「橋」「ライター」「手袋」
BLです。
きっかけは些細な不満だった。一緒に暮らす恋人が使った物を元の場所に返さないとか、濡れた足で廊下を歩くとか。今日は煙草だった。いつも外か換気扇の下で吸ってくれって言っているのに、あいつはしょっちゅうリビングで吸う。今日は虫の居所が悪かったのもあって、いつもより強く注意した。あいつもそんなに言うことないだろって言い返して、そのうち喧嘩になって、思わず俺はライターを取って外に出てきてしまったわけだ。
雪がちらつく真冬の外。上着は着てきたけれど部屋着とそれだけでは寒かった。息も白く、気温を見るまでも無い。そんなことを考えて、使いもしないライターは持ってきたのにスマホは忘れたことに気が付いた。
俺は近所の橋の下でぼんやりと川を眺める。ライターをこのまま川へ投げてしまえば、あいつは煙草をやめてくれるだろうか。だが、これはいつも煙草より大事にしているもので、手入れもマメにしているのを知っている。確か貰い物だと話していた。
そういえば――話半分に聞いていたせいで、肝心の誰から貰ったものかを覚えていなかった。吸わない俺でも知っている、高価なやつだと分かるライターだ。元恋人からだったら嫌だな、なんて喧嘩して出てきたくせに思う。急に、手の中の金属の塊が嫌になって、俺はポケットにそれを押し込んだ。
何度言ってもやめてくれないとはいえ、俺が言い過ぎたのもわかっていた。そもそも、あいつがリビングで煙草を吸いたがるのは、俺がリビングに居るからだ。自意識過剰な惚気みたいだが、実際にそう言われたのでそうなのだろう。それでも謝れる気がしなくて、帰りたくなかった。寒い。地べたに座って小さくなり、意味もなく川を眺め続けた。
「やっぱりここにいた」
少しして、声を掛けられた。前喧嘩した時もここにいたよな。恋人はそう言って笑う。
「悪かったよ。もうしない。ちゃんと外で吸う、他のことも気を付ける」
そう言って手を差し出されてしまうと、余計に自分が子供じみて感じられた。俺も悪かった、の一言でいいのに、どうしても口が動かなかった。 けれども、そんな内心も見透かしているかのようで、恋人はまた笑った。
「寒いからもう帰ろう、冷えただろ」
「……なあ、」
「ん?」
ポケット越しに、ライターを握り締めた。
「お前がいつも使ってるライターって、誰に貰ったんだ」
元カノか?そうぼそぼそと俺は聞いた。恋人は一際大きく笑って俺の頭を撫でた。
「親父だよ。なんか成人祝いとかなんとか言ってさ。」
「そうか。……俺も悪かった。言い過ぎたのも、これ持って出たのも」
俺はライターを取り出して返した。重たいそれを受け取った恋人は、そのまま俺の手を握る。手袋もしていないのに熱い手は、それだけ俺を探していたのだと分かって照れ臭かった。
「リビングで吸うのはやめてほしいけど、吸うとき声かけてくれよ。そしたら一緒に外出れるだろ」
「いいのか? じゃあリビングで吸う必要もないな」
そう言って笑う恋人の手を握り返す。一服に付き合うのも、相手がこいつなら悪くないと思えた。




