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今は俺を見て

「ッそんなことはございません! 殿下が私と同じだなんてそんなわけ……!」

「それが誤解だと言うんだ。なあ……君は、いつになったら“僕”を見てくれるんだ?」


 そう言った殿下は、どこか寂しげに見えた。

 どうしてだろう。何が違うのだろう。私は、この人のことが大好きで、恋をしているはずなのに。どうしてか今この瞬間、この人の何が好きなのか、わからなくなった気がした。


「私は、殿下を」

「その呼び方を、とりあえずやめてみないか。ルキウスと、名前で」

「ッ……ル、ルキウス殿下」

「そうじゃない。呼び捨てとまでは言わないが……せめて様にしてくれ」

「ッ……ルキウス、様」

「これからはそう呼んでくれ……エリィ」


 少し迷うような間の後で、付け足すみたいに囁かれた愛称は、とんでもない破壊力だった。思わず飛び上がるように立ち上がる。


「ッな、なななな、なん……っ、なんですか!?」

「呼んではまずかったか? こちらが呼び方を改めろと要求したんだ。なら、こちらも合わせるべきだろう。親しい相手にはそう呼ばせているんじゃないのか?」

「ッ……いえ、その、構わないですが……」


 なんだろう。なんだかおかしい。ルキウス様も、私も。

 魔力が、尽きているからだろうか。


「話は変わるが」

「えっ、あ、はい」

「そろそろこの寮対抗戦も佳境だ。早々に敗退した尞も退屈している頃だろう。ということで、僕はここらで退場しようと思う」

「はい……って、えっ、退場!?」

「王子殿下が生存して勝ちました、では面白くないだろう。おあつらえ向きに、幕引きにふさわしい面子も残っていることだしな」


 殿下がおもむろに、ふわりと左手を上げた。話の中での自然なジェスチャー。何の違和感も覚えなかったが、直後どこからか飛来した光線が殿下の左手首の腕輪を破壊した。

 バキッ、という小さな音と共に殿下の手首から腕輪が落下する。

 何が起きたのか、私が把握するのとほとんど同時に、物陰からシンが現れた。


「ご丁寧な合図助かります、殿下」

「後はどこが残ってる?」


 現れたシンに殿下は端的に尋ねる。対するシンの応答も端的だった。


「残りは3尞ですね。リタと、サフィアと、殿下のところですよ」

「よし。エリィ、後のことは任せた。ここからは、鬼も手出ししないでしょう?」


 最後はシンに向かって問う。


「もちろん。後は楽しく観戦させていただきますよ。じゃあな、エリィ。頑張れよ」

「え。え、それって……」


 私とリタとサフィアが、戦うってこと?

 戸惑う私に、シンが追い払うように手を振る。


「早く行け。さっさと終わらせないと負けてった奴に恨まれるぞ」

「ッ……う、うん!」


 追い立てられるように、私は武道場の方に向かって駆け出した。

 まだ頭はどこかふわふわしていて、夢見心地のような気分だった。

 ルキウス様の声が、言葉が、頭にこびりついて離れない。

 自分の恋慕を、一瞬でも疑ってしまった自分が恐ろしい。

 走っているうちに踏ん切りもつくかと思ったけれど、結局ぐちゃぐちゃのままで私はリタとサフィアを見つけてしまった。

 すぐに気がついたリタが私を見て、察した顔をする。


「どうやら、決勝戦らしいな」

「……うん」


 私の反応が想定外だったのか、リタは釈然としない様子で首を捻った。


「殿下となんかあった?」

「……あった」

「それで集中できない?」

「……そう、だね。なんか、調子出ないや」


 リタ相手に、こんな状態で勝てるわけない。ここまで来てしまったけれど、これはもう自分で腕輪を外して降参した方がいいかもしれない。

 そう思って、自分の腕輪に手を添えた。どうしよう。本当にこのまま外してしまおうか。だが、私がそれを決める前にリタが目の前まで近づいて来た。


「エリィ」

「なに」

「エリィが殿下のことで頭いっぱいなのは知ってるけどさ、今は俺を見てくんねえ? 結構楽しみにしてたんだぜ。お前とやれんの」

「……私も。あんたに勝つための秘策、色々考えてきた。でも、もう魔力尽きちゃったし。今日あんたと行動してて、勝てないなってわかっちゃった」


 リタの圧倒的な魔法に、私の小手先は通じない。たぶん、魔力が万全に残ってたって勝てなかった。ルキウス様のことで動揺していなくても勝てなかった。


「わかっちゃった、か……。それで、どうせ負けるから降参すんの?」

「だって、戦ったってしょうがないじゃん。あんたを気持ち良くさせんのも癪だし」

「……なんでだよ。散々楯突いてきて、無謀って分かりきってんのに噛みついてきたのはそっちだろ。今まで何回俺に負けたと思ってんだよ。今更……戦ったってしょうがねえ? そんな体たらくで、王子様の心射止められるとでも思ってんのかよ!」


 リタの言葉はグサグサと刺さった。そこまで言わなくってもいいじゃん、と思うけれど、言っていることは間違ってないのが苛立たしい。


「……ッわかってる! わかってるよ、リタに言われなくても。けど、なんか今、よくわかんなくて。殿……ルキウス様のこと、好きなのに。好きなはずなのに」


 自信が持てない。私は、ルキウス様のどこが好きなんだろう。この気持ちに嘘はない。この気持ちは恋でしかない。それなのに、やっぱり私はルキウス様という人を、本気で好きになれるほどには知らないはずなのだ。


「…………なあ、エリィ。何があったのかはよくわかんねえけどさ、もしかして今、チャンス来てんのかな」

「え……? チャンスって、なんの」


 聞き返してリタを見ると、リタは珍しいくらい真面目な顔をしていた。


「俺……エリィのこと好きだよ。お前が殿下に対して言ってる好きと同じ方で」


 言葉の意味を理解するのに、数秒かかった。反芻して、理解して、食い入るようにリタの顔を見つめる。


「は? いや、そんなわけ。っていうか、なんで今。こんな」


 道の真ん中で。サフィアだっているのに。と続けようとして、二人きりなことに気がついた。確かに道の真ん中ではあるけど、私たち以外に人の姿はない。サフィアはどこに、と視線を走らせると離れた物陰からこちらを覗いていた。

 戦闘が始まるのであれば、巻き込まれる前に退避するのは至極正しい。正しいのだが。


「どうせ相手にされないと思ってたし、言う気なかったけどさ」

「ま、待って! なら、なんでそんな、あんた私のことむしろ応援してくれてたじゃん!」


 周りが叶うわけないと笑い飛ばす中、リタの態度は素っ気なかったけれど、笑って馬鹿にしたりしなかった。信じてないと口では言いながら、それでも私の努力を誰よりも肯定してくれた。

 リタはちょっと呆れたみたいに苦笑する。


「なんでって……エリィが側室になりたいのと同じだろ。俺が好きなのは、俺で妥協するようなエリィじゃない。叶わないってわかりきってる恋のために人生賭けられる狂った奴なんだよ。それが、なにシケたツラしてんだよ。ようやく正気に戻ったか?」

「……それでいうと、戻ってないかも」

「はははっ、そうかよ。あーあ、せっかく告白したってのに。エリィはまだ王子様に夢中か。そんなら、まさか『どうせ負けるから降参する』なんてつまんねえこと言わねえよな?」

「はあ? それとこれとは話が別でしょ。別にリタに勝てなくっても側室にはなれるし」

「俺に勝てなくてもなれるかもしれねえけど、俺相手に尻尾巻いて逃げ出す奴がなれるとは思えねえな」


 この言い方にはムッとした。逃げたって別に戦略的撤退だし、やっぱり勝てる気なんてしないし、どう考えたっていいように乗せられている。それでも、この先ずっと『逃げ出した奴』とリタに思われるのかと思うと酷く腹立たしかった。

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