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慟哭

「ちづ…………?」


つぐみはヨロヨロとふらつきながら、まおに近づいて行く。


「ちづ、ちづ……、ちづぅぅぅ――――」


膝を着き、泣き崩れ、それでも両腕でしっかりとちづの木乃伊(ミイラ)を抱き締め、顔を重ねる。

その顔には、止めどもなく涙が流れていた。

水瀬がそっとつぐみの肩に手をかける。

「お姉さま……」

それ以外かける言葉が見つからないみたいな(かお)を、水瀬はしていた。



「なんでこんな真似をする。なんでこんな(おぞ)ましい真似が出来る!」


俺は声を荒げ、まおを責める。そうでもしなければ、やってられなかった。

まおは哀しい顔をして俺たちを見詰める。


「私の父が取り返した時には、ちづ様は既にこの状態でした。責任を押し付けるつもりは毛頭ありません。けれど、これは私がした事ではありません。ちづ様をこの様な御姿にしたのは…………(みなもとの) 頼光(よりみつ)!」


怒りに満ちた声でまおは叫んだ。


「ここに本人が居ます。説明をさせましょう」


まおの言葉に、雷豪が前に出る。源 頼光?


「まお様の仰った通りです。ちづ様の首を撥ねこのようなお姿したのは、私奴(わたくしめ)にございます」


雷豪は右手を胸に当て、深く(こうべ)を垂れる。


「当初は荼毘(だび)に付す予定でした。討ち取ったあとは火に()べ浄化するつもりだったんです。けれど(くら)んでしまいました。そのあまりにも絶大な力に、ちづ様の肉体に残されたその力に。……道満は言いました。『この力の加護があれば、一族の隆盛は約束される。みすみすこれを消滅させるのは、祖先に対する背信だ』と。私はその言葉に抗えなかった。切り取った首を文殊菩薩像の中に入れ、菩提寺に祀ることとしました。我が一族の守護神として」


神妙な面持ちで淡々と述べる。

時代時代で正義は変わる。

いま聞けば到底許容できない言い分だが、当時は一族の存続繁栄は何よりも優先された。

だがそれでも、これは絶対に赦せない!




「源 頼光と云ったな。千年前の人間だ。何故お前がその名をかたる。お前もまおやナギみたいに、千年の時を生きるモノなのか」


前提となる事を確認する。

これを把握しないことには話が進まない。


「この肉体は、百年も生きられません。しかし魂は別です。『金塔』の錬金術で同一の肉体を造り、魂を継げば、永劫の時を生きると同じ事が出来ます。私たちはそうやって、まお様に生かされてきました……」


途方もない話だが、さっき年代の違う二人の『木羽(きば) 茨姫(しき)』を見たばかりだ。

有り得ない話だとは思えない。


そして、別の疑問も浮かび上がってくる。


「お前はまおの(しもべ)なんだよな。なんでナギの陣営にいるんだ?」


ナギと対立する派閥といえども、その陣営に属する意味が分からない。


「あなた方が生まれたから、それが原因です。……樹さん、つぐみさん」


俺たちが生まれたから? 俺たちの存在と、八百比丘尼陣営がどう関係するんだ。因果関係が理解できない。


「順を追って御話ししましょう。先代八百比丘尼が喰らったと云われる竜王の肉の話、聞いていますよね」


以前水瀬が言っていた、五行家から『娑伽羅(サーガラ)竜王』の肉を盗んだと云うあの話か。


「その肉の正体が何だか知っていますか? ……ちづ様の、『へその()』ですよ」


人魚の肉でもなく、竜王の肉でもなく、ちづの肉体だと。

あまりの事実に、俺は眩暈を覚える。


「討ち死にしたタツキ様、彼が握り締めていた御守りに入っていたそうです。それをまお様の御父上が持ち帰られ、五行家で管理していました。母胎であるミク様に繋がっていたそれは、ちづ様、ミク様、そしてタツキ様の存在と深く結び付いています。その方々が現世に現われる時、それを探るセンサーの役割を果たすのです」


そう言えば初めて会った時、ナギは俺に異常な反応を示していた。

あれはナギの内部に存在するものが影響していたのか。


「タツキ様、ミク様の復活は、ちづ様の御首級(みしるし)を通じて分かっていました。だが詳細までは分かりません。それを知る為、ナギさまの力を利用する為、潜入したのですよ。幼き躰に乗り換え、記憶を消して。私と藤原(ふじわらの) 保昌(やすまさ)――正人(まさと)が」


(いにしえ)に、『草』と呼ばれる者達がいた。

敵地に潜入し、そこで生活し、子を生み、その集団の一員となり、長年の雌伏を経て目的を達成する。

こいつはその『草』だったのか。


「その甲斐あって、あなた方の存在を知ることが出来ました。私たちの苦労も報われました」


雷豪は遠い目をする。幼少の頃からの年月は、こいつにとっても決して短いものでは無かったのだろう。


「以上で説明は終了です。他に何かお聞きになりたいことは?」


雷豪は右手を胸に当て、うやうやしく頭を下げる。

徹頭徹尾、執事を演じてやがる。




背景は分かった。ならば次に聞く事は、これだ。


「お前たちの目的は? つぐみの受精卵を狙っていたな。それを奪い、何をするつもりだ?」


俺の問いに、雷豪はまおを振り返る。

この問いに、自分は勝手に答えられないと言わんばかりに。

まおはそれまで閉じていた、その小さな唇を開く。



「ちづ様の、完全なる復元です。魂、肉体、力、すべてが揃ったちづ様の。今ここに、すべてが集まりました。ちづ様の魂を宿す神剣、樹さんとつぐみさんで紡がれし肉体の萌芽、前世より継がれし私に灯る力、それらを併せ、ちづ様を(よみがえ)させます!」


まおの瞳は爛々と輝いている。まるで鬼火のように。


「さあ、ひとつになりましょう」


まおの躰から、(おびただ)しい数の白い糸が吹き出した。

糸は真っ直ぐつぐみに向かって飛んでゆく。

つぐみは神剣を振るい、糸を断ち切る。


「赦さない……。あの子を、ちづを愚弄するのは、赦さない。あの子がどんな気持ちで死んでいったか、解る? 怪異となり、土蜘蛛となり、それでも私達を傷つけず、兄さんの手にかかり死んでいった。あなた達の一方的な暴虐に怯え、私の手にかかり死んでいった。父に、母に、愛する者に殺されたあの子の気持ちが、わかるかッ!」


つぐみは泣いていた。涙を撒き散らしながら糸を断ち切っていた。この悪夢のような運命を断ち切るみたいに。


「これは使いたくなかったのですが……『臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前』!」


まおが空中に線を描き、九字護身法を唱える。

つぐみの足元に格子形の九字紋が出現した。


「道満の術を使うのは不本意ですが……やむを得ません」


九字紋から白い光が昇ってゆく。

その光がつぐみを捕らえる。


「力が……入らない」


つぐみは崩れるように膝をつく。


「お姉さま!」


水瀬が駆け寄り、つぐみを抱きかかえる。



「樹さん、撤退しましょう。ここは私たちにとって分が悪い。この部屋には術式阻害が施されています。脱出しましょう。仕切り直しです!」


水瀬は俺に向かって大声で叫ぶ。

脱出するのに異を唱える気はない。

だがどうやって? ここは地下に位置する。出口は入ってきたドアのみ。

そこは雷豪が陣取っている。相打ち覚悟で、やるか。――俺は身構える。


「聖槍を投げて天上をぶち抜いてください。どんなに小さな穴でも構いません、穿(うが)ってください。あとは私が何とかします」


水瀬の指示が飛ぶ。

何をするつもりか分からない。だがこいつを疑う気は更々ない。


「頼むっ、聖槍『ロンゴミニアド』――モードレッド!」


俺は槍を強く握り、力を溜め後ろに引く。

バネのようにしなやかに腕を振り、全身全霊を込め投擲(とうてき)する。

槍は光の矢となり、天へと昇って行く。


「いっけぇ――、モードレッドちゃん!」


水瀬の声援に応えるように、聖槍は天井を貫く。

ガガガガガという掘削音がけたたましく鳴り響く。

その音が、突然ドゴッという抜けるような音に変わる。

頭上に小さな星空が現れた。


「よっしゃー! 視認出来ればこっちのもの。行きますよっ」


水瀬は俺とつぐみの手を握る。

世界が、変わった。

俺たちは満天の星空に浮かんでいた。

水瀬の空間転移で脱出できた。

透き通るような白い月が、雲から覗くみたいに俺たちを見詰めていた。


「あ―あ。これでお邪魔虫がいなければ最高のシチュエーションだったのにな―」


水瀬は俺をじろりと見る。

勝手にほざけ。今回ばかりはお前に感謝する。

俺たちはゆっくりと大地に着地した。



「ありがと、水瀬。あなたのお陰で助かったわ」


つぐみは水瀬の手をぎゅっと握る。

狂喜乱舞するかと思ったが、水瀬は山麓を見つめ固まっている。


「安心するのは、まだ早いかもしれません……」


いつになく真剣な口調で水瀬は答える。

俺は彼女の視線の先を見る。


何もなかった。ただ暗闇の中、足長山が高く(そび)えているだけだった。

だが水瀬はその異常な嗅覚で、異変をいち早く察知していた。



突然、地面を突き上げるような衝撃が走る。

大地は縦揺れを始め、立っているのも覚束ない。

轟音が響き、山肌から砂煙をあげながら土砂が崩れ落ちてくる。


不味い。こんな時に地震か。


「水瀬、上空に避難させてくれ。このままでは土砂崩れに巻き込まれてしまう」


俺の言葉に水瀬は反応しない。ただ山麓を見詰めている。


「それはちょっと、マズイかもしれません。あれを……見てください」


水瀬は見詰めていた山麓を指差す。

そこに信じがたい光景があった。



山が、動いていた。

2キロメートルの長さの峰が、立ち上がるみたいに、いくつも隆起してゆく。

それに持ち上げられる様に、山が空高く昇っていった。

八本の長い足に支えられたそれは、巨大な蜘蛛であった。

文字通り山のような大きさの本体と、全長4キロメートルの化物が起き上がった。

それは、人間がどうこうできる代物(しろもの)ではない。



「ちょっと、シャレになりませんね」



絶望と云う言葉が、蜘蛛の糸のように俺たちに巻き付いていった。

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