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第4話 斉藤さんは変わりたい

 夜の大黒天西口商店街で斉藤さんとその先輩である窪田さんを目撃したあの日以来、「ボク」は斉藤さんが窪田さんと一緒に出かけたり、仲良く帰る姿を多く見かけるようになりました。それまでどこか暗い表情をして、スキあらばため息をついていた斉藤さんの表情はどこか明るくなり、笑顔を浮かべて公園へとやって来ることが増えました。


 「ボク」が、公園と同じぐらいの頻度で日中立ち寄る場所があります。西口商店街の途中にある信号を曲がり、飲食店の立ち並ぶ路地をひとつ入ったところにある大黒天神社です。小さな神社の境内には、「ボク」と同じように、この大黒天に住む野良猫たちが思い思いに過ごしています。丸くなってたたずむネコもいれば、毛づくろいに忙しいネコもいます。人懐こく、商店街に人間の知り合いも多い「ボク」は、やはり気まぐれにやって来ては境内を歩き回ったり、境内を掃除している宮司さんの奥さんに近寄っては構ってもらっているようでした。




 お昼を過ぎたころ、「ボク」は境内を出て公園に向かおうとしていました。すると、その「ボク」の姿を見つけて声をかけてくる人がいます。


「あ、ボクだ! どうしたの? こんなところにもいるんだ!」


 その声には、聞き覚えがありました。しかし、声を掛けてきた女性はどこかで見たことのあるような、ないような……? 「ボク」が困惑したような仕草をすると、その横にたつ眼鏡姿の男性――窪田さんが口を開きました。


「ハハハ、斉藤さん、イメチェンしたから気づいてないんじゃない、そのネコ」


「ああっ、そっかそっか、ほらボク、わたしだよ、サナコ」


 そう言って女性は眼鏡を取り出して掛けると、「ボク」に顔を近づけて笑みを浮かべました。そこではじめて、「ボク」はその女性がいつも会う斉藤さんだと気づき、ひとつ鳴き声をあげました。斉藤さんは、先日よりも短くなり、風になびく髪を気持ちよさそうに掻き上げると「ボク」の背中を撫でて言いました。


「似合う? 髪、切ったんだ」


「ボク」は聞いているのかいないのか、大きなあくびをすると斉藤さんの顔をまじまじと見つめましたが、いつもの斉藤さんと違うからか、


「ニャアア?」


 そう鳴いて、不思議そうに首をかしげました。




「人事のマネージャーとしては、こういう話を肯定的に聞くことが良いことなのかはわからないけど、サナコちゃんがやりたいことが明確にあるんだったら――、俺個人としてはトライしてみてもいいんじゃないかなと思うよ」


 レストランでハンバーグステーキを待つ間、斉藤さんは窪田さんの話に何度も頷きながら、窪田さんのことをじっと見つめていました。窪田さんは話し終えると、手元の水を飲み干して斉藤さんに訊ねます。


「そういえばこの前言ってた、さっきのネコとそっくりっていう――」


 斉藤さんはハッとして、手元のスマホを取り出して写真を探すと窪田さんに見せました。


「この子です」


「おぉ! ホントだ、良く似てるね」


 窪田さんも、斎藤さんのスマホを覗き込みます。それは、斉藤さんが子供の頃に自宅で飼っていたというネコ――「ボク」の姿でした。


「本当に大好きだったんです、ボクのこと。家に帰るといつも走ってきてくれて、わたしといつも一緒にいた……でも、ずっと元気だったのに、雪が降ってる寒い冬の日に死んじゃったんです」


 窪田さんは、「ボク」の写真を黙って見つめていました。斉藤さんはスマホを受け取ると、運ばれてきたハンバーグにナイフを入れました。立ち上った湯気が収まると、先程の神社での光景を思い出すようにしみじみと話し始めました。


「わたしだけかもしれないというかわたしの勝手な思い込みですけど、最初に公園で会った時に、ボクにまた会えた気がしたんです…しかも、掃除のおじさんに話を聞いたら、街の人にボクって名前で呼ばれてるって…そんなはずないんですけど、わたしにしてみれば、あの子はボクの生まれ変わりなんです」


 斉藤さんはハンバーグを一切れ口にすると、少し物悲しそうな顔をしました。


「今は、仕事もつらいことが多いですけど、ボクに会えると思ったら元気が出るんです。ボクと会ってから色々とあったけど、新しく動き出したことも多いですし。…でも」


「でも……?」


「もし、新しい仕事が決まってペンギンテーブルをやめることになったら、ボクに会えなくなるのが……それは、悲しいですね」


 斉藤さんは会社を辞めること自体は決意がついていても、「ボク」と会えなくなる寂しさを口にしました。窪田さんはハンバーグを黙々と食べていましたが、斉藤さんの顔を見ると真剣な表情で口を開きました。


「そうだね…でも、サナコちゃんが決めたことなら、準備はしていかないといけないね」




 その日からしばらく、斉藤さんは公園へ姿を現すことはありませんでした。「ボク」は一度、大黒天西口商店街を急ぎ足で走っていく斉藤さんを見かけましたが、お昼時の公園に現れる機会はめっきり減っていきました。




 それから2週間ほど経ったある日、斉藤さんはいつかのように、スマホを片手に誰かと電話をしながら公園へと現れました。


「斉藤です。はい、はい…えっ、本当ですか!? …ありがとうございます! はい。はい…えっ? 今日!?」


 斉藤さんはバッグから手帳を出すと、慌ただしく手帳を捲りました。一瞬、斉藤さんは言葉に詰まったようでしたが、厳しい顔で二度うなずくと、電話口の相手に答えます。


「…分かりました。18時…大手門駅ですね」


 斉藤さんは通話を終えると、心配そうな顔で近づいてきた「ボク」に訊ねます。


「ねぇ、ボク、どうしよう…どうしても行きたい会社の最終面接に呼ばれたんだけど、18時から大手門の駅まで来てくれって…会社が19時まであるのに…どうしよう」


 そういって斉藤さんは、頭を抱えました。「ボク」は、斉藤さんが今何に困っているかを知る由もありません。斉藤さんの座るベンチの周りをぐるぐると周っていた「ボク」は、ピタリと斉藤さんの前に座り、斉藤さんの顔を見つめました。


「ボク…?」




<つづく>

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