1-4 野外授業
ルシエルは寮の部屋の窓から外を眺めていた。
山間に煌めく数本の光の筋。やがてそれは終焉を迎えるよう溶けていったのちに夜空は闇へと戻ってゆく。
ふと窓ガラスに映る自分と目が合った。
そしてその顔は歪み、輪郭と口だけを残したような顔となり、囁き出す。
「嗚呼、忌々しい。どうせお前も悪魔の子なのだろう?」
その顔は揺れ、ブレたところでフッと消え、いつも見ている顔に戻った。
指で目頭を強く抑え、ひとつ大きく深呼吸をしてベッドに潜った。
* * * * *
ひどい寝汗で目が覚めたルシエルは顔を洗い、すぐに着替えた。
昨夜は随分とうなされたのだろう、シーツの乱れが酷い。
朝食後、再び自室に戻り、制服に着替えて視界に入った写真立てを手に取り、じっと見つめ、大きく深呼吸をしてからそっと元の場所に戻す。
校舎に向かう足取りはやや重たく、いつもと同じ鞄がやけに重たい。
ルシエルの先を行く生徒達を見つめ、あの後ろ姿はおそらくハンナだろうと思いながら授業で発表する課題の項目を黙考した。
「よっ」
ドカッと背後から激突し、手荒な挨拶をするエバンにルシエルは少しイラッとしつつも「おはよう」と挨拶を交わす。
「あれ?ルシエル朝ごはん食べてないの?なんか元気なくない?今日はルミナ湖まで行くんだろ?」
「いや、大丈夫。なんでもないよ」
ルシエルは、エバンって悩みとか無さそうだよなと密かに毒づくも二人で校舎へと向かった。
* * * * *
今日は課外授業で、魔術の根源となっている古代魔術を実践するため山間部にあるルミナ湖畔に来ている。
かつて四大精霊が築いた世界。その源となるのがマナと呼ばれるものであり、マナとはこの世を司るエネルギーに値する。
火の王イグナス、水の女王セリーネ、風の守護者ゼフィール、土の巨王ガルダン。この四大精霊が自然を管理し、マナで満たした。
のちに精霊たちは人間にこの地を守る役割を託したのだ。
古代では、魔術は生活様式に用いられており、それぞれが独自の役割を果たす。
現代における火・水・風・土属性の魔術の性質が異なるのはそのためだ。
「先日話した通り、今日はみんなに古代魔術のあり方を学んでもらいます。
事前に決めたグループに分かれて準備に取り掛かるように。」
引率の教師エドモンド・グレイサンが合図を掛ける。
四人一組になり簡単なスープを作るのが今日の課題だ。
古代の生活において現代文明は皆無なので、電気もガスもない。
己の知恵と行動力が試される課題なのである。
グループに与えられたのはナイフ一本と小鍋のみ。
事前に知っていたとはいえ、いざ現場に来て「はい」と渡され、これで一体どうやって作れと言うのだと不満が漏れているが、グレイサン先生は
「私たちの時はナイフすら支給されなかったのだから、君たちはとても恵まれているのだよ」
と生徒たちの不満を笑顔で一蹴する。
生徒たちは不承不承ながら行動を開始した。
先述の通り、生徒たちは知恵と工夫をフル活用しスープを作らなくてはならない。
レシピも調味料もなし。
まあまあなサバイバルである。
——ルシエルは先日の魔法薬学での活躍振りを評価されメルバ・ベルローズに誘われた。
メルバは属性のことなど考えもせず、ルシエルとなら楽に出来そう。と安易な考えで誘い、
ついでに近くでどうしていいか分からずうろうろしていたハンナも捕まえ引き連れた。
ルシエルが入るなら当然と言わんばかりにエバンも加わり、4人組はひとまず完成した。が、
「わたし、あまりみんなの属性知らないんだけど、大丈夫だよ、ね?」
ハンナがもっともな意見を言うと、メルバは「なんとかなるでしょ」と軽い返答をした。
「たぶん、大丈夫だと思うよ。僕は水だし、メルバは火。それにハンナは土でしょ?それとエバンは一応風だから問題ないんじゃないかな」
「おい、ルーシー。一応ってなんだよ!一応って」
「「ルーシー?」」
メルバとハンナが顔を見合わせた。
「だから、ルーシーじゃないってば‼︎何回言ったら分かるんだよっ」
かくして4人のグループは決定となった。
ここから、当日の計画を立てなくてなならない。
メルバはルシエルがリーダーなんだからと、さもありなんとばかりに場を仕切らせようとしている。
何事も計画を立てるのは嫌いではないので了承したが、その事は顔に出さず静かに本題に入った。——
現在、ルシエルは湖で何か役に立ちそうなものを、エバンは焚き木となるものを、
メルバとハンナは食材となるものを探している。
ルシエルは、事前にハンナが土で竈門を作り、メルバが用意してくれたいたたいまつで竈門に火を入れた。
大鍋に湖水を入れ煮詰めて塩を作り、その後詠唱を唱え鍋いっぱいに水を張った所で先ほど採ってきた海藻と塩を入れ煮込んでいる。
一方メルバとハンナは、木の実ときのこを探している。
広大な雑木林だけあって他のグループとかち合うこともなさそうだ。野鳥の鳴き声が木々を伝い、他の鳥が次いで鳴く。
その声はいつ聞いてもハンナの心を穏やかにしてくれる。
——やっぱり森はいいなぁ。ハンナは浄化された澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込みながら歩く。
落ち葉と小枝を踏む音がやけに大きく聞こえる。そういえば、いつもならお喋りしっぱなしのメルバが何故か静かだ。
あまり深く考えずにまずは食材を探そう、ハンナは木の根元を中心にめぼしいキノコを探している。
「ねえ、ハンナ。ルシエルのことどう思う?」
メルバが突然聞いた。
「え?ど、どうって言われても、わたしは何も、」
一瞬心臓の鼓動が強くなり、ハンナは何を聞かれるのだろう?と内心落ち着かない様子で目が宙を彷徨っている。
「そうよねー、なら大丈夫よね?」
「え?」
「ハンナ、ルシエルと仲がいいじゃない?だから」
「えっと、だ、だから?」
ハンナの背中が冷んやりする。
それなのに鼓動は高いままだ。
「何ていうかー、ルシエルって頼もしいじゃない?私より小さいのが少ーし気にはなるんだけど、
でも、ほら、顔も整っているって言うか、もう!言わせないでよ!」
「えーーーー!!そ、そうなの?!」
どうやらメルバは今度はルシエルのことが気になっているらしい。
今度は、と言うことは以前にもこのようなやりとりがあったと言うことだ。
以前は騎士科の生徒、その前は王宮文化科にいる同学年の生徒。ハンナが知るだけでもメルバが好意を寄せた男性は3人はいる。
いわゆる惚れやすい体質なのだろう。だから他に意中の相手ができるとすぐにそちらへ向く。
ハンナは「また始まったか」くらいの気持ちでメルバを見ている、が、
ふと先日の放課後の廊下でルシエルと話した時のことを思い出し視線を落とした。
「それに、あの時ハンナは自分でやりたそうな顔をしていたから」
授業で薬を作っていた時のことを思い出してルシエルが口にした言葉だ。
あの時の言葉と表情がハンナの胸に今も鮮明に残っている。
浮き足立っているメルバが熱弁を繰り広げているが、ハンナは耳の奥の方で鳴っている騒めきで何も聞こえなかった。




