2-1 対魔回避実習①
そよ風に揺れる木々がさらさらと音を立て賑わっている。
そこには鳥の巣もあるのだろう、生まれたての雛鳥がちぃちぃと鳴いており、
母鳥が餌を咥えながら戻って来た途端そのこえは一層大きくなった。
木々のささやきは、雛たちをあやしているかのようである。
窓から流れ込む風は頬を撫で、髪を触れて通り過ぎてゆき、混ざり合う。
いつもより早く目覚めたルシエルは窓を開けて朝の新鮮な空気を部屋に取り込んでいた。
たまには寮の食堂に一番乗りしようと着替えを済ませ部屋を出た。
「おはようございます」と寮長に挨拶をし食堂の扉を開けた。
出来立てのスープの香りに誘われて足早にそちらへ向かう。
野菜とベーコンのコンソメスープだろうか、お腹が鳴ったのが合図となりルシエルはパンとスープ、
目玉焼きと急いで取り席に着く。
「なんだ、ルシエルじゃねえか。今日は早いな」
騎士科3年オーウェン・ベルハートが寝癖の髪をそのままでトレーを持ってやって来た。
「あ、先輩、おはようございます。たまたま早く目が覚めたので、どうせなら一番乗りしたくて」
パンを手で割りながらにこやかに話すルシエル。
「この間の竜騒動、やるじゃねえか。色々聞いてるぜ。それにあのエバンってやつもな」
冷たいミルクを一気に喉に流し込みフーっと大きく息を吐きながらオーウェンは二人を称賛する。
科が違えども同じ学園内、竜討伐の話は勿論周知されているのだ。
ルシエルは頬を掻きながら照れ笑いを隠す。
「エバンってやつ、なかなかの風の使い手なんだろう?今度組み手しようって伝えてくれよ」
オーウェンは腕に力を入れ上腕二等筋を隆起させながら言う。
騎士科は王国を守るための 身体・精神・忠誠・判断力 を育てる総合育成科であり、
近衛系、野戦系、対魔系と三系統に分かれている。
オーウェンは野戦系を得意とするため学園から離れた魔獣演習場で訓練をしている事が多い。
そして彼は実戦適性者にのみ与えられる称号「黒章」を有する実力者であるゆえに少々血の気が多いと言うわけだ。
ルシエルは返答に困り、曖昧な返事をしてその場を切り抜けたが、おそらく組み手が実施されるまで言われ続けるだろうと危惧していた。
* * * * *
あれからいくらか日が経ち、学園もだいぶ落ち着きを取り戻した。
教室に入るとエバンはクラスメイトと戯れている。朝から元気だ。
エバンは分け隔てなく人と接するので友達が多い。
「おっ、ルーシーおはよう」
エバンがルシエルに気づき手を挙げている。
「よっ、ルーシー」
──クラスメイトまでもがその呼び名を使ってくるとは、、、。
あれほどやめてくれとエバンに注意したのに悪びれもせず使ってくる神経を疑うルシエル。
とは言うものの、実はまんざらでもなかったりする。
ルシエルは自席に座り、今朝のオーウェンの言っていたことを思い出し、面倒なことになったなと眉を寄せる。
──組手かぁ。
エバンは運動神経が抜群に良い。
編入時、飛ばされたレポートを大ジャンプで捕ったことや、普段の魔術実演授業での動きを見れば一目瞭然だ。
見た目では判断しずらいのだが、制服の下は筋肉質な身体がある。
余分な筋肉はなく、運動に適した身体なのだろう。
──先日の対魔回避実習の時のこと。
「よーし、みんないいか?今日は回避の実演をしてもらう。実技試験も近いことだしな。
日頃から怠けているお前たちにはちょうどいいだろう?」
騎士科の教師、アーチャー・ヴァリスが腕組みをしながら生徒たちに言う。
決して皆怠けてはいないのだが、普段から激しい訓練を行っている騎士科からするとそう見えるのだろう。
元王国の騎士で、次期団長候補の一人であったが、数百年に一度と言われた大災害時に仲間を助けようと瓦礫内に入り込むも
二次災害に巻き込まれ負傷し、生死をさまよう。一命は取り留めたが、足に後遺症が残ってしまいこれ以上騎士としての役割は果たせないと
自ら退役した。現在はその経験を騎士科の教師として遺憾なく発揮している。
「まずは、五人ひと組になって並べ。私の合図と共に私の後ろに見える旗の下までたどり着くように。ただし、防御魔術の使用を禁ずる。
いかなる攻撃魔法にも法則はあるのでそこを読み取り回避するのが今回の目的だ」
安全を考慮して演習場は内側結界を張っているため、演習場以外では攻撃魔法などの影響はない。
アーチャーは攻撃魔法を、拘束するためのものに書き換え放つので攻撃を受けた者はその場で自由を奪われる仕組みになっている。
目的地の旗までおよそ百メートル。全力疾走すれば十数秒だろう。しかし、ここは実践演習場だ。
大きな岩や木、くぼみなど様々な障害物といくつかの防御結界がある。それに、ただ走るのが目的ではない。攻撃を回避する訓練なのだ。
したがって、生徒たちはそれら障害物が命綱となるわけである。
アーチャーは攻撃は最大の防御というだけあって、攻撃の許可は出した。
しかし、この実演で攻撃をしたものは過去にほとんどいない。そう、出す隙すら与えてくれないのだ。
最初の一組目に開始の合図が出た。
刹那、アーチャーは低位攻撃魔法をランダムに放った。
黄味がかった丸い物体は宙を舞い、生徒の方へゆっくりやってくる。
大きさ、動き、スピードそれぞれを違えて、こちらの出方を伺っているような揺れ方だ。
これなら行ける!と走り出した生徒の前方にあったその物体は瞬時にスピードをあげあっけなく捕える。
それを間近で目撃した他四人はすぐさま障害物に隠れ動けなくなった。
制限時間は五分。その間に目的地まで行かなければならない。
目の前の光景に、五分なんていらないと思っていた者たちは皆、考えを改めざるを得ない。
「無理だ、こんなの逃げられない」そう思った者もいるだろう。
二年次から始まった対魔回避実習だが、初回からこの物量だ。今後どうなっていくのだろうか。
結局、他四人はその場から出られず時間切れとなった。
「次!」
アーチャーの合図にルシエルは一歩前へ出た。
──あんなのを見せられて、どうしろって言うんだよ。
正直に言うと少し震えている。
その二つ隣り、目を細めてルシエルを見ているノエル・フロストがいる。
「ルシエル、見てろよ。ここは僕が一番乗りでゴールまでたどり着き、お前なんか、お前なん、、、」
「──始め!」
合図とともに走りだすルシエル、余計なことを考えていたノエルは一歩出遅れて前へ出る。
ルシエルは前方大きな木に身を隠し、様子を伺う。
──どうしたらいい?先の岩まで約二十メートル。走って間に合うかな?それにあの動き、何か法則はないのか?
ルシエルは木の陰から様子を伺っている。
その時、大きな破裂音と共に木の破片が舞った。
──考える時間すら与えてくれないのか、厄介だな。
ルシエルの背中に冷たい汗が伝う。
やがてひとりの生徒が隙を見て岩陰から飛び出し、先にあるくぼみに飛び込むことに成功した。
おお、という生徒たちの歓声が上がる中、光球は地面すれすれを這うように飛び形を変えその生徒を捕えた。
このまま動かなければ時間切れになってしまう。
思考をフル回転させたルシエルは近くにいたエマ・カールトンに単独では捕まる確率が高いから、みんなで行動しないかと提案したところ、
エマは快諾し、反対隣りにいたノエルにもそれを伝えた。
──フン、お前が決めるでない!僕は僕のやり方があるんだ。第一、何故僕がお前の言うことを聞かねばならぬのだ。
ノエルはルシエルがこちらを見て何か言いたげな顔をしているが、それは無視して隣の生徒に
「僕には守るべきものがあるのでお先に失礼するよ。幸運を祈る」と伝えるつもりだったのだが、
──お前たち何を間抜けな顔で僕を見ているんだ?どうせ抜け駆けしてズルイとでも思っているのだろう?
ん?なんだ?何故言葉が出せないんだ?
ノエルは自分の喉元を触ろうとした、が、腕が上がらないとこでアーチャー先生の声が聞こえた。
「ノエル・フロスト確保」




