2-2 対魔回避実習②
ノエル・フロストが確保されてしまったのを目の当たりにしたルシエルは、
エマに目配せをし、同時に飛び出した。
ルシエルは先頭を走りその真後ろにエマがつく。
前方で揺れ動く光球との距離も徐々に縮まり、光球も一気に走り出した。
目の前に迫る瞬間、ルシエルの合図でふたりは二手に分かれギリギリのタイミングでかわし、
光球は速度を落とすことなく結界に衝突し爆ぜた。
しかし、畳みかけるように光球は迫る。
エマは防御結界に回避したが激しい衝突音に足がカタカタと震えだした。
まだ、十メートルほどしか進めていなく、制限時間も刻一刻と迫っている。
ルシエルは岩陰から握りこぶしほどの水球を作り出し、天へと放つ。
それは放物線を描きゆっくり確実に、攻撃手のアーチャーへと向かう。
水球が彼の頭上に差し掛かった時、その動きはピタリと止まり、宙に浮いている。
「ん?」とアーチャーが見上げた刹那それは破裂し、霧状になった。
一瞬の隙をどうにか作り出したルシエルはエマを連れ走り出す。
先に見える防御結界に飛び込もうと体制を低くした時、視界ギリギリに迫るものが写り、
もうどうすることもできなかった。
「ルシエル・バートン、エマ・カールトン、確保。さっきの水球はなかなかのアイデアだ。
だが、動きが単調ゆえに予測が立てやすい。──次」
攻撃量が多すぎて八方塞りのうえ苦肉の策で放った水球もあっけなく見破られた。
ルシエルは自分の行動を頭で振り返りながら演習場を後にした。
「──次」
「──次」
「──次」
どの組も健闘及ばず旗の下までたどり着けたものはいない。
そして、いよいよエバンのいる最終グループ。
エバンはその場で軽く飛び、腕をぶんぶん回して今かと合図を待ち、その顔には笑みさえこぼれている。
今までの状況を見ておきながら好奇心に満ちた表情を浮かべられるのがにわかに信じがたい。
足を地面に深く押し付けたエバンは合図と同時に誰よりも早く飛び出した。
揺れる光球は狙いを定め獲物に向かうハヤブサの如く飛び立つ。
その間合い約三十メートル、お互いの速度を合わせるとかなりの速さになるのだが、
エバンはそれをひらりとかわし尚も前進する。
この時、攻撃手であるアーチャー・ヴァリスの目の色が変わり、フッと息を小さく吐いた。
エバンは風を読むのが得意であるがゆえに攻撃の発動前の気配を読み取り動き始めている。
ひとつ、ふたつと攻撃をかわす姿はまるで水の流れのようだ。
ここで、アーチャーは一度光球の動きを止めた。
それは一秒にも満たないわずかな時間、そしてその光球は一斉にエバンめがけ唸りをあげて低空で襲い掛かり、
爆音と共に噴煙が視界を遮る。
「──ほう」
アーチャーは顎を上げ空を見ては唇の片方を持ち上げた。だが、そのまなざしは鋭い。
そして、両指を前で組み合わせ、その隙間から噴煙の頭上高くまで飛んだエバンを覗き見、
短縮詠唱を終えた手からは新たな光球が生まれている。
組んだ指を前方に放つと同時にそれはエバンめがけて発射された。
空中では自由に身動きが取れなく、戦闘では不利になってしまう。
飛行魔術を使えるものならば有利に働くが、それを取得しているものはこの王国でも一握りだ。
この場を見ていた誰もがここまでか、と思っていた。
──来る。
ルシエルは思わず息を止めた。
空中での被弾は致命的だ。誰もがそう思った、その瞬間だった。
エバンは風を起こし急降下してそれを回避する。
まるでホバリングしている鳥が獲物を見つけ一気に下降するそれと同じだ。
しかし、コントロールが上手く出来ず木の中に入り込んで揉まれ、二転三転、バキバキと枝を折りながら
そのまま地面に落下してしまい、待機していた光球へ吸い込まれるように捕獲されてしまった。
「痛ってぇー、失敗したー」
エバンは擦り傷、葉だらけになりながら、腕をさすっている。
──エバン・ヒルティか。荒削りだがなかなか面白い。
それに、ルシエル・バートン。ほぼ初見にもかかわらずあの判断力。
アーチャー・ヴァリスは指で顎を摘みながら目を輝かせていた。
クラスメイトがエバンに歓声を上げている中、この演習を見ていたルシエルは何か違和感を覚えていた。
たまに耳の奥で異音がしたのだがそれが何の音で、何故鳴ったのか分からない。
一度なら偶然かと思ったが、立て続けにしたものだから気になっていたのだ。
──他の人たちがやっている時は何も聞こえなかったのに、なんでエバンの時だけ変な音がしたんだろう?
そして、最後はコントロールを失ってしまったが、何故自分はエバンのことを安心して見ていられたのだろうと不思議に思ってると、
「ねぇ、ルシエル、惜しかったわねー。先生に攻撃魔術をしかけた人ってなかなかいないんですって。すごいわ」
ひとり考え事をしていた時、メルバがやってきて目を輝かせながら褒め称えている。
「一列になってから二手に分かれたところ、いい作戦だったね。上から見ていて、みんなですごいって言ってたんだ」
「ルシエルが提案してくれなかったら思いつかなかったわよ。そもそもあの場にいたら怖くて頭真っ白になっちゃったし──」
メルバの後ろから、今回の演習は見学していたハンナ・クレイリッジ、同じグループだったエマ・カールトンが息を弾ませながら言う。
ゴールを目指すことだけを考え必死に頭を回転させての作戦だったが、
あっけなく失敗に終わったことに少々決まりが悪かったルシエルは頭をかきながらハハハと笑い、
「全然だよ。攻撃と言っても、子供だましみたいなもので結局あっという間に捕まっちゃったしね」
残念そうに答えたが、
実はもう少しいいところまで行けるのではないかとほんのわずかな期待を持っていたのだった。
──ルシエル・バートン、、、お前のせいだ。お前のせいで僕は、僕はあんな無様な姿を晒すハメになったのだ。
覚えているがいい。お前もいつか生き恥を晒してくれるわ。
それになぁーにをお前は気安くクレイリッジ君と話しているのだ。呪ってやるぞ。呪ってやるぞ。
お前なんか毎晩毎晩歯が抜ける夢を見てうなされてしまえ。
ノエル・フロストは目を細め、ありったけの怨念を込めて投げかけていた。
その時、突然ルシエルが振り向きこちらを伺ってきたので、慌てて目を逸らした。
同時刻。
──まただ。
メルバとハンナ、それにエマに囲まれて話していた時、ルシエルはまた何か異音を察知した。
奥歯が、きし、と鳴った気がした。
実際に音がしたのか、そう感じただけなのか分からなかった。
そして、ルシエルはノエルがこそこそ人影に隠れたことにも気が付かなかった。
「──いやぁ、失敗、失敗」
頭をポカポカと叩きながら戻って来たエバンにみんなが再び喝采をあげた。
「エバン、すごかったよ!あんなに早く動いてさ、ズバーンって飛んで」
クラスの全員がそう思ったことだろう。
「そうは簡単にやらせてくれないなぁー、それに最後なんか自分から吸い込まれに行ったようなもんだし」
快活に笑うエバンは一瞬でもアーチャー・ヴァリス先生を本気にさせたとは思ってもいないようだ。
確かに過去の対魔回避演習で一人に複数発まとめて被弾させる事態は起きなかったのでアーチャー自身も驚いており、
ついムキになったとその日の教員室で話していたらしい。
冷静沈着なルシエル、快活闊達なエバン、両者の名がアーチャーの胸に刻まれた日だった。




