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世界の音を、君はまだ知らない  作者: 此崎 りつ
一章 学園生活編
2/10

1-1 編入生

晩夏の日差しが差し込む朝、鏡の前でネクタイを結び直し、隣の写真立てに「行ってきます」と小さく言い寮を出る。

 

王立アーク・ヴァルティア学園に通うこの生徒の名はルシエル・バートン。

魔導科の二年生。

 

ルシエルは前にクラスメイトを見つけて歩く速度を上げた。

 

*  *  *  *  *


新学期、装いも新たにと言いたいところだが、教室内の顔ぶれは一年時と同じなので特に変化はない。

いつも通りという言葉がぴったりな朝、静かに教室のドアが開きスラリとした女性が入ってきた。

冷んやりとした空気が教室の温度を下げる。

こちらが見えていないか、見ようとしないのか、教室の奥の方を見て口を開いた。


「皆さんおはようございます。わたくしがこのクラスの担任を勤める、マーレ・クルシアです。

一年生時にわたくしの授業を受けたことがある人たちもいるようですが、主に治癒魔法を教えています」

 

これから一年どうぞよろしくとあまり抑揚のない声で告げるクルシアは、クラス全体を見回してから手元の名簿に目をやる。

教室の一番後ろの誰もいない机に目をやり事務的に言う。


「本日このクラスに編入生を迎えます」


 ざわめきが起こる中、それを制することもなく教壇から降り、廊下で待つ生徒を招き入れた。

 やや緊張気味の生徒を隣に立たせたところで、


「では、自己紹介を」


まるで突き放すかのような物言いで促し、クルシアはもう一度室内と名簿を見比べている。

生徒はやや困惑した顔でクルシアを見るが彼女の目線は名簿から全く揺るがない。

好奇の目にさらされている生徒は顔を正面に向け、手を強く握り口角を上げて言った。

 

「あ、えっと、エバン・ヒルティです。前の学校でもその前の学校でもエバンって呼ばれてたからそう呼んで貰えると嬉しいッス」

 

——随分軽い感じだな。と、ルシエルは思った。

 

「それでは、バートンさんの後ろの席に座りなさい、ヒルティさん」

 

「オイラのこと、エバンでいいっすよ?前の学校でもその前の学校でも先生からもそう呼ばれ——」

 

「席はあちらです。ヒルティさん」

 

教室に失笑が漏れる。

 

バートンは自席に腰掛け、「どうも、よろしくッス」とルシエルに声をかけた。

 

──なんて軽々しい奴なんだ。

ルシエルはほんの少しの嫌悪感を表に出しながら小さく会釈をした。

この時、のちに彼がかけがえのない友人となることをルシエルは知る余地もなかった。


*  *  *  *  *

 

昼休み。

生徒達は一斉に食堂へ急ぐ。この学園は全寮制なので昼食は食堂か売店のみとなる。

ルシエルは席を立ち食堂に向かおうとした時、「ねぇ、ルシエルってどんな魔術が使えるの?」と後ろから声をかけられ、

振り向くと屈託のない笑顔でエバンがいる。


──なんなんだよいきなり。しかもいきなりルシエルって。

相手の無遠慮に眉を寄せながら

 

「──治癒魔法を少し」

 

「おっ、それならマーレ先生と同じ、水の属性ってことかぁ」

 

「えっ、先生のこと知ってるの?」

 

「んにゃ、知らないよ」

 

「じゃぁ、なんでクルシア先生の属性が水だって分かったの?」

 

「うーん、なんとなく?けど、先生、冷んやりするから水属性なんだろうなって」

 

エバンは肌感覚が人より優れている。

だからクルシア先生の持つ強い特性を感じ取っていたのだ。

 

「じゃあさ、ルシエルは攻撃魔法も使えたりする?水柱が何本もズババババッて立ったりするやつ」

 

興味津々な顔でルシエルの顔を覗き込むエバンに少し圧倒されながらも答える。

 

「いや、攻撃魔法はまるっきりダメ。何度やっても上手くできない」

 

「じゃあさ、今度一緒に練習しようぜ。オイラもまだまだ使いこなせなくて」

 

「え?ヒルティ君も水の属性なの?」

 

「エバンでいいよ。それに君付けなんていらない。友達なんだから。あ、ちなみにオイラの属性は風」

 

──今の話の流れからいくとあれは絶対に同じ属性な感じだよな。と思いながら「そうなんだ」と答えた。

──んん?友達?


 

食堂では各自プレートを手に持ちそこへ料理を入れてもらうシステムになっている。

二人は列に並び、今日のメニューは何かを眺めながらルシエルは一連の流れをエバンに教えた。

 

「あ、オイラは大盛りがいいッス!」

 

大きな声で告げるエバンにシェフも「アイヨ」とてんこ盛りで返す。

どう見ても二人前の量だ。いや、もしかしたらそれ以上かもしれない。

周りにいる女子達は目を丸くしてひそひそと話している。


──うわー、注目されてる。他人のフリをしよう。いや、そもそもこの人のことよく知らないし、そうだよ。別に一緒に食べる必要なんてないんだ。


ルシエルは先に座っているクラスメイトを探した。

学年ごとの食堂とはいえ、大人数だ。辺りを見回しても一緒に座れる席がない。

 

「ルシエルこっち、こっちー!」

 

声の方を向くとエバンが窓際のカウンター席の前で手を振っている。

他に席も空いていなさそうだし、そう無下にするのも気が引けるため、ルシエルは不本意ながらエバンの隣に腰を下ろした。

毎日席の争奪戦が繰り広げられるこの戦場で何故彼はいとも簡単に席を確保出来たのか。

ルシエルは一年生の時の壮絶な椅子取りゲームに連敗続きだった苦い日々を思い出した。


昼休み、生徒たちはベンチに座りお茶を飲みながら談笑していたり、空きスペースで魔術の練習をしていたり、

図書館で魔導書や錬金術に関する書物やギルドのためのもの、他にも文芸書などを読んでいる。

ここ、アーク・ヴァルティア学園には、進路ごとに分かれた複数の科が存在する。

ルシエルの所属する魔導科は、その中でも地味で真面目な科だった。


ルシエルとエバンが教室に戻ろうとしていた時、ベンチでレポートをまとめていた女子生徒の手元から用紙が数枚風に飛ばされた。

その一枚だけ風に煽られ高く舞い上がってしまい女子生徒が「あー」と声を漏らしたその時、


校舎に3階に達しそうなその用紙に飛びついてキャッチした生徒がいる。


エバンだ。


ゆっくりと降り、着地をしたエバンに辺りは騒然としている。

エバンは臆することなく「ほいっ」とレポート用紙を持ち主に渡した。


「あ、ありがとう」


「どういたしましてっ」と八重歯を見せて言うエバン。


ルシエルは驚きを隠せなかった。


「き、君は飛行魔術が使えるの?!」


「うんにゃ、使えないよ。だから、エバンでいいって」


「だって、い、今あんなに高く飛んだじゃないか!」


「あー、あれは、風の力を使ってジャンプしただけだって。飛行魔術なんてすげーの使えないよ」


「お、降りるときだってあんなにゆっくり静かに」


「それだってジャンプした時の逆だよ。空気の抵抗を作って着地しただけ。って言っても今日はたまたまうまくいったけど、いつもはすっ転んじゃうんだよね」

ははは、と笑いこの場にいる生徒から注目されていることなんて気にも留めていないエバンであった。


──その時、ルシエルは気づいていた。


着地の瞬間、音がしなかった。

いや、正確には「聞こえなかった」のではない。

まるで、音そのものが行き場を失ったかのように、周囲の空気に溶けたのだ。


さらに、ルシエルは知っている。

通常、魔術で風を起こせても、自身の身体を乗せて空高くまで飛ぶなんて不可能に近いはず。


なのにエバンは軽々とやってのけた。

彼は一体、何者なんだ。

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