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3-1 凜と。

 静かな図書館、その窓際の席にルシエルは座っている。

魔導書をめくる手は止まらない。

水と風──その組み合わせを、何度も何度も確かめるように。

寮の自室でも夜遅くまで魔術の数式の組み合わせを、 

何パターンも書き起こしていた。


*  *  *  *  *


 やや気温の高い朝、ルシエルはいつもの時間に寮を出る。

誰かが来る気配を背中に感じた。

シャランシャランと、鈴の音のような柔らかな感覚が、

頭の奥で微かに響く。

スーッと息を肺に送り込み、前を見据えたまま、


「いい加減、パンを咥えながら登校するのやめろよな、エバン」


 あきれ声でルシエルは言い、半身横へ跳んだ。


「うわっとっと。なんでよけるんだよルーシー、

後ろに目が付いてんのか? それによくオイラだってわかったな。」


「ワンパターンなんだよ。いつも背後から突っ込んできてさ。

それに、バターのにおいさせて近づいてくるなんて、エバンしかいないだろ?」


最近、空気が変わる瞬間に、微かな“音”が混じる。

理由は分からない。ただ、それが外れることはなかった。


「なあ、ルーシー、最近なんでホームルームが終わるとすぐいなくなっちゃうんだよ?

遊ぼうと思ってもすぐいなくなっちゃうんだもんな」


「え? ああ、図書館に行っててさ、ちょっと調べもの」


「本当に調べものなのかぁ?」


 エバンはジト目でルシエルを見ている。


「どういう意味だよ? 他に一人でどこに行くっていうんだよ?」


「本当は食堂に行って何かこっそり食べてるんじゃないのかぁ?

え?どうなんだよ、ルーシーさんよぉ~」


「はーぁ!? お前じゃあるまいし! 僕はそんなに食い意地が張っていないって」


ルシエルは以前の竜害の際に起きた、

エバンとの魔術の融合について関連性などを調べており、

理論づけられるようになったらエバンにも話すつもりだったのだが、

少しその気が失せた。


きっと今話すと、


「──なにそれ? 面白そう! 試してみようぜ」


と言い出しかねない。


 クラスメイトたちと合流したルシエルは、

いつものように何気ない会話をしながら校舎へと向かう。

今日の議題は『クラスの女子で誰が可愛いか』だ。

きゃっきゃと盛り上がりを見せていると、

女子寮の方から、三人組が歩いてくるのが見えた。

ハンナとメルバ。

それと、長い黒髪をなびかせている少女。


──(あれは確か錬金科の、リンデル。シャーロット・リンデルって言ったよな。二人と知り合いだったんだ)


 アーク・ヴァルティア学園入学式の新入生挨拶を凜とした態度で述べていたのを見た時、

なんて堂々としているんだと感心したのを今でも覚えている。


*  *  *  *  *


──入学式当日。

手の指が隠れる、

やや丈の長い制服を着た少年、

ルシエル・バートンは頬をこわばらせながら講堂で式の始まりを待つ。


──(これから本格的に魔術を学んで、父さんのようなすごい魔法薬師になるんだ)


 意気込みはしっかりとあるのだが、

すぐ隣の列にいる騎士科の生徒たちの気迫に圧倒され終始俯いている。


ここでみんなとうまくやっていけるのだろうか?

そんな心配もある。

式は形式的に進み、

入学生代表挨拶と司会の教師が呼びかけに応え、

壇上にあがったのがシャーロット・リンデルだった。

窓からの光に反射して煌めく長い黒髪が、

彼女の品性と知性を引き立てていた。


「本日、この王立アーク・ヴァルティア学園に入学を許された新入生を代表し、

ご挨拶申し上げます。

私たちは皆、それぞれ異なる土地、異なる想いを胸に、この学び舎へ集いました。

ここは、力を競う場所であると同時に、

その力をいかに使うかを問われる場所でもあります。

力は、誇るためにあるものではありません。

それは、選択の重さを伴うものです。

私たちは、この学園で学び、迷い、選び続けるでしょう。

そのすべてを、自らの責任として引き受けながら、

王立アーク・ヴァルディア学園の名に恥じぬ生徒となることを、

新入生一同、ここに誓います。


新入生代表 シャーロット・リンデル」



──(すごいな)


ルシエルは口を閉じるのも忘れるほどに見入っていた。


*  *  *  *  *



「おい、ルシエル!聞いてんのかよ?」


──ハッと我に返るルシエル。


「ご、ごめん。ちょっとボーっとしてた。えっと、何の話だったっけ?」


「だからー、クラスの中で誰がかわいいかって話! ルシエルは誰がいい?」


 エバンを含めた六つの瞳がルシエルを見据えている。

皆、興味深々だ。

ルシエルは多くの女子生徒と話したことがない。

二人なら話せるのだが、他の女子の目があると萎縮してしまう。


──(好みの子かぁ)


 とルシエルはクラスメイトの顔を思い浮かべてみた。


──(誰だろうなぁ)


「みんなは誰なの?」


「ズルイぞ。それを聞いて、俺も、って言うつもりだろ?」


「まぁ、参考にね」


「しょうがねえな。それがさ、みんな意見が割れたんだ。エマ・カールトンとハンナ・クレイリッジ。

他の奴らにも聞いたんだけどさ、やっぱダントツでエマなわけよ。で、次にハンナ。

けど、エバンなんかずるいんだぜ。クラスの話してんのに、フェリシア先生とか言ってさ」


「だって本当の事なんだから仕方ないだろ? オイラはフェリシア先生がいい」


 確かに錬金科のフェリシア・ロウラインは若くてどこか幼げな印象の教師で、年齢も近い。

去年就任したフェリシアは男子生徒に人気があり、

彼女の周りには必ず誰かしら男子生徒が取り巻いていた。

そして、その度に教頭に追い払われている。


──(へぇ、エバンて年上の人が好みなのかぁ。そういえば実技試験の面接のときに、

答えずにずっと顔を見ていたら叱られたって言ってたな)


「で? ルシエルは誰なんだよ?」


食い下がるクラスメイトにルシエルは


「うーん、わかんない」


目を逸らしたルシエルは、首を締め上げられた。


 その締めてくる腕を叩きながらルシエルは、 


──(さっきハンナの名前も出てよな)


前を歩くハンナ・クレイリッジを見つめ、なぜか目を逸らせなかった。

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