうあいつなりの誠意さね」
「でもそれってさ、DEAにそのグループを特定させて、隙あらばそいつらのアガリを奪うって事だろ?」
「奪うとは限らんよ。もしかしたら上手い具合に交渉で済むかもしれない。もしかしたら」
お前、絶対それは期待してないだろ。モーリスが思わず絶叫しそうになった時、またしてもジニーが咆哮を上げた。
「やってられっか〜、このボケェ〜!!」
そしてジェナの肩を掴み揺さぶる。ここまでくると、もうタチの悪いただの酔っ払い。揺さぶられながらもジェナは例によってあやしにかかる。
「分かった分かった。じゃあさ、ジニーこうしよう。ブラッドリーの横流し先はとりあえず保留。で、気が向いたらまずはあたしらで探る。それが行き詰まるまでデレクにも内緒。これでいいっしょ?」
提案する相棒にジニーは何事か喚いていたが、もはや聞き取れはしなかった。代わりにモーリスが意外そうに、
「え?保留でいいのか」
と聞いた。
「ん。今はそんな面倒な事する気も起きないだろうからさ!このお嬢さんも!!」
ジェナは自分の肩をしつこく揺すっていたジニーの額を人差し指でつんっ、と突いた。
「んがっ!」
と呻きながら後ろに大きく仰け反り椅子から落ちそうになるジニーを、たまたま側に来ていた蝉平が咄嗟に支えた。




