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世界の音を、君はまだ知らない  作者: 此崎 りつ
一章 学園生活編
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1-5 風の知らせ

メルバとハンナが木の実とキノコ、それといくつかの木の枝を小脇に抱えて戻ってきた。

本当はもっと早く戻る予定だったが、ハンナがグローペッパーの木を見つけ、拾っていた。

ハンナ曰く香辛料になるらしい。


「メルバー、ハンナー、見てよこれ!もう既に美味そうじゃない?」


エバンが大きな声で呼びかける

鍋は海藻でとった黄金色のスープがゆらりゆらりと湯気を立てて食材を待ち構えている。


「すごい。本当、もう美味しそうなスープになってる。何をしたらこんな綺麗な色になるの?」


ハンナは光輝くスープの色に感動している。


「でしょ、でしょう?美味そうでしょう? ここは塩分濃度が高い湖だから海藻が豊富なんだ。だからそれを煮込んで出汁を取ったんだよ。 ルーシーが」


エバンは指で風を操り火加減を調整しながら快活に言った。


「これくらいならキノコの味を邪魔しないだろうしね。もうキノコを入れて大丈夫だよ」


「すごーい、ルシエル。何でも知ってるのね」


ルシエルの肩に触れそうな勢いで肩を寄せながらメルバは熱い視線を送っている。

ルシエルはピクンと小さく身体を震わせ半歩下がった。


「小さい頃家族で来たことがあるんだ。その時は食材や調味料なんかは持参してたけどね。

でも、父さんに湖のことは聞いていたから、それを思い出しただけだよ。ところで、ハンナの持っている枝は何?」


メルバはルシエルが自分を見ていないことに気づき、ハンナの抱えている枝を素早く抜き取り、


「この枝は香辛料になるの。木の皮を剥いて枝でかき混ぜると独特の旨味が出るのよ、ねえハンナ」


「う、うん」


「へー、知らなかったよ。早速試そうよ」


メルバはルシエルから離れず楽しそうに鍋を見ている。

ハンナは下唇を少し噛み、持っていた木の実に目をやった。


「じゃあ、オイラたちは木の実を割ろう、ハンナそれもらえる?」


「う、うん」


エバンはハンナと一緒に平らな石の上で木の実を割っている。

エバンはなかなか手先が器用で失敗することなく綺麗に割っている。一方ハンナは、叩いた実がポーンと飛んでいってしまう。

上手に出来ないでいるとエバンがにこやかに


「焦らずやればいいよ。ゆっくりやれば飛んでいかない。そういえばハンナってどこから来たの?」


「えっと、クレイフォードにあるミルフォード谷っていうところ」


「ミルフォード谷知ってるよ。あそこの雉肉は格別なんだよなぁ。あぁ、また食べたいなー」


「ヒルティくん、谷に来たことあるの?」


「エバンでいいよ。そうそう、小さい頃に家族で通りがかってさ、オイラが腹減ったーって騒いでたら知らないおじちゃんが庭先で焼いてた肉をくれたんだ。

あの味忘れらんねえなあ」


ハンナはメルバのことを横目で何度か見ていたので、エバンの話があまり入ってこなかった。


こうしてルシエルたちはこれがなかなか、他のグループからも味見を求められたくらい見た目も美しい、まるで山小屋で出てきそうな

キノコたっぷりのスープに仕上がったのだった。


*  *  *  *  *


課外授業も終わりを迎え、各自片付けをしている時、エバンがいつになく真剣な面持ちで囁いた。


「遠くで風が暴れている。グレイサン先生、急いで谷を出た方がいいかもしれないっス」


「ん?どうしたんだ、急に、まだみんな片付けが終わっていないぞ、天気が急変するにしてもその予兆は見られないが」


「なんか、風が騒いでいるっス」


エバンは理由は分からないが早くこの場を出た方が良いと訴えている。

ルシエルは内心、また風か。と思った。

生ぬるい風が吹き、湖畔の木立がわずかに騒めく。

鳥は慌ただしく飛び立ち、近くにいた小動物もいつの間にか姿を消していた。


「もしかしたら竜かも・・・」


ルシエルと一緒に荷物を片付けながら、ハンナが肩を振るわせて空を見上げている。


一瞬あたりに闇が降りかかり、湖畔の水面が小刻みに揺れている。

頭上に大きなものが飛んでいる。大きな翼が太陽を隠すように広げられ、長い尻尾は左右に揺らいでいる。


「竜だ!竜が来た!」


エバンが最大出力で叫ぶ、竜の存在に気付いた生徒は恐怖に慄き割れんばかりの悲鳴をあげていた。

グレイサン先生は冷静に生徒たちをひと塊りに集めている。

竜は1回2回、狙いを定めているかのようにゆっくりと旋回しゆっくり上昇した。

ここは竜害の少ない地域のはずで、数年に一度まとまって飛翔してゆく程度であるが、何故か今単体で停滞している。

大きさからして子竜だろう。もしかしたら迷い込んだのかもしれない。しかし、たとえ子竜とは言え脅威であることに代わりはない。

メルバは混乱しルシエルの腕にしがみつき、皆の集まる方へルシエルをも動かした。

ルシエルの視界に何か塊りが入った。それは、恐怖のあまり血の気が引いてその場で慄き動けないハンナであった。

グレイサン先生はひとまず防御結界を張り、一人動けないでいるハンナに早急にこちらへ来るよう叫んでいる。

防御結界を張りながらの攻撃魔法は物理的に不可能だ。ハンナを助けに行けば結界は解除されてしまう。

ハンナが自力でこちらへ来てくれることを願い結界は薄めに張ってある。しかし、これでは対竜防御としては甘い。

強くすればハンナを入れることは厳しくなってしまう。


竜はすべての空気を支配しこちらに向かって急降下してきた。

竜は全身硬い鱗で覆われているためあらゆる攻撃が効かず、むやみやたらに攻撃しても意味がない。

唯一の急所は後頭部であるゆえに狙いが定めにくく、まして動いているものにピンポイントで急所を射抜くのは至難の業だ。

生徒たちを守るため、グレイサン先生は攻撃に転じるべきか苦慮していた。

仮に結界を解いて攻撃したとしても一撃で倒せるほど竜は脆弱ではない。

そして、再度防御結界を張るには時間を要する。

グレイサン先生に一刻の猶予もない決断を迫られたその時、ルシエルは結界を飛び出し走りながら詠唱を唱えた。

ハンナの前方、湖面が波打ち、そのまま盛り上がり一枚の氷壁を作った。

少しでも時間が稼げればそのうちにハンナを救出できるはず。

子竜は氷の壁に激突し、大きく羽ばたき再度向かってくる。今度は氷に足を向けて翼で速度を緩めることなく着地体制のまま向かってきた。

先ほどの一撃で氷に亀裂が入り、このままでは持たない。

ルシエルは震えるハンナを抱き寄せ安全な場所へと向かい出した。

「大丈夫。大丈夫」とハンナに言い聞かせて小石を蹴りながら走る。

子竜は轟音を撒き散らしながら氷壁を打ち破り咆哮した。

そして二人に向かい突進してくる。人間の足では竜の速さには敵わない。再び黒い影が二人に覆い被さったその時、


「ルシエル、氷だ!氷を作れっ!」


結界を飛び出したエバンが叫び、ルシエル達に全速力で向かっていた。

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