3-14 三つ巴
小屋を抜け、さらに森を駆け抜けたルシエルたちは小高い丘に出た。
丘の麓には小さな湖があり、
そこが二年生のゴール地点となる。
湖の周辺には在校生や学園関係者が集まり、歓声が上がっている。
ルシエルはその声に鼓舞された。
前方に目を向けると、丘の斜面をシャーロットたちが走っているのが見え、
さらにその先に、もう一組が走っているのが見えた。
あれはおそらく騎士科のチームだろう。
「よし、捕らえた。エバン、魔力はどう?」
ルシエルはエバンの様子を気にしている。
「少しは回復してきたから、一発。一発だけならいけそうだぜ」
「そうか。なら任せた」
エバンは親指を立て、口角を上げた。
「メルバとハンナは打ち合わせどおり」
「任せてっ」
「うん」
四人は全速力で丘を駆け下りた。
湖の中央に古代遺跡が見える。
周りにはかつて神殿に用いられていたとされる柱が点在している。
中心部には台座が三つ用意されており、
杖を持つ選手達はそこに杖を刺してゴールとなる。
杖は、あらかじめコアと契約している者が刺さなければゴールとして認められない。
初めに湖に到達したのは騎士科のチームのアレスたちだった。
アレスたちは木を切り倒し湖面に浮かべて渡ろうとしている。
その直後、シャーロット率いる錬金科が用意していた浮板の魔道具を湖面に放ちシャーロットが先頭で走り出した。
やや遅れて、ルシエルは湖面を凍らせながら古代遺跡へと駆ける。
エバン、メルバ、ハンナも後に続いている。
アレスの倒木も、シャーロットの浮板も湖面に漂い足場が揺れているが、
ルシエルの凍らせた道は揺れていない。
あっという間に追いつき、今にも追い越しそうな勢いだ。
歓声も大きくなり、一層の盛り上がりを見せている。
シャーロットは横を走るルシエルたちを見て、一瞬息をするのを忘れた。
「な、何よあれ」
ルシエルたちは杖に布を巻いて持っている。
それも全員が。
四人とも全く同じ大きさの布に巻いた杖を持っている。
正確には一人が本物であとは偽物。
土壇場でコアを攻撃されないように取ったルシエルたちの作戦だ。
(止めるなら四人ともって訳ね。やってくれるわね)
シャーロットはポシェットから小瓶を取り出しルシエルの走る前方へと投げた。
ルシエルの魔術で作られた氷の上に小瓶は落ち、割れた。
すると紫色の煙が舞い上がり、氷は物凄い速さで溶けていく。
「ちゃんと水魔術の対策はとってあるわよ」
ルシエルは急いで強力な氷の魔術の詠唱を唱えるが波がうねりを上げてうまく凍ってくれない。
「ダメだ。何かの作用が働いて反応しない。何か策はないか」
半ばで立ち往生してしまったルシエルはまさかの事態に焦りが出てきた。
このままでは先に進むことができない。
その時、エバンの叫び声が後方から飛んできた。
「ルシエル任せろー」
振り返るとエバンの姿はない。
一瞬、影がルシエルの頭上をかすめる。
見上げると、そこにはエバンが高く飛んでいた。
そして、腕を振り下ろすと凄まじい風圧が湖面に叩きつけられ、水しぶきをあげながら大きく暴れ出した。
氷の上にいるルシエルたちはバランスを崩し、
危うく湖に落ちそうになったが、寸前のところで耐えている。
紫に染まった水面は、うねりと共にかき消され、元の色へと戻っていく。
ルシエルは再度詠唱を唱え、氷を張り出した。
(あの連携プレイは本当に厄介ね)
シャーロットの秘策は見事打破されてしまい、依然ルシエルたちの優勢は続いている。
このままでは差をつけられ追いつけなくなってしまう。
次の策は無いことはないが、出来ることなら使いたくない。
それは、シャーロットの美学に反するものであるからだ。
けれども、勝利にこだわるのならそんなことを言っている場合でもない。
しかし、どうしても嬉しそうにルシエルのことを話すハンナの顔が浮かんでしまう。
(ごめん。ハンナ)
シャーロットは手にした魔道具をポシェットから取り出し、
ルシエルたちの方に向かって投げようとしたとき、
大きな音と共に水柱が上がった。
「バートン! やらせるか」
騎士科のアレスが砲撃をしルシエルたちの行く手を阻んでいる。
ルシエルには直撃していない。
だが、足元の氷をかすめたことにより足場が破壊され湖に落ちてしまった。
「「「ルシエル!」」」
エバンは駆け寄りすぐに引き上げた。
「助かった、エバン。くっそぉ、やってくれたな、アイツ」
珍しくルシエルの顔に怒気が含まれている。
そして、アレスが飛び移っている遺跡の柱目掛けて氷の魔術を唱えた。
くすんだベージュ色の柱は瞬く間に青白く変色し、光に反射して煌めきを帯びた。
アレスは引き返すこともできずになんとか凍った柱に足をかけようとしたが、
失敗し、そのまま落水してしまった。
アレスと共に浮かび上がった杖にはコアの姿が見当たらない。
アレスは水面を叩き、天を仰いだ。
そして、ルシエルに向かって叫んだ。
「ルシエル・バートン!
この借り、いつか必ず返す!」
アレスが水面に浮かんでいるのを遠くに見ながら、
少女は壊れかけた氷の上で足を止めた。
歓声はすべてルシエルたちに向けられている。
誰もこちらを見ていない。
少女は、布に包まれた杖を静かに握り直した。
「……今」
氷はところどころ砕け、湖水が覗いている。
だが完全には消えていない。
一歩。
慎重に踏み出す。
氷がきしむ音がした。
遠くでは再び爆発音が響き、観客の歓声が大きくなる。
皆、ルシエルたちを見ている。
遺跡の柱に手をかけ、体を引き上げた。
濡れた石は滑りやすい。
それでも静かに、ゆっくりと足を進める。
やがて古代遺跡の石床へと辿り着いた。
そして、息を整え、台座へと歩き出した。
コアを紛失したことにより失格となった騎士科を横目に、
シャーロットは中央部の古代遺跡へと到着した。
(二人で潰し合いをしてくれて助かったわ。これで私たちの勝ちね)
眼下にルシエルの姿を確認したシャーロットは、口元をわずかに上げた。
(もう間に合わない)
三角形に置かれている台座の一番手前に到着し、
コアの付いた杖を所定の穴に差し込もうとした時、歓声が聞こえた。
今までも歓声は上がっていたのだろうが集中していてほとんど聞こえていなかったシャーロット。
その時、シャーロットの後ろに人影がある事に気づいた。
一番最初に目に入ってきたのは赤いリボンだった。
見慣れている、緩めに編んだ三つ編みに結ばれた赤いリボン。
シャーロットが幼馴染のために作った魔道具のリボン。
肩で息をしているそこに立っていたのは――
ハンナ・クレイリッジだった。
そして、コアが淡く光り、勝利を告げる鐘が鳴り響いた。
シャーロットは目の前で何が起きているのか理解できずにいる。
まるで時間だけがスローモーションになったかのようだった。
シャーロットはチームメイトを信頼していないわけではないが、
誰かに頼るという考えを持っていなかった。
何でも自分で解決してきたからだ。
だから魔導科のリーダー的存在のルシエルがコアの契約者だと思い込んでいた。
だから、まさかハンナがここにいるとは全く考えてもいなかった。
ルシエルたちはハンナに駆け寄りハイタッチをしており、
メルバは頬を擦り付けながらハンナに抱きついている。
(ハンナ、いつのまにかそんな顔するようになったのね。
そっか……私に足りなかったのは、それだったんだ)
シャーロットは下を向きながら同じチームメンバーの元に行き、頭を下げた。
メンバーはシャーロットの肩に手を置き、笑顔で讃えている。
そのうちのひとりが彼女を抱き寄せた。
シャーロットは大粒の涙を地面に落とし、声を押し殺すこともできず、涙をこぼした。




