第12話:新たな事実-3
店内に入った僕たちの目に飛び込んで来たのは煌びやかな衣装に包まれた買い物客と、布の森を作り出すほどの服の山だった。
どれもこれも職人の手で一つ一つ丁寧に作られている……と思うが、あいにく僕には服の知識なんて皆無だ。
服の名前だってろくに知らないのに、なんでこんなとこ来てるんだよ。と突っ込まれそうだが、女性はお洒落が大事らしいので僕なりに決心してきたのである。
そして、服について分からない僕が取る行動はただ一つ……店員さんに丸投げだ!
というわけで軽い足取りで体のラインが浮き上がるほどピチッとしたスーツを着た店員さんにお願いし、イオスは必死に抵抗するも、着せ替え人形のようにどんどん着替えさせられていく。
「ちょ……誰か助けてください!」
「ダメですよー、せっかく可愛いんだからお洒落しなきゃ!」
「そうだよ、イオスは綺麗なんだからお洒落したらもっと輝くよ。」
「えっ、それって……」
顔を赤く染め恥ずかしがるイオス。
だが、照れ隠ししようと俯く彼女に店員さんは一切容赦しない。
早着替えでもしたかのような速度で試着室から現れた彼女は、どこぞの令嬢かのように美しく着飾っていた。
濃紺のオーバーオール─胸当てをバンド状のもので吊り下げた服─に青紫色の長髪を束ねる白翼の髪留めの彼女は、とても冒険者のようには見えなかった。
いやまぁ、私服の時点であんまり見えなかったんだけど……尚更貴族とは思えない格好に少し驚きつつ、もし彼女が貴族でなければ……僕に着いてこなければこんな未来も有り得たのだろうか?
「どうしたんですか、そんな顔をして?」
「僕、そんなに酷い顔をしている?」
「えぇ、そんな顔じゃせっかくのデー……オホン、お出かけが台無しですよ?」
どうやら顔に出てしまっていたらしい。
せっかくの休みに、僕は何をやっているのか。
散々心配をかけておいて、さらに心配させるのか?
パーンという破裂音を響かせ、頬を赤く染めた僕は悩みを切り捨てるように動き出す。
「店員さん、あと2、3着ください。他にも似合いそうな服があれば追加でお願いします。」
「えっ……クロウ、私は別にいらな……。」
「いいえ、年頃の乙女なんだからお洒落ぐらいしてください!」
「で、でも……。」
狼狽えるイオスを遮り、剣に生きてきた乙女を店員さんが着飾っていく。
本人は困惑しているが、なんの問題があるというのか?
おそらく、皇族の僕以上にイオスは自由に生きられなかったはずだ。
いつから僕のそばにいたか、それすら思い出せないほど昔からそばにいた彼女を縛るものは迷宮都市にはない。
ここにいるのは少年と少女、そしてそれを温かく見守る女性店員さんだけ。
「フフッ、まるで姉弟ですね。」
「アイリスさん……それなら、手のかかる姉には困ったものだね。」
「仲睦まじいのは、羨ましい限りです。私には苦楽を共にする姉妹はいませんので。」
どこか寂しそうに話しかけてきたのは、僕らが泊まる宿【炎翼の獅子亭】の給仕をしているアイリスさん。
彼女と話したのも、久しぶりに感じられる。
たった数日話していなかったのに久方ぶりに感じられるのは、おそらく数日前の事件があまりにも濃密だったからに違いない。
「こうして話すのも、久しぶりですね?」
「えぇ……普段は女将さんにシバかれるのでなかなか話せないんだけど、今日は休みだからかなぁ……。
ところで、どうして君は悩んでいるのかな?」
彼女の何気ない一言に言葉がつまる。
彼女にとって、少し気になって聞いてきただけとは思うのに……上手く話すことが出来ない。
彼女に話していいものか?
そんな風に失敗ばかり考えている自分に気付き、情けなく思ってしまう。
冒険者なのに、失敗ばかり考えている?
僕がなりたかったのは……憧れたのはこんなものだったのか?
違うだろう!?
自らの手で手繰り寄せるのが、失敗を恐れないのが冒険者であり、英雄だろう!?
「彼女は……僕に着いてきて幸せだったのでしょうか?
僕は彼女の運命を変えてしまったかもしれない、幸せな人生があったのかもしれない。
それが、どうしても怖いんです。」
意を決して、恐る恐るアイリスさんに尋ねる。
アイリスさんは指を柔らかそうな唇にあて、少し考えたかと思うとキッパリと告げる。
「うーん……別に君が気にする事はないと思うよ?」
「……っ、どうしてですか?」
「だって、本当に嫌なら着いてきてないと思うよ?
貴族の暮らしは確かに素晴らしいものかもしれない。
だけどね、暮らしが豊かだから幸せって訳でもないし、死と隣合わせだから不幸だ。って言い切れるものでもないよ。」
食い気味な僕に、淡々と述べる彼女はどこか達観しているように感じる。
おそらくこの人は……幸も不幸も多く味わって来たのだろう、そんな風に思えてしまうぐらいには僕らのことなんて些細なものと思っていそうだった。
もっと話したい、そう思ったがイオスが駆けつけて来たのでその望みは儚く散る。
「クロウ、お待たせー!」
「愛しの彼女が来ちゃったね。
それじゃ、もう行くね?何かあったら相談に乗るよ、あのアホに話せないことがあったら、遠慮なく言っていいからね?」
「い、愛しの彼女じゃないですし!
……その、ありがとう、ございます。」
「いいってことよ。」
慌てる僕を見て苦笑したアイリスさんは、手を振るだけでこちらを見ることはなく去っていった。
だけど、少し話を聞いてもらってスッキリした自分がいる。
もっと、誰かと話していたい。
そんな些細な願いを胸にしまいつつ、イオスの愚痴に耳を傾ける。
「それでね、着せ替え人形じゃない!って言ったんだけど聞いて貰えなくって……。」
「あはは、きっとイオスが色々似合ったからだよ。」
「それならいいけど……。
私、ゴリラみたいに鍛えているし、食い意地だって……正直、お洒落なんていつも渡されたものを着ていただけだからどうしたらいいのか分かんなかったし……。」
店員さんおすすめの服が入った紙袋を手に、彼女はシュンとなってしまう。
僕だってよく分からないさ、その言葉に彼女はハッと顔をあげ、ご自慢の腕力に任せて僕を抱きしめる。
「もう、恥ずかしかったんだから!」
「ちょ……ギブ、息が……。」
抱き着かれた僕は彼女の腕力に勝てず、柔らかい人肌と花のような香りに包まれ意識を失いそうになる。
イオスが人前だということを思い出し、サッと離れてくれなければそのまま天に召されていたかもしれない。
そんな息も絶え絶えだった僕だが、イオスに目をやると赤くなりながらも大事そうに紙袋を持つ彼女と、ヤレヤレといった感じで慰めてくれる店員さんたちが視界に飛び込んでくる。
やがて、落ち着いた彼女は僕の隣に来たかと思えば、柔らかい感触が手にそっと触れる。
「それじゃ、帰ろっか?」
「はい。」
「イオス、その……これからも、一緒にいてくれ。」
「──はい!」
差し出された手を握り、僕らは繋ぎあって店から歩み出す。
その顔は双方とも弾けんばかりの笑顔であった。
二人を見て叫びながらこちらへ向かってくる少女、笑う護衛騎士、共に事件に立ち向かった者達に空いている左手を大きく振る。
迷宮都市は、束の間の平和を青空に彩っていた。
──────
迷宮都市の一角の建物。
迷路のような小道を進んだところにある商店。
廃墟を連想させる小汚い外装。
天井や壁にはカビが生えており、鉄の匂いが鼻をつんざくここは人が住める環境とは思えない光景が広がっている。
そんな建物の中の一部屋で、狼の獣人は飢えに苦しんでいた。
傷だらけの肌を隠すように布切れが1枚、彼女を包み込む。
頭部と四肢を部分的に覆われた少女はくすんで垂れた尻尾を撫で、寝た体勢から体を起こす。
深紅の輝きを放つ虚ろな瞳は真っ暗な天井を見上げ、喉からは掠れた声が綴られる。
「誰か……助けて。」




