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2-6 一寸先は闇

 ベルティア祭から学園へ戻る帰り道すがら、ルシエルの足取りは軽かった。

心はまだ祭の喧騒の中にあり、鼓動だけが少し早い。

三人と別れ寮へ向かいながら、今日、距離が少し縮まった気がして、

自然と鼻歌を口ずさんでいた。

上機嫌で寮の扉を開き、寮長に挨拶をすると呼び止められ、


「これ、届いていたぞ」と渡された二通の封筒。


薄桃色とシックな封筒。どちらも母と妹の見慣れた字だった。

家族なんだからひとつの封筒で送ればいいのにと思いながら自室へ戻る。

燭台を机まで持って行き火を灯し、ろうそくの灯りがルシエルの影を作り、不規則に揺らす。

ルシエルは机の引き出しからペーパーナイフを取り出し妹からの封筒に刃先を当てた。


──相変わらずちっちゃい字だな。

唇を綻ばせながら読み、小鳥を飼い始めたという報告に、

チチチチと鳴きながら飛び回る小鳥とロザリーの姿が浮かぶ。

胸に暖かな風が吹くのを感じたが、母が泣いているという一文に背筋がひんやりとし、母の顔を思い浮かべた。

──ロザリーの前では無理に笑っているのだろう。今の職場もうまくいっていない気がした。

口の渇きを覚えつつもすぐに母からの封筒を開けようとした。

その時、ゴーゴー、と嵐のような音が頭の中で渦を巻きはじめる。

耳の奥からする不快音と重なってギャンギャンと鳴り響く。

ルシエルはごくりと唾を飲み込み、小刻みに震える指で恐る恐る便箋を開いた。


*  *  *  *  * 


──水の中にいるようだ。

光の届かない、深い底。

鼓膜は水圧で破れてしまったのだろうか?

一切の音も遮断され、藻屑のように、ただ揺れている。


ゆらりゆらりと。

頭の中で反芻している。


──父さんが死んだ。


そんなこと、考えたこともなかった。

父さんはもうどこにもいない。

一縷の望みに賭けていた願いも、もう叶わない。

母さんは言っていた。

父さんが自ら命を絶つなんて信じられないと。

僕もそう思う。思いたい。そう思わなければ。

けど、そう思う一方で諦めている自分もいる。

どうしたらいいんだよ?

何で僕らだけこんな目に遭わなければいけないんだよ?

父さんが、一体何をしたって言うんだよ。

頭がおかしくなりそうだ、

もう、頭のかながこんがらがって何が何だか分からなくなってきた──


その時、部屋のドアをノックする音が聞こえた。

無視していたが、もう一度――

今度は強めにノックされたのでしかたなく扉を開けた。

 

「やぁ、ルシエル。他の書類に紛れててね、もう一通手紙が届いてたよ」

 

脱力した手でなんとか受け取った封筒は無機質で差出人も不明。

そして表の宛名付近に『検閲済』の押印が、無機質に浮かんでいた。

扉を閉めた後、ルシエルは何気なくその印を指でなぞった

瞬間、全身に電流が流れたかのような音がし、思わず封筒から手を離してしまった。

ハラリと落ちた封筒は足元からこちらを睨みつけているようだ。

耳を覆う手に一層の力を込めるが頭の中の音は一向に止む気配はなく、

ルシエルの神経を逆撫でてくる。


一体誰からの手紙なのか?

用心深くそれに手を伸ばし、もう一度触っても何も起こらないかを確かめ便箋に手をかける。

それは父の研究所で働いていたクリストフからだった。

一読するも何も心に響かない。

何故こんなよそよそしい文章なんだろうと疑問に思ったが、文面と封筒の『検閲済』の押印で察しがついた。

保護観察と害のない言い方をしているが、それは恐らく厳しい監視下の元で生活しているのだろう。

しかし、この手紙の意味するところは何なのか?

冷静な判断が出来ず、ザラザラした感触だけがルシエルの中に残る。




──「この犯罪者め!」


──「この街から出ていけ!悪魔」


──「嗚呼、忌々しい。どうせお前も悪魔の子なのだろう?」


──「いい人だと思っていたのに騙されたわ」


──「裏切り者め。お前など消えてしまえ」



決して消えることのない言葉たちが反芻している。

心の奥の、そのまた奥の方に押し当てていたものが一気に吹き出しルシエルに襲い掛かった。

先ほどまでの高揚感などぺしゃりと潰され、嫌悪感に塗り替えられた、一瞬で。


ルシエルは灯りを消し、ベッドの隅で丸くなる。

すべてを押し殺すように、闇へ沈んでいった。

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