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5-7 継がれる意志

整然と物が並ぶそこは倉庫のようだ。

様々な薬品の匂いが鼻腔を刺激する。


──「ここは……?」

 

「えっと」

 

ルシエル達はとっさに呼ばれた方へと向かい、扉の中に入っていた。

しかし、本当にこれで良かったのだろうか? 

三人は警戒心を持ったまま声の方を向いた。

 

「大丈夫。いなくなった」

 

幼い感じの声が暗闇から聞こえた。ルシエルは眉根を寄せながらそちらを伺った。

出てきたのは少年だった。

小麦色の肌から、一本抜けた前歯がのぞいている。

愛嬌のある笑顔でこちらに近づいてくる。

 

「ねえ、君、ルシエルだろ?」

 

「えーっと、君は……」

 

過去の記憶を引っ張り出した。それも奥の方にあるものを。

 

「もしかして、ミロ?」

 

少年は口角を持ち上げこくりと頷いた。

 

「誰かわからなかったよ。大きくなったなあ」

 

ルシエルはハンナ達に向き直った。


「あ、この子はミロ。昔よく遊んだんだ。ところで、ミロ。ここって……」


「父ちゃんの工房だよ。さっき森に入って行くところを偶然見かけたんだ。ねえ、さっきのあれ、どうやったの?」

 

「さっきのあれ?」

 

三人は顔を見合わせ、首を傾げた。

 

「ほら、なにかパパッと振りかけたら突然消えてさ。ねえ、あれは魔道具?」

 

「ああ、あれはシャルの、彼女が作ったんだ。彼女、魔道具作りの天才なんだよ」

 

「ちょっと、ルシエル言い過ぎよ」

 

シャーロットはルシエルの肩をポンと叩くが、まんざらでもない表情をしている。

 

「いてててて」

 

「あ、ルシエル、すごい血が出てる。大丈夫?」

 

「忘れてた。さっきやられたんだった。思い出したらすごく痛みが出てきた」

 

ハンナがルシエルの傷口に手を当て、詠唱を唱えた。

 

──「傷つきものに安らぎを。命の巡りよ、大地の理へ還れ」

 

ハンナの手のひらからぼんやりと光が生まれ、ルシエルの開いた傷口がみるみるうちに塞がれていく。

それをみた少年ミロは口を大きく開けて、ハンナの手を見た。

 

「すっげぇ。治癒魔術だ。本当に傷がなくなってる。いいなー。格好いいなぁ」

 

「えっと、助けてくれてありがとう」

 

ハンナはミロに向かって微笑んだ。

ミロは頬を掻きながら、エヘヘと下を向いた。


「ミロ、友達か? おや?」

 

奥の扉から出てきた男は、髭を触りながら目を細めている。

 

「もしかして、ルシエルか?」

 

「はい。お久しぶりです。トビアスさん」

 

トビアスと呼ばれた男は、声を聞いた途端顔が崩れ、身体を震わせた。

そして、大股で歩み寄り、ルシエルを強く抱いた。

 

「ルシエル。元気そうでよかった。そうか、そうか」

 

トビアスは嗚咽を漏らしながら、ルシエルの頭を撫でた。

 

──「あれから、どうしてたんだ? ミレイユさんやロザリーは? それと、セドリック先生はどうした?」

 

「母さん達はセルドーって街にいるよ。

僕は去年から、アーク・ヴァルティア学園にいるんだ。

寮生活だから、別々だけどね。

父さんは……」

 

ルシエルは一瞬言葉を止めた。

 

「……もういないんだ」

 

重たい空気が部屋を支配した。

沈痛な面持ちをしたトビアスは手で顔を覆い、大きく息を漏らした。

 

「……そんな。何故先生が……。

ルシエル、何もしてやれなくてごめんな。

あの時、助けてやれなくて……」

 

「そんな、トビアスさんが謝ることじゃないから、顔をあげてよ」


トビアスは力なく顔をあげた後、ハンナとシャーロットの方を見た。


「そこにいるお嬢さん達は、同じ学園の子なのか?」

 

「うん。訳あってここまで手伝いに来てくれたんだ。

あ、こちらはトビアスさん。魔道具作りの職人で街一番の腕を持つ人なんだ。

それで、こちらがハンナで、こちらがシャーロット。

彼女も魔道具を作っているよ。今日も助けられたんだ」


ルシエルが二人を紹介すると、ハンナとシャーロットはトビアスに一礼をした。

ミロはハンナの隣に座り、顔をじーっと眺めている。

 

「手伝い?」

 

「うん。本当は、もう、ここに来ることはないと思っていたんだけれど、クリストフが残してくれていたんだ。父さんのものを」

 

そう言ってルシエルは鞄から一冊の手帳を取り出した。

見ると、何故かぼんやりと光が漏れている。

同時にトビアスの首元からも光が漏れ出した。

それに気づいたトビアスは首元に手を入れた。

取り出したものは白く光る魔晶石のネックレス。

 

「父ちゃん、なんでそれ光ってるの?」

 

「分からん。今までこんなことはなかったな。

ああ、そうか。もしかしたら、セドリック先生の物同士共鳴しているのかもな」

 

ネックレスを手帳に近づけると、お互いが呼び合うように光が揺れだした。

 

「トビアスさん、それ」

 

「ん? ああ、これか。以前魔力中毒になった時に、セドリック先生に作ってもらったものだよ。

先生がいなかったら、今頃俺はここにいなかっただろうからな。本当、先生には感謝してもしきれないんだ」

 

ルシエルはそのネックレスに似たものをどこかで見たことがある気がした。

しかし、あまり深く考えずに手帳を開いた。光の場所を探して。


ページを開いた瞬間、空気が変わった。

光は“滲む”ように広がり、

描かれていたはずのない線が浮かび上がる。


「……なに、これ」


魔法陣は、完成しておらず、円の一部が欠けている。

まるで――何かを待っているように。

 

*  *  *  *  *

 

──その頃、

木剣のぶつかる乾いた音が、まどろむ朝の空気を変えた。

二人の息遣いが交差する。エバンはここに来てから欠かさず鍛錬を続けている。

 

「よし、朝飯にしよう」

 

「はいっ」

 

上着を脱いだエバンの身体からは湯気が立っている。

習い始めに受けた痣や擦り傷はだいぶ消えてきた。

 

──(ルシエルたちは何してるんだろうなぁ)

 

息を弾ませながら遠くを見つめる。

エバンは視線を手のひらに戻し、そして力強く握りしめた。


「なぁ、エバン。飯食ったら出かけるぞ」

 

「どこに行くの? あ、もしかして食材買いに?」

 

「まぁ、行けばわかるさ」

 

伯母のカレンと、アイリスが用意した朝食を静かに食べた二人は、支度を始めた。

 

怪訝な顔をしながらリカルドの後につくエバン。その手には斧がある。

急斜面を登り、岩を越える。

険しい道のりを歩くこと一時間。

リカルドが足を止めた。

遠くで何かが動いているのが見えた。

 

「冬の間は活動が鈍いはずの魔獣が、最近活発化している奴がいるんだ。

このままだと村に被害が出るから、エバン行ってこい。安心しろ、ちゃんと援護はしてやるから」

 

「もしかして、あそこにいる奴? え? 

 オイラがひとりでやるの? そんなの無理だよ。第一、どんな魔獣なのかも知らないんだ」

 

「ああ、そうだったな。モルグリスだ。

知ってるか? 奴は魔力で気配を消すから、気づいた時には、身体が真っ二つ――なんてこともある。

だから気をつけろよ。

なに、大丈夫さ。お前だって風の使いだろ? 自信を持て。さあ、行ってこい」

 

「オイラ、まだ一言も発してないんだけど……それに、それ……、援護する体制じゃないじゃん」

 

リカルドは大きな木に寄りかかりながら、腕を組んだ。その顔には笑みさえ浮かんでいる。

 

「……。」

 

「ああ、もう。分かったよ。行けばいいんだろ? 行けば」

 

キンと金属音を立てた斧を担ぎ、エバンは森を進んだ。

言葉とは裏腹に、鋭い目を森に向けて。

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