5-6 森は見ていた
息を殺し、ただ真っ直ぐに歩いた。
森の奥深くまで。
ここまで来れば、誰にも見つかることはないだろう。
──そう思ったとき、寒気を覚えた。
冷たい空気が頬に当たる。
見ると、三人の輪郭がじんわりと色づき、元の姿に戻ってきている。
「すごいな。本当に消えてた。どういう仕組みなんだこれ? シャル、天才だよ」
「それは嬉しいわ。けど、いろいろと改良点はあるんだけれどね。それと、そのまま繋いでいてもよくってよ」
シャーロットはいたずらに微笑むと、ルシエルとハンナは慌てて手を離し、俯いた。
静かな森の中、鳥の鳴く声だけがやけに大きかった。
三人は気を取り直して、捜索範囲の絞り込みを開始した。
そして、シャーロットの魔導具で手掛かりを探す。
そもそも、ここに何かがあるという確証はない。
しかし、クリストフの手紙の意味が、ここにあると思いたい。
ルシエルは望みをシャーロットの魔導具に託した。
広範囲を捜索しているが、一向に反応がない。
ならば、次のブロックに移動する。
そして、各ブロックを片っ端から捜索していると、かすかに魔導具が光り出した。
「何かあるわね」
シャーロットは手に持つそれを付近にかざしてみた。
すると、木の幹から反応を示している。
腕を動かすと、頭上の方に強い反応が見られた。
見上げると、枝に魔石らしきものがぶら下がっている。
「なんだろう? 結界を張っているのかな?」
ルシエルは緑色に光る魔石を眺めた。
やがて、それは青色に変わった。
ただ、ぼんやりと光を放っているだけなのに、妙な視線を感じた。
「何かは分からないけど、誰かが意図的に設置したのは間違いないわね。一応、用心しておきましょう」
ハンナは頷き、森の地図を書きこんだノートに記しを付ける。
そして、三人は別の場所へと移動した。
その後、何か所かで同じ魔石を発見するが、他に反応を示すものはなかった。
反復作業にそろそろ疲労の色が見えてきたため、その場で休憩を取った。
ハンナが鞄から水筒を取り出し、皆に注ぐ。
温かな紅茶だった。それも、ほんのりフルーツの香りがする。
疲労と、焦り、苛立ちが、ゆっくりと消えていくのが分かった。
ルシエルはひとつ息を吐き、頬をぱちんと叩いた。
「二人とも、大丈夫? もう少しだけ付き合ってもらえる?」
「うん。大丈夫だよ。少しだけと言わずに、納得のいくまでやろう」
「そうよ。せっかくここまで来たんだもの。手ぶらじゃ帰れないわ」
三人は立ち上がり、捜索を再開した。
──(クリストフは、一体何を知っているんだろう?)
ルシエルは改めて手紙の意味を考えてみる。
あの時、研究所では何が起こったのだろう?
どうして、父さんが連行されなければならなかったのか。
そんなことを逡巡していたら、かすかに音が聞こえた。
ルシエルは立ち止まり、目を閉じ、音の鳴る方に神経を傾ける。
──「何かある」
微かな音を頼りに、ルシエルの足はゆっくりと音の方へと近づいていく。
まるで手招きされているかのような音に、不思議と安心感を覚える。
シャーロットはハンナの顔を見た。
ハンナは黙って頷く。
「ねえ、シャル、この辺りどうかな? 何か示さない?」
シャーロットは手をあらゆる角度でかざしてみた。
すると、足元の方から先程とは違って、強い反応が見られる。
「この下、何かある。ルシエルもわかるの?」
「……ここ、音がする」
「ルシエル、わたしもここになにかあると思うよ。土が騒いでいるんだ。少し動かしてみるよ」
ハンナは地面に手を置き、小さく詠唱を唱えた。
すると、手の周りがぼんやりと光を帯び、地面が波打ち始めた。
そして、渦を巻くように沈んでいく。
「あ、なにかある」
ハンナは土から手を離し、動きを止めた。
穴の中から小さな包みが姿を見せた。
ルシエルはそっと拾い上げ、土を掃う。
何重にも包まれた布を剥がすと、一冊の手帳らしきものが出てきた。
「ルシエル?」
見覚えのないものだが、先程と同じ音が聞こえる。
両手でそっと包み込むと、音が共鳴して次第に大きくなった。
やさしい音がルシエルの体内を駆け巡る。
ごくりと唾を飲み込み、ゆっくりと表紙をめくってみた。
「──父さん。父さんの字だ」
少し癖のある角ばった文字。
まさしく父の筆跡。
「見つけた」
胸の奥が、熱くなった。
クリストフはこれを僕に見せたかったのか。
父さんが近くに感じられる。
研究所の物は全て没収されていたので、父が残したものは何もなかった。
それが、今ここにある。
ルシエルの手の中に。
しかし、今は感傷に浸っている場合ではない。
早く街を離れよう。
「ねえ、ルシエル。さっきの魔石の色がまた変わってるよ」
ハンナの言葉に我に返り、前方を伺った。
青色だったそれは赤く光っている。──それも煌々と。
「おい! そこで何をしている」
背後から声がした。──振り返らない。
全身が警鐘を鳴らしている。
三人はゆっくり立ち上がり、両手を上に持ち上げた。
「何者だ。そのままゆっくりこっちを向け」
男の足音が一歩、また一歩と近づいてくる。
ルシエルは二人に目配せをした。
小さく頷く二人。
ルシエルは小声で詠唱を唱える。
「霧よ、出でよ」
合図と共に三人は真っ直ぐ走った。
振り返らずに。
ルシエルの放った霧は男の視界を奪い、翻弄させた。
しかし、男は怯むことなく、突き進み、杖を振りかざした。
それは、風の刃となって木に直撃した。
パーンと乾いた音と共に木端が飛び散る。
そして、男は首から下げている小さな金属を咥え、力の限り吹いた。
甲高い音は空気を切り裂き、まだ眠っていた森を目覚めさせた。
前方から複数の男が迫ってくる。
なんとか森の外に脱出したい。
ルシエルは霧を発生させ、ハンナが地形を変え、シャーロットが闇を作り出した。
しかし、相手は魔術師のようで、
瞬時に無効化して、追従してくる。
ルシエルは霧から氷に切り替え、壁を形成した。
一撃では崩せないほどの厚さの氷壁を。
その隙に振り切りたい。だが、どこから湧いてくるのか、次々と追手が現れる。
森を脱出して、街に紛れ込めば、何とかなるかもしれない。
だから、必死に走った。
息が苦しい。
森の出口が見えてきたとき、横から風の刃を腕に受けた。
袖は切り裂かれ、皮膚も深い傷を負っている。
ルシエルは臆することなく氷の矢を放った。
場合によっては、相手を傷つけてもやむを得ない。
二人は絶対に守る。
後方に向かって最大限の霧を発生させ、全速力で森を抜けた。
街の大通りには先ほどの制服を着た男たちが、慌ただしい様子で走っている。
三人は路地裏で息を潜め、様子を伺っている。
しかし、このままここに留まる訳にもいかない。
タイミングを見計らい次の路地へと移動しようとしたとき、
男たちに見つかってしまった。
「いたぞ! こっちだ」
街中で大胆に魔術を発動する訳にもいかない。
とにかくここは逃げなくては。
土地勘はある。
右に左にどこまでも細い路地を目指しひたすらに走る。
後方でガラガラと大きな音がした。
振り返るとハンナが物にぶつかり転倒していた。
「ハンナ」
ルシエルは引き返し、ハンナの手を取る。
立ち上がる時、小さな悲鳴が聞こえた。
ハンナは足を引きずりながらも、気丈にふるまっている。
しかし、その表情は硬く、唇を噛んでいた。
ルシエルが肩を貸し、どこか隠れる場所を探していた時、背後から声がした。
「こっち。さあ、早く。こっちへ」
暗闇から小さな手がこちらに向かって手招きしていた。




