第五幕:恐怖の交霊会
やあ、君。何か説明できない事が自分に起こった時、人は可能性の高いものを信じてしまう。
それに固執し、その後は考えないようにする。そうしないと、自分の正気を信じられなくなるからだーー。
第四幕では、屋敷の周りを探索するために門を二人でこえたホームズたちを見た。
ワトソンの四つん這いの尻に足を乗せてホームズは門をこえたんだ。
彼らは一言も口を出さなかった。
広大な庭の中にも霧はあった。
誰もいないように思えた。
でも、ホームズたちの耳に屋敷から男の声が聞こえてきた。話し声がした。
交霊会が始まるのかもしれない。
ホームズたちは足元に気をつけて、屋敷の窓の下へとしずかに走った。
窓から、二人は顔を覗かせた。
その部屋の中央で、男が両手を広げていた。中年男性だ。茶色い短髪には白髪が多く混じり、灰色の髭が口元を隠していて、体はがっしりしていた。真っ黒な紳士服を着てた。
すぐそこには、円卓の台と椅子が複数置かれてあった。囲むようにして、来客たちを座らせるつもりだった。
「お集まりの皆さん。お待たせしました。交霊会パーティへようこそ。
我が友、ハリー・フーディニの舞台のように、奇術を披露はしませんが、皆さんをこれから、不思議な経験、神秘の旅へお連れしましょう。」と男は前口上を始めた。
彼の妻らしいヴェールを頭から被った女が来客たちに会釈して、席につく。彼女は、どこか遠いところを見ていた。
来客たちは、困惑してた。
舌打ちを響かせたものもいた。
「さあ、皆さん。特に、エリク。ジーンのとなりに。君がトリックを見られるようにーー」と男はエリクと呼ばれた男を手で招いてみせた。
「ーーその女の隣はイヤだ。ーー俺は君が謝るものだと思ってたーー俺も謝るつもりだったーー」
エリクは顔を伏せた。
男に言われるがまま、少し離れた席につく。
「君のために、ジーンが準備してくれた。きっと喜ぶーー」それから男は来客たちに握手をしてまわった。
「やあ、ようこそ!君たちは目撃者になる!」
部屋のカーテンが下ろされた。
あたりが一気に薄暗くなる。
円卓の上にはごちゃごちゃした物が置かれて、香が焚かれた。
女は頭からヴェールを被ってて、ブツブツ呟く。皆は両隣りにいる人たちと手を握り合った。
ワトソンはーー早く帰りたかった。
何が起こっているのか、わからない。
ホームズは、とうとうガマンができなくなって、ワトソンの耳元で囁いた。
なぜかって?
あまりにもバカらしいから、笑い出したかったからだーー。
「おい、見たか、ワトソン先生。
アレが交霊会らしいぜ。
バカらしい!
死んだ人間に、
何を聞こうって言うんだろう?
気を紛らわせる程度さ。
ーーなんの役にも立たない。
だいたい死んだ人間は、生きた社会で生活してない。そんな奴らの助言なんて聞くに値しない。ーーバカらしい。頭が飾りの連中をだます方便さ。見てろ、ワトソン。全員でおてて繋いで、ブツブツ言い始めるぜ。
アイツら、少しは考えてるのか。おい、あの丸顔の灰色ヒゲ、太ってるぜ。いいもの食ってるんだろうな。おい、トーストとコーヒーを奢らせようーー」
ワトソンは、ホームズの方を見て、うなづいた。
男が天に祈るように女の肩を抱く。
「ああ、天使たちの声がーー聞こえるーー」と男は喚く。
「霊界のメッセージが、我々の暗い時代を照らしてくれるーー」
男は最後まで言えなかった。
突然、女の目が見開かれた。
そして、彼女の口から予想外の言葉がもれた。
「あるーーは、なんでも。ーー僕の鋭い知性がーー役立つならね。ーーただし占いや降霊術、ーー妖精に関する相談は受け付けない。
あれは知性のない遊びだ。ーー夢中になるヤツのーー気が知れない」
その知性あふれる声を聞いて、卓を囲む皆が目を見開いた。
ーーホームズの目もだった。
女の言葉はだんだんと激しくなった。
「だいたい死んだ人間は、生きた社会で生活してない。そんな奴らの助言なんて聞くに値しない。ーーバカらしい。頭が飾りの連中をだます方便さ。見てろ、ワトソン。全員でおてて繋いで、ブツブツ言い始めるぜ。
アイツら、少しは考えてるのか。おい、あの丸顔の灰色ヒゲ、太ってるぜ。いいもの食ってるんだろうな。おい、トーストとコーヒーを奢らせようーー」それから彼女は静かに語り終えた。
ホームズは、顔色を変えたまま、そこから下がった。
そして周囲を見まわした。
ーーきっと何かがあるはずだったーー。
「あれは、僕の声だったのかーー」
霧はまだ漂っていた。
屋敷は、そこにあったーー。
(こうして、第五幕は交霊会で幕を閉じる。)




