神の視察と街の構造
決戦の朝
黒鉄の鉱山都市ダグダの空はいつも通り鈍色の雲と黒い煙に覆われていた
宿屋の一室に差し込む光は弱々しくまるでこの街の未来を暗示しているかのようだ
俺 相川静はほとんど眠れないままベッドの上で体を起こした
昨夜 俺が部屋のドアを指さしたことで
仲間たちの間で「鉱山都市そのものを兵器として利用する」という
恐るべき作戦が決定してしまった
もちろん俺にそんなつもりは微塵もなかったのだが
(……どうしてこうなった)
もはや何度目か分からない自問自答
答えなど出るはずもない
部屋のテーブルの上では賢者レオナルドが
夜を徹して何枚もの羊皮紙に複雑な図面を描き殴っていた
それは彼がギルドから借りてきたダグダの地下坑道の地図だった
「……やはりこの構造は意図的に作られたものとしか思えません」
「見てくださいこの中央大空洞」
「この真上に街の主要な施設が集中している」
「もしこの空洞の天井を支えるいくつかの重要支柱を破壊すれば……」
レオナルドの目は研究者の狂気に爛々と輝いていた
「街ごとゴライアスを生き埋めにできるというわけか……」
「なんという恐ろしい策だ」
勇者アレクサンダーがゴクリと唾を飲む
その顔には恐怖とそしてサイレントキラーという存在への底知れない畏敬の念が浮かんでいた
聖女セラフィーナは青い顔でその図面を見つめている
「ですがレオナルド」
「そのようなことをすれば街の住民たちにも被害が……」
「もちろんそこまでサイレントキラー様はお考えのはずです」
レオナルドは断言した
「この作戦のキモはタイミング」
「ゴライアスが闘技場に現れるその一瞬を狙って」
「崩落を限定的な範囲で引き起こす」
「そして我々は事前に準備したこの古い排水路を通って安全に脱出する……」
「すべては彼の完璧な計算の上で成り立っているのです」
(してません! そんな計算一切してませんから!)
俺は心の中で必死に叫ぶ
俺が昨日ドアを指さした時考えていたのは
「この部屋から出ていきたい」ということだけだ
排水路のことなど知る由もない
しかし俺の沈黙は仲間たちにとっては絶対的な肯定を意味していた
アレクサンダーが俺の方を振り返る
「サイレントキラー様」
「作戦の概要は理解いたしました」
「ですがこれほどの大規模な計画」
「実行に移す前に一度現場を視察しておくべきかと存じます」
「貴方様のその『神の目』で最終的な確認をお願いできないでしょうか」
(神の目なんて持ってないって!)
俺はもちろん行きたくなかった
外に出ればまた街の人々の重い視線に晒される
何よりゴライアスと鉢合わせにでもなったら心臓が止まる
俺は全力で拒否の意思を示そうとした
しかしその前に俺の腹がぐぅぅぅぅ……と盛大な音を立てた
緊張と恐怖で昨夜から何も食べていなかったのだ
その音を聞いたセラフィーナがハッとしたように言った
「まあ……! いけませんわ私としたことが」
「決戦の前ですものまずは腹ごしらえをしなければ」
「サイレントキラー様すぐに何か温かいものを用意させますね」
彼女はそう言うと部屋を出て食堂の方へと向かった
残されたアレクサンダーとレオナルドは
俺の腹の音を全く違う意味で解釈していた
「……なるほど『腹は減っては戦はできぬ』か」
「我々が焦りすぎていることを無言で諭してくださったのだな」
「ええそして食事をしながら街を歩き自然な形で現場を視察する……」
「敵にこちらの意図を悟らせないための完璧なカモフラージュ」
「さすがです」
こうして俺がただ空腹を訴えただけの行為は
「決戦前の巧妙な現地視察作戦」へと昇華されてしまった
◆
俺たちは宿屋の食堂で簡単な朝食を済ませると
決戦の地となる闘技場へと向かって歩き始めた
もちろん表向きはただの食後の散歩だ
黒鉄の街ダグダは朝だというのにどこか活気がなかった
道行く人々は誰もが俯きがちでその表情は暗い
ゴライアスとの明日の決闘の噂が街中に重くのしかかっているのだろう
時折俺たちの姿に気づいた住民が遠巻きにひそひそと噂話をしている
『あれが勇者様のパーティーか……』
『隣にいるフードの男がサイレントキラーらしいぞ』
『本当にゴライアス様に勝てるのか……?』
その視線にはわずかな期待と
そしてそれ以上に大きな不安と諦めの色が滲んでいた
その空気が俺の心を締め付ける
俺はその重圧から逃れるように視線を地面に落とした
そしてふと足元にある一つの鉄格子に目が留まった
それは地下へと続く古い排水路の入り口のようだった
錆びついてところどころ壊れかけている
(……ここからならもしかしたら街の外に逃げ出せるんじゃ……)
俺はその鉄格子を食い入るように見つめた
ここが俺にとっての唯一の希望の光に見えたのだ
その俺の真剣な眼差し
それを見ていたレオナルドが息を呑んだ
「……排水路……やはりここでしたか」
「私が地図から読み取った脱出経路と寸分違わぬ場所」
「彼は地図など見ずともこの街のすべてを見通しておられる……」
(見てません! たまたま目に入っただけです!)
次に俺たちの目の前に巨大な建造物が現れた
鉱山から掘り出された鉱石を
巨大なクレーンで吊り上げ貨車へと運ぶための選鉱施設だった
その天を衝くような巨大なクレーン
錆びついた太い鉄の鎖
その圧倒的な威容に俺はただ恐怖を感じて立ち尽くした
(でかい……あんなのがもし倒れてきたら……)
俺がその巨大なクレーンを恐怖の目で見上げていると
隣にいたアレクサンダーが感嘆の声を漏らした
「……なるほどこれか」
「これだったのかサイレントキラー様」
彼は俺の視線の先にあるクレーンを見上げた
「闘技場でゴライアスと対峙し彼をこの場所までおびき寄せる」
「そしてこの巨大な鉄の塊を奴の頭上に叩き落とす……」
「これこそが貴方様が思い描いていた『街を兵器にする』という計画の真髄だったのですね……!」
(違います! ただでかくて怖いなあって見てただけです!)
俺の恐怖は壮大な破壊計画の最終確認として誤解された
もはや俺が何をしても何を考えても
すべてが彼らの都合のいい物語のピースとして組み込まれていく
俺はもう諦めた
ただ無になるしかない
俺はすべての思考を停止させ虚無の表情で前を見据えた
その俺の悟りを開いたかのような表情
それが仲間たちには
「決戦を前に精神を極限まで研ぎ澄ませている神の姿」として
映っていたのだった
やがて俺たちは目的の場所にたどり着いた
街の西の端にそびえ立つ巨大な円形の建造物
黒鉄の闘技場
その入り口はまるで巨大な獣が口を開けているかのように
不気味で威圧的だった
中からは血と鉄そして絶望の匂いが漂ってくるようだった
明日正午
俺はここで
あの筋肉の化け物と戦わなければならない
アレクサンダーが闘技場を見上げ決意を込めて言った
「明日この場所が新たな伝説の舞台となる」
「サイレントキラー様」
「貴方様の神話を我々に見せてください」
俺は何も答えられなかった
ただ込み上げてくる吐き気を必死にこらえることしかできなかった
決戦まであと二十四時間
俺の人生で最も長い一日が始まろうとしていた
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