中学生編④便器にかきたま汁
ニーナからの手紙を読み終わった僕は左手で口元を隠した。
もう一度読み返そうと思ったけどやめた。余韻に浸りたかった。そんな僕の様子を5番目のカウンセラーは無表情で観察するような目つきで見ていた。
胸が高鳴った。
うん。
これは…同類だ。
この文章は同類だ。
間違いない。
僕と同じだ。
「この手紙書いた人は、僕と同い年だっけ?」
「まぁ…そうですね」
カウンセラーは僕の手元をじっと見ながら答えた。
すごい。ちゃんといるんだ。存在しているんだ。自分と同じ性犯罪被害者が。ゴミみたいな目にあって、ゴミみたいな扱いされているのが自分だけじゃないんだ。
そして喜びも束の間、僕はどんどん不安になり始めた。そっか…この手紙には
“返事を書かなければいけない”
という大事なことに気がついた。
僕は守護天使サリーとしてニーナのために言葉を紡がなければいけない。そう考えたら胃の食道あたりが重たくなった。
もう一度ニーナの手紙を読み返した。さっきまで共感していた文章が急に共感できなくなった。
返事に困った。なんて書けばいいか分からない。
『そうだよねニーナ。僕もレイプされたよ。そうだよ分かるよ苦しいね』みたいなことを書いてしまったら、それこそ自分が拒絶したカウンセラーと変わらなくなってしまう。オウム返しされて共感されたところで現実は変わらないし、むしろ分かった気持ちになられるのが1番ムカつく。
性犯罪にあった自分だからこそかけれる言葉を送りたい。でもその答えが分からない。
どんどん眉間に力が入り、貧乏ゆすりが止まらなくなった。分からない。ムカつく。
その時ブフォと目の前から噴き出すような笑い声が聞こえた。
5番目のカウンセラーだ。
僕は眉間に力を込めたまま「なに?」と強く言った。
カウンセラーは手で口を押さえ、肩を振るわせていた。笑っている。
「すみません…伊織さん…手紙…手紙…裏面…」とヒィヒィ息苦しそうに言った。
その時カウンセラーは初めて僕の下の名前を読んだ。ふいに呼ばれた名前に胸がドキっとした。
「は…なに裏面?」
僕はニーナが書いた手紙をゆっくり裏に返した。
真っ白な手紙の裏面、右下に可愛い丸文字がちょこんと書かれていた。
『生卵かけご飯を食べました。
30分後気持ち悪くてトイレで吐きました。
かきたま汁になって出てきました。
万物流転とはこのことである。』
は?
少しため息をつき、文章から情景を想像する。
便器にかきたま汁…
ふわふわになった卵…
「はぁ!?」
そう言った僕の口角は間違いなく上を向いていた。
この女…ニーナ…何者だ…。
いや…馬鹿…馬鹿だよな。
僕膝上に乗っている小さな茶髪の女の子は、のほほんと微笑んでいる。
こうして僕サリーとニーナの…性犯罪被害者による守護天使セラピーが幕を開けたのだった。




