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1-1 編入生

 晩夏の日差しが差し込む朝、鏡の前でネクタイを結び直し、

写真立てに「行ってきます」と小さく言い寮を出る。

王立アーク・ヴァルティア学園、魔導科二年。

ルシエル・バートンは、前方にクラスメイトの姿を見つけ、歩く速度を少し上げた。

 

*  *  *  *  *


 新学期、装いも新たにと言いたいところだが、教室内の顔ぶれは一年時と同じなので特に変化はない。

いつも通りという言葉がぴったりな朝、静かに教室のドアが開き、スラリとした教師が入ってきた。

冷んやりとした空気が、教室のざわめきをすっと引かせた。

教師は誰にも目を合わせず、教室の奥の方を見て口を開いた。


「皆さんおはようございます。わたくしが今年度のクラスの担任を勤める、マーレ・クルシアです。

一年生時にわたくしの授業を受けたことがある人たちもいるようですが、主に治癒魔法を教えています」

 

「これから一年どうぞよろしくお願いします」とあまり抑揚のない声で告げるクルシアは、

クラス全体を見回してから手元の名簿に目をやる。そして、教室の一番後ろの誰もいない机を見た。


「本日このクラスに編入生を迎えます」


 ざわめきが起こる中、それを制することもなく教壇から降り、廊下で待つ生徒を招き入れた。

緊張気味の生徒が教室に入り、隣に立たせたところで、


「では、自己紹介を」


 突き放すかのような物言いで促し、クルシアはもう一度室内と名簿を見比べている。

生徒はやや困惑した顔でクルシアを見るが彼女の目線は名簿から全く揺るがない。

好奇の目にさらされている生徒は顔を正面に向け、手を強く握り口角を上げて言った。

 

「あ、えっと、エバン・ヒルティです。前の学校でもその前の学校でもエバンって呼ばれてたからそう呼んで貰えると嬉しいッス」

 

──(軽いな……)


ルシエルはあまり好きなタイプではない。

 

「それでは、バートンさんの後ろの席に座ってください、ヒルティさん」

 

「オイラのこと、エバンでいいっすよ?前の学校でもその前の学校でも先生からもそう呼ばれ──」

 

「席はあちらです。ヒルティさん」

 

教室に失笑が漏れる。

 

バートンは自席に腰掛け、「どうも、よろしくッス」とルシエルに声をかけた。

 

──(ちょっと苦手だな……)


ルシエルはほんの少しの嫌悪感を表に出しながら小さく会釈をした。

この時、のちに彼がかけがえのない友となることをルシエルは知る余地もなかった。


*  *  *  *  *

 

昼休み。

生徒達は一斉に食堂へ急ぐ。

ルシエルは席を立ち食堂に向かおうとした時、「ねぇ、ルシエルってどんな魔術が使えるの?」と後ろから声をかけられ、振り向くと、屈託のない笑顔のエバンがいる。


──(いきなりなんだよ。ルシエルって)


相手の無遠慮に眉根を寄せながら、

 

「──治癒魔法を少し」

 

「おっ、それならクルシア先生と同じ、水の属性ってことかぁ」

 

「先生のこと知ってるの?」

 

「いや、知らないよ」

 

「じゃぁ、なんで先生の属性が水だって分かったの?」

 

「先生、なんか冷んやりするんだよな。だから水属性なんだろうなって。

 じゃあさ、ルシエルは攻撃魔法も使えたりする? 水柱が何本もズババババッて立ったりするやつ」

 

興味津々な顔でルシエルの顔を覗き込むエバンに少し圧倒された。

 

「いや、攻撃魔法はまるっきりダメ。何度やっても上手くできない」

 

「今度一緒に練習しようぜ。オイラもまだまだ使いこなせなくて」

 

「え?ヒルティ君も水の属性なの?」

 

「エバンでいいよ。それに君付けなんていらない。友達なんだから。あ、ちなみにオイラの属性は風」

 

今の流れからすると、同じ属性かと思ったが、とりあえず「そうなんだ」と返す。


──(いや、いつ友達になったんだよ)


ルシエルは大きなため息をつきつつもエバンと一緒に食堂に入った。

各自プレートを持ち、そこへ料理を入れてもらう。

二人は列に並び、今日のメニューは何かを眺めながらルシエルは一連の流れをエバンに教えた。

 

「あ、オイラは超大盛りがいいッス!」

 

大きな声で告げるエバンにシェフも「アイヨ」とてんこ盛りで返す。

皿から溢れそうな量にルシエルは若干引いている。

自分の皿にも料理を盛ってもった時、今まで隣にいたエバンの姿がないことに気がついた。

まあ、いいか。と、空席を探していた時、遠くの方で「ルシエルこっち、こっちー!」とエバンが手を振っている。


──(なんで一緒に食べる流れになってるんだ……)


毎日席の争奪戦が繰り広げられるこの戦場でエバンはいとも簡単に席を確保した。

ルシエルは一年時の壮絶な椅子取りゲームに連敗続きだった苦い日々を思い出しながらエバンの隣に座った。



休み時間。

ベンチに座り、お茶を飲みながら談笑する者、空きスペースで魔術の練習をしていたり、図書館を利用する者など、生徒たちは、好きなように過ごしている。ここ、アーク・ヴァルティア学園には、進路ごとに分かれた複数の科が存在する。ルシエルの所属する魔導科は、地味目な生徒が多い。

ルシエルとエバンが教室に戻ろうとしていた時、ベンチでレポートをまとめていた女子生徒の手元から用紙が数枚風に飛ばされた。その一枚だけ風に煽られ高く舞い上がってしまい、女子生徒が「あー」と声を漏らしたその時、その用紙に飛びついてキャッチした生徒がいた。


エバンだった。


ゆっくりと降り、着地をしたエバンに辺りは騒然としている。

エバンは臆することなく「ほいっ」とレポート用紙を持ち主に渡した。


「あ、ありがとう」


「どういたしましてっ」と八重歯を見せて言うエバン。


ルシエルは目を丸くしてエバンの腕を掴んだ。


「き、君は飛行魔術が使えるの?!」


「いや、使えないよ。君って、なんかよそよししいなあ」


「だって、い、今あんなに高く飛んだじゃないか!」


「あー、あれは、風の力を使ってジャンプしただけ。飛行魔術なんてすげーの使えないよ」


「お、降りるときだってあんなにゆっくり、静かに」


「それだってジャンプした時の逆だよ。空気の抵抗を作って着地しただけ。って言っても今日はたまたまうまくいったけど、いつもは転んじゃうんだよね」


はははと笑い、この場にいる生徒たちから注目されていることなんて気にも留めていないエバンであった。ルシエルはさっきから鳥肌が収まらない。


着地の瞬間、音がしなかった。いや、違う。

正確には「聞こえなかった」のではない。

まるで、音そのものが行き場を失ったかのように、周囲の空気に溶けたのだ。

そして、ルシエルは知っている。

通常、魔術で風を起こせても、自身の身体を乗せて空高くまで飛ぶなんて不可能に近いはず。

なのにエバンは軽々とやってのけた。


──彼は一体、何者なんだ。

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