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⒂『批評雑考』
⒂『批評雑考』
㈠
批評の難しさとは、如何に的確に対象を分析できるか、ということに尽きそうだ。それは、確かに、見られる目、ではなく、見る目、である。しかし、これが、どうやって能力になって行くかは、相当な覚悟と心眼が必要となるだろう。
㈡
問題点を変化すれば、寧ろ、視覚の変換点の問題に遡及しそうだ。生まれ持った自身の能力が、見られる目、つまり独創か、見る目、つまり評論か、ということになるだろう。問題は、生まれ持った環境から得られる、能力に、或る程度決定付けられていると言えよう。
㈢
精神論が、此処で、登場する。精神には、見られる目、見る目、両方が存在する。まさに、見る目である批評のことを、雑考として書いていればいる程、精神の不完全性としての、詩的役割が、対象分析に関わっていると思われてならない。何れにしても、批評雑考の大半は、見る目、から現出していると定位して、問題ないと。思われる。




