1-2 ルーシー
魔導科の授業は文字通り魔法について学ぶ科である。
魔術を使用するものは、司る属性を操り物理現象を起こす。
属性は火・水・風・土があり、この学園では魔導科に所属する生徒たちは一年次にまず自分の特性を理解するところから始める。
本日の一時限目は「基礎理論」
生徒たちは皆、分厚い理論書を持参している。
「おはよう諸君、今日はそよ風が気持ちの良いので窓を開けて授業をしよう」
教師の名はエドモンド・グレイサン。魔導科担当で主に基礎理論を教えている。そしてとても勤勉家だ。
「それでは、今日は基本四大属性と元素操作の関係性から始める。誰か、読んでくれる人はいるかね?」
一番前に座っていた生徒が挙手し、音読し始めた。
生徒たちは皆、理論書の文字を目で追っているが、エバンはすでに焦点が合っていない。
「ハイ、ありがとう。では続きをヒルティ君、エバン・ヒルティ君」
「え? あ、は、ハイ。えっと、えっと、元素操作魔法とは、自然法則に則って、」
「ヒルティ君、そこはもう読んでもらったよ」
「あぅ、えーっと、・・・」
教室内からはクスクスと笑い声が聞こえる。
ルシエルは仕方がないので続きの箇所をそっと教えた。
* * * * *
「いやぁ、さっきは焦ったー、まさかオイラが呼ばれるなんて思ってなかったからさ、助かったわー」
「ちゃんと読んでいれば、続きが何処からかくらいは分かるだろう?」
半ばあきれ顔でルシエルは言う。
「勉強はまるっきり苦手でさあ、特に文字を見ると蕁麻疹が出ちゃうんだよなぁ。しかも、先生、窓を開けてただろ?」
「それと、君の勉強と何の関係性があるんだ?」
「あぁ、もう、エバンでいいってば」
「質問の答えになってない」
「そうか、それはズバリ、風が呼んでいたから。だな」
「は?」
ポンと胸を軽く叩きながら答えるエバンにルシエルは眉を上げた。
理論派のルシエルと感覚派のエバンではどうも話が噛み合わない。
ルシエルは小さい頃から医学や数学に関する書物などを読んでおり、疑問に思ったものは追及するタイプなので、
エバンの言っている「呼んでいた」という意味が理解できなかった。
「なんかさ、風が『お前も乗りたいだろ?こっちに来てもいいぜ』ってオイラを呼んでいたんだ」
「ってことは、マナと意思疎通ができるってこと?!」
話の展開が興味深い話になり、ルシエルは前のめり気味に聞いたが、ルシエルの期待していた返答は得られなかった。
「んにゃ、できないよ。ただ、なんとなく風がそう言ってるなぁって」
ある意味予想ができた答えだったので切り替えも早かった。
ただ、その答えを聞いたときルシエルは一瞬、胸の奥がざわついた。
「なんとなく」で済ませていい感覚ではない――そんな気がしたのだ。
* * * * *
昼食。
いつものごとく争奪戦が繰り広げられている食堂、今日も相変わらずエバンは大盛り、否、てんこ盛りだ。
ルシエルは冷ややかな視線を送りつつ空席を探した。
「ルシエルー、こっち!」
ふと隣を見れば今までいたエバンが離れた空席の前で手を振っている。
──いつのまに。 そして何故、毎回いとも簡単に席を見つけられるんだろう?
などと疑問に思いつつエバンに甘えている。
「ルシエルってさー、すごく頭がいいよなー」
エバンは口いっぱいに肉を入れながら話す。
ルシエルはこのところ、エバンの不分明な行動の理由を考えることが多くなった。
先日の超飛躍といい、風の話といい、空席確保の早さといい、なぜ彼はそのようなことが出来るのか。
「ねえ、なんでいつも簡単に席が取れるの?」
何かコツがあれば指南してほしい。全線連敗中に身としては是が非でも教えて頂きたい。
「風がさ、ふぁぁーっと揺れるんだよ。だからかな」
──これだよ・・・。
まったくもって意味が分からない。
一体どこに風が吹いたというのだ。これだから感覚派の人は困る。
ルシエルは、少しあきれた表情を浮かべながら
「もう少しわかりやすい説明ってない?それじゃ理解できないよ」
「と言われてもなー、風が動いて、あそこそろそろ空きそうだなって思ったからそこに向かっているだけなんだけどなー」
──ハっ、そうか! エバンは気流を読み取り微かな揺れを察知しているのか。だから誰よりも早く先回りできるんだ!
ルシエルはエバンの感覚肌の意味が少し理解できた気がした。そしてそこを更に深堀りしていかないと気が済まないのがルシエル・バートンなのだ。
「すごいな、エバン!そんなことができるんだね。それってどういう風に感じるの?空気抵抗の差異を察知するの?
それとも、魔術で察知できるものなの?それとも君自身が──」
「ちょっと待ってよ。そんなに早口でたくさん質問されてもわかんないって。それより、今、初めてオイラのこと名前で呼んだ」
エバンは快活に笑い嬉しそうに話した。
ルシエルはつい名前で読んだことを思い出し、耳を赤くしながら肉を口いっぱいに頬張る。
そうしていると、
「おう、エバン。なんだよ、俺より後に教室を出たのにもう食べ終わんのかよ」
「やあ、エバン」「エバン、また一緒にカードゲームやろうぜ。今晩俺の部屋に来いよ」
編入してまだ日が浅いというのにエバンはもうたくさんの知り合いがいる。
天真爛漫で誰に対しても表裏なく接する彼は、すぐに友達になれるのだ。
ルシエルは少しエバンが羨ましかった。
ルシエルはあまり人が得意ではない。
──「この悪魔の子め、家族共々この街から出ていけ!」
忌まわしき日々がルシエルの脳裏に蘇った。
「・・エル、おい、ルシエルってば、どうした?食べ過ぎたか?なんか顔色悪いぞ?」
エバンの呼びかけに我に返った。
「あ、ごめん。ちょっとボーっとしてた。大丈夫だよ。なんでもない」
「ならいいんだけど。なぁオイラ、いいこと思いついたんだけどさ、これからルーシーって呼んでいいか?みんなルシエルって呼ぶだろ?
だからオイラは貴殿のことをルーシーと呼ばせてもらおうではないか!ぐふふ」
エバンは背筋を伸ばし胸を張り目を細め、にやけ顔でルシエルを見た。
「な、なんだよそれ!嫌だよ。認めないっ!絶対に認めないからなー!さっきすごいやつだなって思ったけど訂正!嫌なやつ!からかって楽しんでるじゃないか」
ガハハと笑うエバンに顔を赤らめて言うルシエル。
けれども今までこうやって遠慮なしに言ってくれる人はいなかったから内心少しだけ嬉しかった。
エバンが調子に乗ってしまうから敢えて言わせてもらう。
本当に、少しだけ。
賑やかな食堂内、そんな昼下がりの微笑ましい光景を眺める一人の少女がいた。




